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がん死亡率減少のために国が行なうべき対策とは-がんにかかる人を減らす

がん死亡率減少のために国が行なうべき対策とは-がんにかかる人を減らす
(故)門田 守人 先生

日本医学会 前会長、日本医学会連合 前会長、堺市立総合医療センター 前理事長

(故)門田 守人 先生

この記事の最終更新は2017年08月02日です。

2006年に始まった日本のがん対策は、「がんによる死亡率を10年で20%減らすこと」を最大の目標として行われてきました。しかし、がん医療の向上により、すべてのがんを対象とした5年生存率は6割を超えたにもかかわらず、この目標を達成することはできませんでした。(※2016年時点)

がんによる死亡率を抑制できなかった最大の原因は、日本のがん対策から「がん予防」という観点が十分でなかったことにあると、独立行政法人国立がん研究センターの理事であり、がん対策推進協議会の会長も務める門田守人先生はおっしゃいます。「インパクトのある治療開発も重要であるが、同時に、地道な予防に注力すべきである」と述べられる理由を、門田先生にお伺いしました。

日本地図

2006年から始まったわが国のがん対策は、患者さんを中心として進められてきました。がん対策基本法はがん患者さんの声により成立し、国の基本的な方向性を定めるがん対策推進基本計画の案を作成する協議会も、有識者や医療者だけでなくがん患者さんやご遺族によって構成されています。

これにより、日本のがん対策はがん患者さんの切なる声を大いに反映するものとなりましたが、その一方で罹患する前の「がん予防」という視点は、この10年の施策では十分ではありませんでした。

日本のがん対策は「がんありき」の状態をスタート地点としており、いかにがんに罹患する人を抑えるかという対策は、過去10年間にわたりあまり講じられてこなかったのです。

記事1『過去10年で日本のがん死亡率が目標の20%減に届かなかった理由とは?重視されるべきがん予防』では、予防という視点の欠落こそが、わが国のがん対策の最大の目標とされてきたがん死亡率の20%減を達成できなかった原因であると述べました。予防施策によりがんの罹患者数を抑制できなければ、たとえがん発症後の5年生存率を改善できたとしても、がんによる死亡率を大きく減じることはできないのです。

「がんにかかる前の状態」をスタート地点としたがん対策を打ち立て、実施するためには、がん患者さんのみならず、すべての国民の参画が不可欠です。

国が主導するがん対策とは、限られた財源のなかで、最大限効率的に行われていかねばならない質のものです。そのためには、がん対策を以下のような段階にわけたうえで、コストを投入していくという考え方が必要になります。

(1)1次予防:がんを発症する前のすべての国民にアプローチする

(2)2次予防:がんに罹患してしまった方を早期に発見し、治療できる段階で介入する。

(3)新規治療開発:現段階では手立てのない進行がんなどを治るがんとするために、新規治療や新薬を開発する。

1次予防はもちろんのこと、2次予防、すなわち検診を徹底することで、がんに罹患したとしても治癒を得られる患者さんは増え、治療にかかる医療費を抑制することもできます。今後はがん検診の受診率を上げる施策にも注力していかなければなりません。

がんをはじめとする治療が難しい疾患の対策を考える際には、誰もが皆、画期的な治療や新たな薬剤の開発に飛びついてしまう傾向があります。しかしながら、上述したがん対策の3つのフェーズからもわかるように、新規治療開発とは最後の最後に「為す術がなくなってから」行われるものです。ですから、新規治療開発にがん予防と同等のコストをかけたとしても、同じだけ死亡率が下がるということはありません。

また、既に多額の税金が投入されている日本の医療費は、湯水のごとく使ってよいものではありません。医療経済面からみても、がん罹患者数を抑制することこそが、「持続可能ながん対策」であるといえます。がん対策を考える際には、今だけをみつめるのではなく、時間軸を広げ、将来を見据える必要があります。

