変形性股関節症や関節リウマチなどを発症して股関節がダメージを受けると、痛みによって歩行が困難になり、日常生活に支障をきたします。そのため、股関節の変形や破壊の進行を抑えるとともに感じている痛みを和らげることが治療目標になります。股関節の破壊が進んでしまった場合には、人工関節置換術という傷んだ股関節を人工の関節に置き換える手術などを行う必要があります。
今回は、変形性股関節症・関節リウマチ(リウマチ性股関節症)の症状や治療の選択肢などについて、座間総合病院 人工関節・リウマチセンターのセンター長を務める草場 敦先生にお話を伺いました。
人工股関節置換術とは、病気(ときに外傷)により壊れてしまった股関節を切除し、人工臓器である人工股関節を設置することで股関節の機能を再建する手術です。
人工股関節置換術は進行した各種股関節疾患の疼痛や歩行障害・可動域制限を改善するために行われます。変形性股関節症・関節リウマチによる股関節障害・大腿骨頭壊死*・急速破壊型股関節症**・外傷後の関節症などが手術の対象になります。あるいは後述する骨切り術後の結果不良例に対するレスキューとして行われることもあります。
*大腿骨頭壊死:アルコールの大量摂取やステロイド薬の大量投与などによる副作用として骨壊死を引き起こす病気。
**急速破壊型股関節症:短期間に股関節の変形や骨の破壊が進行する病気。高齢女性に多い。
従来の人工股関節置換術は筋肉を大きく切開していましたが、低侵襲人工股関節置換術(MIS-THA:Minimally Invasive Surgery-Total Hip Arthroplasty)では股関節周囲の筋肉を切らずに手術を行います。そのため、回復が早く、良好な機能回復が期待できるメリットがありますが、手術中の視野が狭いので手術の難易度が高いという手技の面での課題もあります。そのため、MIS-THAの実績が多い施設が限られていることはデメリットとして考えなければなりません。
人工股関節の入れ替え手術などの例外を除き、当院ではほとんど全例に対して低侵襲人工股関節置換術を行っています(2023年3月時点)。なお、ときに誤解されますが、傷が小さい手術が低侵襲人工股関節置換術というわけではありません。
当院には、日本全国ときには海外からも来院いただいており、年間300~350件、1997年4月~2022年3月の時点で累計7,136件の人工股関節置換術を行っております*。また、当院では左右の股関節を同日に手術する両側同時人工股関節置換術や他院での先行手術に対するレスキュー手術(再手術)、高度変形・難治例にも対応しています。
当院が目指しているのは単に手術実績を積み重ねることではありません。充実したリハビリテーションや患者さんの状態に合わせた入院期間の設定、リウマチ内科医を含む各診療科による総合的な治療など、多様な患者さんの利便性に配慮した治療を大切にしています。
*手術件数詳細(直近2年)…2020年度(2020年4月1日〜2021年3月31日):314件(再置換術を含む)、2021年度(2021年4月1日〜2022年3月31日):322件
変形性股関節症はもっとも頻度が高い股関節疾患で、患者さんの8~9割は女性という病気です。関節表面にある軟骨がすり減り、土台である骨も削れて股関節が変形し痛みを伴います。変形性股関節症は40~50歳に発症するケースがほとんどであるため、仕事や家事をはじめ、子育て、親や配偶者の介護などに忙しい年齢で苦しむ方が多くみられます。
股関節は大腿骨の先端にあるボール状の大腿骨頭が、骨盤にあるお椀状のへこみである臼蓋にはまり込んだ形をしています。この臼蓋が生まれつき浅く小さく(臼蓋形成不全)、かみ合わせの悪さが原因となり発症する場合がほとんどです。発症するまで股関節に既往歴がない場合もあれば、先天性股関節脱臼の治療を受けたものの股関節の発育に問題が生じ、年月がたって発症する場合もあります。ほかにも、過度な柔軟性訓練による関節への負担や、腰椎の変形が元で発症するケースが近年増えてきています。
また、肥満は早期発症や早期進行のリスクになります。股関節痛→運動不足と摂食によるストレス解消→体重増加→股関節痛の増悪といった悪循環に陥っている方も珍しくありません。症状には波がみられますが、病変は徐々に進行していく傾向があります。
症状としては最初に股関節付近(太ももの付け根あたり)の違和感*が、次いで痛みが出現します。以下のように、痛みは頻度・程度ともに増悪していきます。
