インタビュー

人工関節周囲感染(PJI)に関わる諸問題―診断法から人工関節再置換術の術式まで

人工関節周囲感染(PJI)に関わる諸問題―診断法から人工関節再置換術の術式まで
小林 直実 先生

横浜市立大学附属市民総合医療センター 准教授・整形外科部長

小林 直実 先生

この記事の最終更新は2017年04月27日です。

人工関節周囲感染(PJI)に関わる諸問題は各学会などでもここ数年で大きくクローズアップされ、テーマとして取り上げられる頻度も増えています。また、2013年にはコンセンサス会議が行われるなど世界的にも活発な議論が行われています。

PJIに関わる諸問題について、横浜市立大学病院で行っている最新の診断、検査方法を含め、同大学整形外科講師の小林直実先生にお話しいただきます。

提供:PIXTA

日本を含む先進国において、人工膝関節置換術や人工股関節置換術の施行症例数は増加の一途をたどっています。そのうち概ね0.5%~1%前後の患者さんに、術後のPJIが生じるといわれています。相対的な頻度としてはそれほど高くありませんが、人工関節置換術の全施行症例数自体が膨大ですので、絶対的なPJI症例数も当然増加します。そのため、PJIが近年の整形外科において非常に大きな問題になってきているのです。

実際のところ、英語論文を掲載しているWebサイト「PubMed」に掲載されるPJIについての文献数が、2007年頃から急速に増加しています。世界的にみても、PJIの問題は注目を集めていることがわかります。

ここまでPJIが注目される理由は、その診断の難しさを含め、予防や治療法にも未解決な問題点が多いからだと考えられます。

PJIは、人工関節のインプラントの表面に細菌が少しずつ繁殖することで起こります。そのため、自覚症状として出現しづらく、一般の血液検査では感染の徴候をなかなか検出できない場合もあります。

細菌培養検査は感染診断の基本となりますが、培養陰性、すなわち原因菌が同定されないPJIもしばしば存在します。このような場合、抗菌薬選択の目安がなくなって不適切な抗菌薬投与になり、さらに培養検査では細菌が検出されにくくなります。

また、そもそも培養陰性ということでPJIの診断自体が否定され、感染として治療されないため、さらにその後の治療が困難になるケースがあります。

このような細菌培養が陰性となるPJIを確実に診断するためには、既存の診断方法では不十分であり、何らかの補足的な診断法が必要になると考えます。

・リアルタイムPCRによる菌の遺伝子検査

DNA

横浜市立大学整形外科ではリアルタイムPCRという、細菌のDNAを検出する最新検査技術を導入しています。

この検査では、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA:Methicillin-Resistant Staphylococcus aureus)やメチシリン耐性表皮ブドウ球菌(MRSE:Methicillin-Resistant Staphylococcus epidermidis)といった、感染源となりうる菌の耐性遺伝子を検出することができます。また、大まかな細菌の分類であるグラム陽性菌やグラム陰性菌の判別を行うことも可能です。このように、リアルタイムPCRの検査結果で得られた菌の遺伝子情報から、患者さんの治療方針や投与する抗菌薬を選択していきます。

・PETを応用したPJIの検査

また横浜市立大学病院整形外科では、世界に先駆けてPET(Positron Emission Tomography)を応用したPJIの画像診断にも取り組んできました。

PET検査の最大の特徴は、レントゲン写真ではわからない細胞レベルでの代謝異常を画像化することにより、感染巣の場所を視覚的に把握することができる点です。この検査により、より確実に人工関節の感染巣の位置を特定することが可能となります。

血液検査やレントゲンなどの一般的な検査に加えて、これらの最新検査を補助診断として組み込み、多角的な検査をするよう心がけています。

また、検査だけではなく手術のステップでも、横浜市立大学病院では最新の技術を導入しています。

人工関節再置換術では、患者さんの骨の欠損が非常に大きかった場合に、どういったインプラントを使用するか、または骨移植を行うべきかが重要になります。私たちは、安全・確実に手術を行うためにも、患者さんの実際の骨欠損の形状がどうなっているかについて事前に十分に把握しておくことが重要だと考えます。

そのため、横浜市立大学病院整形外科ではCT画像のデータをもとに3次元的な計画を行い、必要に応じてコンピュータナビゲーション手術を取り入れます。また3Dプリンタで患者さんの骨盤のモデルを作り、骨盤の形状を術前に把握するといった試みも行っています。

これらの取り組みによって、より確実で安全な再置換術を実現したいと考えます。

PJIに対する再置換術と一般的な人工関節再置換術手術との最大の違いは、細菌の存在です。ですから手術では徹底的な洗浄およびデブリードメント(掻爬:そうは、組織を掻き出して除去すること)を行い、可能な限り菌を除去する必要があります。インプラントにゆるみが生じていない場合、いったんインプラントを抜去するのに難渋する場合があります。

