
記事2『自分の股関節を利用する関節温存術 - 骨切り手術と関節鏡下手術』記事3『股関節置換術-人工股関節手術の術式発展』では、進行した股関節症の手術として「骨切り手術」と「人工関節手術」を説明いただきました。実際に術式を選ぶときにはどのようなことに留意すればよいのでしょうか。骨切り手術と人工関節手術、それぞれの適応について引き続き北里大学医療衛生学部リハビリテーション学科および大学院医療系研究科整形外科学教授の高平尚伸先生に伺いました。
「骨きり手術」でも「人工関節手術」でも課題に上がる問題として「脚長差」があります。脚長差とはその名の通り左右の足の長さの差を指します。手術を行う際に医師の技術や術式によってこの差が大きく開いてしまうことがあり、術後の歩き方に跛行(=はこう・足をひきづって歩くこと)が出たり、反対側の足にまで痛みが出てしまうことがあります。
私は「骨きり手術」でも「人工関節手術」でも限界はあるにしろ脚長差をある程度揃えることができると自負していますが、特に人工関節手術では、仰向けに手術を行い、術中にきちんと両下肢の長さの確認をしているからです。手術をしない方の足もきちんと消毒をし、術中に足の長さを確認します。伸ばした状態でかかとの位置を確認したのち、膝を曲げ、膝の位置も確認します。
逆に言うと、横向きの手術ではこのような脚長差の確認をすることができないので、横向き手術で脚長差を合わせることは難しいと言わざるを得ません。というのも手術をしない方の足にはシーツがかかっており、手術中に見ることができないからです。もちろん、仰向けの手術でも手術をしない方の足にシーツがかかっていれば不正確になりやすいです。
やはり手術中に足の長さを実際に確認することによって、患者さんの今後の日常生活に大きな効果が見込めることは言うまでもありません。仰向け手術の恩恵は回復の早さや手術の正確さだけでなく、患者さんの今後の生活にももたらされるのです。
「骨きり手術」をはじめとする関節温存手術と「人工関節手術」は、患者さんの病期や年齢、希望によってどちらを行うべきか判断をする必要があります。とりわけ関節温存手術は適応が限られており、向き不向きがありますが、合っている方には非常に有効な手術です。
一方で、適応が絞られるため年間の症例数も少なく、医師としてもやり慣れている人工関節手術のほうが安心でやりやすいと考える傾向にあります。股関節手術において、この辺りのせめぎ合いは意見が医師によっても異なるためひとつの課題となっています。
股関節手術の選択肢には「タイムセービング」という考え方が重要視されています。一生をタイムスパンとしてみたときに、骨きり手術で時間を稼ぎ、人工関節手術の回数をなるべく少なく済ませるという考え方です。
近年は人工関節の精度が上がり、必ずしも再置換が必要とは限らなくなってきましたが、それでも現状での人工関節の寿命は30年といわれていますので、若いうちの手術であれば自分の骨をつかった骨きり手術を視野に入れて考えるべきだと考えています。また、タイムセービングをしている間には、次の手術である人工関節やその手術手技がさらに進歩している可能性も期待されます。
関節手術を行う病院は、自分たちが行った手術に責任を持ち、次に手術する場合には何ができるかというアフターケアの技術を持っていなければいけません。
骨きり手術が普及しない理由は欧米的な考え方の流入にあります。欧米では長期入院をよしとせず、なるべく早く社会復帰できるような医療が求められています。骨きり手術は「骨を切る手術」というだけあり入院期間が長く、人工関節が2週間以内、若い人なら1週間以内で退院できるのに対し、およそ6週間の入院期間を要します。働き盛りの20〜40代の患者さんにとって、1ヶ月以上の入院は家庭や仕事の都合でなかなか難しい場合もありますし、病院側も長期入院の受け入れが制度的に難しくなってきています。
そのため、この手術はアメリカではほとんど行われていません。以前私も国際学会で「骨きり手術」の有用性に関する発表をしたことがありましたが、座長の先生に「人工関節があるのに、なぜまだこの手術をやっているのか」と問われることもありました。
とはいえ、骨きり手術は「自分の骨を残したい」と思う日本人の特有の観点から見れば確実にニーズが高く、今後も守られていくべき技術であると私は思っています。日本股関節学会でも同じように骨きり手術を残していこうという動きがあり、骨切り手術の有用性について私が講演することもしばしばあります。この手術ができる医師がどんどん少なくなってきているので、若い医師に骨きり手術の有効性を伝え、技術を伝えていくことも私のひとつの使命です。
また、人工関節には寿命があり、早ければ15〜20年もすると入れ替えのための再置換手術が必要になることがあります。骨きり手術はうまくいけば、生涯人工関節を使わずに過ごせますし、病状が進んだとしても次に人工股関節にする際には難しい再置換術ではなく、初めての人工股関節手術として行うことができます。ただし、これからの骨きり手術には、次の人工股関節手術を妨げないように、うまくバトンリレーができるような手術が求められます。
北里大学では関節手術のトータルケアを目指し、ゆりかごから墓場までという形で簡単な手術から難しい人工関節の再置換手術まで全てを網羅したケアを行なっています。患者さんにとって最適な手術を提案し、途中で匙を投げることなくどんな手術でも対応できるように心がけています。
最初の手術がうまくいかなかったり、関節症が進行し再手術が必要になった場合でも、次の治療が提案できるなどアフターケア含め、生涯において患者さんをみていけるような環境作りを心がけています。
これまで述べてきましたように、人工関節の手術は術式や医師の考え・技術によってその治療方法の選択も大きく異なります。また股関節は専門医という仕組みがないため、整形外科・形成外科などと表記され、本当に股関節専門で治療を行なっている医師を探す難易度がやや高いです。治療に関する選択肢が多い中で、ご自身にあった医師・治療方法に出会うことは簡単なことではありませんが、160名ほどいる日本股関節学会の評議員の方々は知識・技術ともに高いため、検索をして最寄りの評議員の先生あるいはその病院に一度相談されるのもよいかと思います。
北里大学 医療衛生学部リハビリテーション学科理学療法学専攻 教授、北里大学 大学院医療系研究科臨床医療学 整形外科学 教授
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