このような痛みに加えて歩きにくさも生じ、進行すると周囲の人が見て分かる程度の歩行障害がみられます。関節の動きも悪くなりますので、靴や靴下の着脱、階段昇降にも支障が出てきます。
上記症状によって日常生活に影響が出るようであれば、早めに整形外科を受診することをおすすめします。特に股関節の診療を専門とする医師への受診は「早すぎることはない」と私は考えています。
*股関節付近の違和感:ときに臀部や腰、大腿部の違和感や疼痛をきたす場合も多く、股関節の病気だと気付かない場合がある。
まずは保存療法を行うことが治療の基本です。保存療法とは手術以外の治療、すなわち通院で実施できる治療を指します。具体的には、内服薬や外用薬などによる薬物治療や、股関節への注射、温熱療法や電気治療などの物理療法、股関節への負担を減らす運動療法(理学療法士によるリハビリテーション)など保険適用で行うことができます。当院では手術だけでなく保存療法にも注力しています。
最近では再生医療や先端医療を行う施設も増えてきていますが、これらは保険適用外であるため費用負担が大きくなります(2023年3月時点)。
前述の保存療法で痛みや不自由さの解決が得られない場合には手術を考慮します。保存療法で病気を長期間コントロールできる症例は少なくありませんが、手術による治療が必要になることもある病気といってよいと思います。
臼蓋の縁取りをつかさどる股関節唇が断裂して痛みの原因になっている場合に、内視鏡で観察しながら股関節唇を修復する手術です。関節鏡手術の適応は軟骨や骨の損傷が軽度な場合に限られます。なお、短期入院で行われる傾向にあります。
臼蓋・大腿骨頭の片方または双方の周辺の骨を切って形を矯正し、関節のかみ合わせを改善させる手術です。比較的若年層で骨や軟骨の損傷が軽度であるなど、対象条件に合致する方が受けた場合にはよい成績が期待できます。逆にいえば対象になる方を選ぶ手術ともいえます。
手術後の入院や免荷(股関節に体重をかけない状態)の期間は長めになる傾向にあります。
骨や軟骨の損傷・変形が進行した場合にも対応できる股関節の機能を再建する手術です。効果の確実性が高く、骨切り術よりも入院期間が短いという長所があります。
短所としては長期耐用性の問題や特有の合併症(薬の副作用に相当する好ましくない現象)が存在することが挙げられます。合併症の頻度に関しては手術を行う施設によって差が出るため、“病院を選ぶ手術”といってよいと思います。変形性股関節症であれば慌てて受けるべき手術ではありませんのでじっくり病院を選び、担当医とよく相談されることをおすすめします。私は、「納得して手術を受けられる病院が決まれば治療は7割完了」と患者さんにお話ししています。
とはいえ、病院の選定はハードルが高いと感じていらっしゃる方も多いでしょう。当院では股関節の診療を専門とする医師による無料電話相談などを行っておりますのでまずはご連絡いただき、気軽に情報にアクセスしていただければと思います。
電話番号:046-251-8000
受付時間:8:30~17:00(休診日を除く)
※お電話いただいた際は、「メディカルノートをご覧になった」旨を必ずお伝えください。無料電話相談の担当者におつなぎいたします。
関節リウマチとは、ウイルスや細菌といった外敵を攻撃して人体を守るシステムである免疫が暴走し、このシステムに異常をきたして人体の組織、特に関節組織の一部である滑膜を攻撃してしまう自己免疫疾患です。サイトカインと呼ばれる物質が放出されることにより炎症が軟骨や骨にまで波及し、さらに炎症が継続すると手指や股関節などの軟骨や骨が破壊されていきます。
関節リウマチはどの年代の方でも発症する可能性がある病気ですが、その発症率は女性が男性の約4倍といわれています。ただし、高齢発症の関節リウマチでは男女差が小さくなる傾向があります。
発症の原因は不明とされています。しかし、遺伝的要素や喫煙などのリスク因子が知られています。
特徴的かつ最初期からみられるのは、“朝のこわばり”という起床時に手が腫れぼったくなったり、動かしにくくなったりする症状です。次いで、関節の疼痛や腫脹(腫れ)が現れます。多くは手指や手関節、手首といった上肢の小関節から症状が始まりますが、股関節や膝関節など下肢の大関節から現れる場合もあります。いずれにせよ病変は一部にとどまらず、次第に全身の関節に広がっていきます。疼痛や腫脹が継続すると関節の破壊が進むため、関節の動きの制限や変形・不安定性が生じ、関節障害は非可逆的(元の状態に戻らない)になっていきます。