記事1『「人工関節周囲感染(PJI)の原因と症状、治療法-術後の痛みや発熱に要注意』でご紹介したように、PJIに対する再置換術は、一期的再置換術および二期的再置換術の2種類に大きく分けられます。

・一期的再置換術の手順

一期的再置換術とは、抗菌薬の投与を経て人工関節のインプラント抜去および洗浄、デブリードメントを行うタイミングと同時に人工関節再置換術を実施する方法です。

一期的再置換術の際はより除菌を徹底するために、洗浄やデブリードメントを行ったあと、一旦手術器具や滅菌布、機械入れ替え、執刀医を含めた手術スタッフ全員が手洗いをし直し、もう一度セットアップするという工程を挟んでいます。

・二期的再置換術

二期的再置換術では、インプラントの抜去後、その部分に抗菌薬が含有されたセメントビーズなどを入れて3か月待機し、症状が緩和された段階でもう一度再置換術を行います。当院ではセメントビースの代わりに、より抗菌薬の徐放効果が期待されるハイドロキシアパタイトブロックを使用しています。十分な抗菌薬治療を行い、感染が沈静化してから再置換術を行うため、より慎重な治療が望ましい場合には二期的再置換術が適応となります。

その他、インプラントの抜去や欠損した骨の移植・補強といった手順は、一般的な人工関節再置換術と同様です。

手術時間は患者さんの容体や骨欠損など局所の状況、術式によって異なりますが、一般的な再置換術と比べてPJIに対する人工関節再置換術は手術時間が長くなります。また、初回の人工関節置換術に比べて脚長差(脚の長さの違い)や筋力低下、歩行が不安定な感覚、しびれ感や鈍痛などの関節部分の症状が術後に残ることが多いといわれています。もちろん全く違和感が残らない方もいるのですが、確率としてはやはり初回人工関節置換術よりも高いという現状があります。この点は術前にしっかりとご説明し、ご理解を得たうえで手術を実施します。

人工関節再置換術の術後は、3か月間を目安に抗菌薬の投与を継続し、菌への感染を予防します。

また、PJIに対する再置換術の術後は初回人工関節置換術の術後に比べて脱臼のリスクが高いことに注意が必要です。

脱臼防止のため、手術の際にも軟部組織の修復やインプラントの設置箇所には十分に注意していますが、脱臼予防については患者さん自身の意識も大事になってきます。日常生活の些細な動作や姿勢で脱臼を起こす恐れがあるからです。ですから我々は患者さんに対して、脱臼のリスクがある危険な姿位(膝を内側に曲げた状態で座る割座や上半身を過度に捻るなど)をとらないよう教育指導を行っています。

 

割座の姿勢

PJIに対する人工関節再置換術の最低限の目標は、患者さんが痛みを感じることなく、しっかりと自力で歩行ができるようになって日常生活へ復帰を果たすことです。

治療の過程で生じた筋力低下や跛行(はこう:足を引きずって歩くこと。痛みを伴う場合もある)も日常生活への復帰の課題となります。これらを改善するために、術後リハビリテーションをしっかりと行い、筋力や歩行機能、関節可動域を改善していきます。

横浜市立大学病院では整形外科とリハビリテーション科がしっかりと提携しており、リハビリテーションのフォロー体制が整っています。手術治療から術後のリハビリテーションまでをスムーズに受けていただくことができるので、安心してリハビリテーションに臨んでほしいと考えます。

小林直実先生

人工関節置換術は世界的に広く普及した術式で、安定した長期成績が得られるようになってきています。しかし、これまでに述べてきたようにPJIに関しては解決できていない部分がまだ多く残っている現状があり、現在世界的な問題として注目を集めています。

2013年、PJIの世界的な権威であるJavad Parvizi先生を中心とし、フィラデルフィアでPJIに関するインターナショナルコンセンサスミーティングが開催されました。この会議には80か国以上・50団体以上、総勢342名が集い、私も参加してきました。会議で決定された事項は書籍としてまとめられ、2016年には山田浩司先生(関東労災病院整形外科・脊椎外科)が中心となって作成された日本語訳版も出版となり、好評を博しています。

2018年の夏には再びコンセンサスミーティングが開催される予定で、2017年4月現在ですでに議題も動き始めている最中です。

このように近年、世界各国でPJIに関する会議や学会が開催されており、ガイドラインなども数多く作成されています。このまま専門家たちが継続的にPJIの研究を続けていけば、その予防、診断、治療のいずれにおいても、患者さんによい診療が提供できるはずです。いまだ確実な答えが出ていない分野だからこそ、今後の継続的な研究が重要であるといえるでしょう。

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  • 横浜市立大学附属市民総合医療センター 准教授・整形外科部長

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