では、がんの一次予防として、国はどういった施策を実施していくべきなのでしょうか。

予防に関しても、治療同様、「まだ見ぬ新たな何か」にコストや力を注ぐことは、国が行なうべき効果的かつ効率的ながん対策とはいえません。

研究機関であれば、未解明の予防因子を突き止める研究に対し、あらゆる力を投入する姿勢も必要だといえるでしょう。

しかし国としては、現時点でがんとの相関関係が科学的に証明されている因子について、アプローチする姿勢をとるべきです。

たとえば、「たばこ」が原因のがんは、努力により防ぐことができるがんのうち最も高い割合を占めています。また、女性の場合は、高い割合で「感染症」ががんの原因となっていることがわかっています。

日本では、過去に大々的なB型・C型肝炎ウイルス対策やピロリ菌対策が行われました。これにより、胃がんと肝臓がんの年齢調整死亡率は、他のがんと比べ、顕著に減少しています。この事実からも、まずは「今わかっている原因」を根絶していくことが、がんによる死亡を減ずることに直結するといえます。

禁煙

たばこ対策は、非喫煙者が健康被害を受ける受動喫煙の防止施策と、喫煙者を対象とした禁煙促進の二つにわけることができます。二本立てで語られることも多いたばこ対策ですが、私はこれらを一括りにしてしまうことなく、プライオリティをつけて順次実施していくべきだと考えています。

二つのうち優先順位が高いものは、受動喫煙対策です。

現在、厚生労働省が中心となり、国をあげた受動喫煙防止施策がとられていますが、「街なかや飲食店の狭い喫煙所ならば喫煙可能」という条件付きの喫煙制限は、受動喫煙防止という本来目的と照らし合わせると、全く意味をなしていないといえます。

現在の日本の喫煙率は2割程度にまで減り、非喫煙者は約8割となっています。たばこは嗜好品ですから、約2割の喫煙者のうち、たばこによる健康被害を知っていても吸いたいという方が、誰にも健康被害を与えない環境下で喫煙する権利を奪うことはできません。

しかし、たばこを吸わない8割の人が出入りする場での喫煙は、喫煙所の面積などといった制約を設けても許容されるべきものではありません。

他者の健康を害してまで嗜好品を用いる権利は、日本では認められていないからです。

飲食店や娯楽施設などにおける全面禁煙は、喫煙者にとって厳しすぎるのではないかという意見もあります。しかし、既に何年も前から全面禁煙が徹底されている飛行機のなかでは、フライト時間がたとえ10時間を超えようとも、誰一人たばこを吸うことはありません。

飲食店などに滞在する時間は、フライトに比べれば短いものです。法律により全面禁煙と定められている場合、喫煙者であってもたばこを吸わずに過ごすことは可能であると考えます。

多くのがんの死亡率は緩やかながらも減少していますが、なかには死亡率が増加傾向を辿る例外的ながんも存在します。その代表は、乳がん子宮頸がん膵臓がんの3つです。肝炎ウイルスの対策により、肝臓がんの罹患率と死亡率が大きく減ったことを思うと、HPVワクチン接種の勧奨中止が継続している現状には、痛恨の念を感じざるを得ません。

HPVワクチンの子宮頸がん予防効果は、既に科学的な根拠をもって証明されており、諸外国では接種勧奨の成果が現れ始めています。

おそらく、国がHPVワクチン接種の勧奨を中止していた世代の子宮頸がん罹患率・死亡率は、中止前の世代に比べ増えてしまうことでしょう。

国が接種勧奨の再開に踏み切れないのであれば、せめて個人が選択できるような制度を設けるべきでしょう。

門田先生

本記事では、がん予防の有効性を肌感覚で理解していただけるよう、特定のがんやその原因に焦点をあてながら解説を行ってきました。しかし、国をあげたがん対策において最も重要なことは、記事1『過去10年で日本のがん死亡率が目標の20%減に届かなかった理由とは?重視されるべきがん予防』でも述べたように、広い視野を持ち大きな体制を作ることであり、物事を各論で語ることではありません。また、がん予防の重要性を知っていただいたうえで、今後も引き続きがん医療の拡充やがんと共生する社会構築も行っていく必要があります。

これからのがん対策を考える際には、患者さんを取り巻く「空間」をより広げて考える視点と、将来のがん予防という「時間」の軸で物事をみつめる視点をあわせ持ち、4次元で考えていくことが重要といえます。