これらの関節症状が、左右対称性・多発性・進行性をもって現れるのが関節リウマチの特徴です。
慢性的な全身の炎症によって内臓や目などに症状が出現したり、貧血や倦怠感、易疲労性(疲れやすい)、抑うつ状態などを引き起こしたりすることもあります。なお、免疫の暴走により本来はたらくべき病原体への免疫機能が低下するため、肺炎など感染症の発症リスクが高くなります。
“朝のこわばり”や“左右対称性である手指や手関節の痛みや腫れ”がある場合には、早めに整形外科や内科(特に膠原病内科やリウマチ内科)を受診しましょう。近年は診断方法の進歩によって早期に診断を確定し、早い段階で治療が開始できるようになってきています。
関節リウマチは進行性の病気であるため、早期発見・早期治療によって非可逆性の障害を防止することが重要です。そのため、診断が確定し次第、免疫の異常を改善する抗リウマチ薬の使用を開始します。抗リウマチ薬は、従来型抗リウマチ薬・生物学的製剤・JAK阻害薬に大別され、各々に複数の種類があります。
基本的にははじめに従来型抗リウマチ薬を使用します。メトトレキサートに代表される従来型抗リウマチ薬の効果発現には1~3か月を要するため、症状に応じて炎症や疼痛に即効性があるステロイド薬や非ステロイド系抗炎症薬(痛み止め)を併用します。
しばらく従来型抗リウマチ薬を使用しても効果が十分にみられない、あるいは副作用があり使用を継続できない場合には、より強い効果が期待できる生物学的製剤やJAK阻害薬の使用を検討します。生物学的製剤は注射あるいは点滴で投与する薬、JAK阻害薬は内服する薬です。
従来型抗リウマチ薬・生物学的製剤・JAK阻害薬の各治療薬はそれぞれ効果がある一方で副作用のリスクもあります。ですから、関節リウマチ診療を専門とする医師は、常に患者さんの状態や背景、効果と副作用のバランスを十分に考慮しながら治療の戦略を立てています。
関節に非可逆的な変形や障害が生じている場合には手術を行います。手術方法は関節の場所や病変の進行度などによって異なります。次の見出しでは、関節リウマチによる股関節障害の手術についてお話しします。
加えて栄養指導やリハビリテーション、さらに治療費や生活への公的補助といった各方面からのサポートも治療を行っていくうえで重要であると考えています。
生物学的製剤やJAK阻害薬といった作用の異なる新たな薬剤が次々と開発されていますが、発生した病変を元どおりにする治療の提供にはまだ至っておりません。今後もよりよい治療方法へのアクセスを含め、早期診断・早期治療開始が重要であることに変わりはないと思います。
上肢の関節症状においては、薬物治療の効果が体感しやすいかもしれません。しかし、下肢の荷重関節である股関節においては、いったん病変が発生すると生物学的製剤やJAK阻害薬をもってしても関節の修復や悪化の防止は困難である場合もあるため手術を考慮します。関節リウマチによる股関節障害においては、ほとんどの症例で人工股関節置換術が実施されています。
人工股関節置換術を行った後、股関節の機能回復のみならず、全身の関節症状も改善する場合があります。これは、股関節という大きな病変部を切除することによって、炎症の悪化につながるサイトカインの放出元が大幅に減少することが理由であると考えられます。
術後の成績や入院期間の設定ならびにフォローアップ(定期的な術後のチェック)体制、術後の活動性に対する考え方などは施設によってさまざまです。手術を受ける際は、医師による十分な説明のもと納得したうえで手術に臨みましょう。
人工股関節の耐用性は患者さんの特性をはじめ、使用する人工股関節の種類(サイズ・材質・メーカーが多数存在)や手術の内容などに大きく左右されます。当院では30年以上の耐用性が見込まれる手術を心がけています。
人工股関節が耐用性に達した場合には機能を再建する手術を受けることも可能です。当院は人工股関節の入れ替え手術(人工股関節再置換術)にも対応しているため、比較的若い患者さんであってもほかに治療法がない場合には人工股関節置換術を行っています。
人工股関節置換術特有の合併症として、術後の脱臼・術中神経麻痺・術中術後の骨折・感染(創部表面ならびに人工股関節周囲の化膿)・術後の脚長差などが知られています。施設ごとに差はあるものの、いずれも発生率は低いことが明らかになっています。このような合併症が発生した場合、適切な対応を行うことが重要であると考えています。当院ではさまざまなスタッフの協力のもと、合併症の予防に取り組んでいます。
当院の場合は、自宅での日常生活が可能になった時期を退院の時期と設定しています。一般的には、3週間ほどで杖(ステッキ)1本で退院し、その後は週1回程度リハビリテーションに通院していただいています。術後3か月程度で杖卒業ということが多いでしょう。
仕事で忙しい方などは1週間ほどで退院されることもあります。一方で、遠方にお住まいの方や高齢の方、あるいは術前の歩行不能がある方は2~3か月入院する場合もあります。退院時に杖を忘れて帰ってしまうほど歩ける方もいれば、時間をかけて杖が不要になる方までさまざまです。そのため、“治療の平均を患者さんに強いないこと”を心がけています。
術後の方針は施設によって異なりますが、当院では杖が不要になれば特に制限なく生活していただいています。マラソンやスキー、テニスなど各種スポーツに復帰されている方もいらっしゃいます。患者さんのリクエストになるべく沿う治療をご提案したいと思っておりますので、ぜひ一度ご相談ください。
人工股関節置換術においては、ロボットを使用した手術のさらなる発展が期待されています。ただし、人工股関節置換術とは単に人工股関節を入れるだけの手術ではなく、股関節と股関節周囲の筋肉や靱帯、他関節や脊柱の状態、術後必要なリハビリテーションや患者さんの生活背景まで考えた、人工股関節の入れ方が重要であると考えています。
股関節の病気はつらいものです。そして、そのつらさは本人にしか分からないものだと思います。痛みや不自由さを我慢していませんか? ご自分だけで悩んでいませんか? 病気だけでも大変なのに誰かのために頑張ってはいませんか? 将来に不安はありませんか? 治療が怖いと思っていませんか? これらの問いかけに心当たりのある方もいるのではないでしょうか。
変形性股関節症や関節リウマチといった股関節の痛みにつながる病気は治療方法があります。ですから、少しだけ勇気を出して股関節の診療を専門とする医師を受診する時間を作っていただきたいと思います。来院=手術ではありません。当院はまだ手術には早い方や手術が必要であってもすぐには手術を受けられない方、手術を受けたくない方であっても気軽に相談できる体制を整えています。
また、当院では新たな知見をもとに手術手技の向上に励みながら、これからも患者さんに応じたオーダーメイドの人工股関節置換術を行っていきます。皆さんの健康を実現するために、高度かつ親切な治療の提供を心がけておりますので、股関節の痛みでお悩みの方は受診いただきたいと思います。
JMA座間総合病院 人工関節・リウマチセンター センター長/副院長、文京学院大学 保健医療技術学部 教授
JMA座間総合病院 人工関節・リウマチセンター センター長/副院長、文京学院大学 保健医療技術学部 教授
日本人工関節学会 評議員・認定医日本リウマチ学会 評議員・リウマチ専門医・リウマチ指導医日本整形外科学会 整形外科専門医日本リウマチ財団 登録医日本医師会 認定産業医
昭和大学医学部卒、医学博士。
昭和大学藤が丘病院 講師、日本リウマチ財団フェローとしてドイツ ベルリン大学、ノイケルン病院整形外科に勤務(ドイツ連邦共和国 医師免許取得)、米国ハーバード大学研究員を経て、JMA海老名総合病院 人工関節・リウマチセンターに勤務。病院移転に伴い、JMA座間総合病院 人工関節・リウマチセンター センター長兼同院副院長に就任。文京学院大学保健医療技術学部教授を兼任。
草場 敦 先生の所属医療機関
「変形性股関節症」を登録すると、新着の情報をお知らせします
本ページにおける情報は、医師本人の申告に基づいて掲載しております。内容については弊社においても可能な限り配慮しておりますが、最新の情報については公開情報等をご確認いただき、またご自身でお問い合わせいただきますようお願いします。
なお、弊社はいかなる場合にも、掲載された情報の誤り、不正確等にもとづく損害に対して責任を負わないものとします。
「受診について相談する」とは?
まずはメディカルノートよりお客様にご連絡します。
現時点での診断・治療状況についてヒアリングし、ご希望の医師/病院の受診が可能かご回答いたします。