8月26日から30日にかけ、バルセロナ(スペイン)のフィラ・グラン・ビアで欧州心臓病学会(ESC)学術集会が開催された。直近のテロにより危惧された参加キャンセルはほとんどなく、全世界から3万人を超える参加者が集まった。採択率は40%強で、期間中4,500を超える演題が報告された。これだけの演題を聞いて回るのは、決して容易ではない。そのためESCでは最終日、「ESCコングレス・ハイライト」という2時間のセッションを設け、注目演題を手短に紹介している。今回はそのなかから、主なものをご紹介したい。
不整脈領域をピックアップしたのは、A John Camm氏(ロンドン大学セント・ジョージ校、英国)である。
まず心房細動(AF)関連として、Nassir F. Marrouche氏(ユタ大学、米国)が報告したランダム化試験 "CASTLE-AF" が取り上げられた。心機能低下を伴う症候性AFに対する静脈隔離アブレーションにより、「総死亡・心不全入院」(1次評価項目)のハザード比 [HR] が0.62へと有意に減少していた [95%信頼区間 [CI] :0.43-0.87] 。多くの観察研究が明らかにしている通り、抗凝固療法がある程度普及した今日、AF例の多くは心疾患で死亡し、その多くは心不全死である。
ESCに特徴的な「Hub」と呼ばれる発表形式。1演題5分ほどのスライド発表と質疑応答が行われる。大会場の中に、複数設置されている。採択された抄録のほとんどは、ポスター会場かHubでの発表となる。
Michiel Rienstra氏(フローニンゲン大学、オランダ)が報告した、RACE3試験も紹介された。左室機能の低下した持続性AF例を対象に、電気的除細動施行前の左房リモデリングに対する包括的アップストリーム治療が有用であるかを検討したランダム化試験である。アップストリーム治療群では除細動3週間前から、アルドステロン拮抗薬とレニン・アンジオテンシン系阻害薬、スタチンの服用を開始し、さらに心臓リハビリテーションと食事制限も始めた(アブレーション後も継続)。その結果、除細動1年後、洞調律維持例の割合は、アップストリーム治療群で75%と、対照群の63%に比べ有意(p=0.021)に高値となっていた。
AF例が対象ではないが、John Eikelboom氏(マクマスター大学、カナダ)が報告したCOMPASS試験も取り上げられた。動脈硬化イベント高リスク、出血低リスクの安定冠動脈疾患例を対象に、低用量リバーロキサバン単剤、アスピリン・低用量リバーロキサバン併用の有用性を、アスピリン単剤と比較したランダム化試験である。早期にリバーロキサバン併用群の優位性が明らかになったため、2年弱で中止された(リバーロキサバン単剤とアスピリン単剤間には差なし)。
その結果、「心血管系死亡・心筋梗塞・脳卒中」(有効性1次評価項目)のHRは、アスピリン単剤に比べリバーロキサバン併用で0.76 [95%CI:0.66-0.86] に低下していた。一方、安全性主要評価項目である「大出血」のHRは、リバーロキサバン併用群で1.70 [95%CI:1.40-2.05] と有意に増加していた。これら「心血管系死亡・心筋梗塞・脳卒中」と「大出血」を合わせた発生率は、リバーロキサバン併用群で7.2%、アスピリン単剤群7.3%である。ただしEikelboom氏は「総合的有用性」を「心血管系死亡・心筋梗塞・脳卒中」と、「致死的大出血・腫瘍臓器への症候性出血」に限っており、これらHRはリバーロキサバン群で0.80 [95%CI:0.70-0.91] と有意に低値となっていた。
心不全領域のサマリーはMichael Böhm氏(ザールラント大学、ドイツ)が行った。同氏はまず、Krzysztof Ozierański氏(ワルシャワ医科大学、ポーランド)らが報告したESC-HFレジストリを紹介した。800例近いAF合併心不全例をプロスペクティブに追跡した結果、β遮断薬服用例では死亡率が有意に減少していた。AFを合併した心不全例ではβ遮断薬による生存率改善が認められないとする、ランダム化試験メタ解析の結果[Kotecha D et al. Lancet 2014; 384: 2235]を覆した形だ。
Tiny Jaarsma氏(リンシェーピング大学、スウェーデン)が報告したランダム化試験、 "HF-Wii" もユニークだ。500例を越す高齢心不全患者が、コンピューターゲームを用いた運動(Exergame)を3か月間続けたところ、6分間歩行距離が対照群に比べ33メーター、有意(p=0.004)に延長していた。
高血圧領域をレビューしたのは、Giovanni de Simone氏(フェデリコ2世・ナポリ大学、イタリア)である。同氏が取り上げた報告の1つが、治療抵抗性高血圧に対する腎動脈内アブレーションによる降圧作用のメタ解析である。ランダム化試験10報をメタ解析したところ、アブレーション後6か月の診療所収縮期血圧(SBP)は、偽手技の有無を問わず、対照群と有意差は認められなかった。
なお、Simone氏は取り上げなかったが、本学会では軽・中等度高血圧を対象に、降圧薬の服用を停止の上、新たなデバイスで腎動脈内アブレーションを試みたランダム化試験 "SPYRAL HTN-OFF MED" が報告されている。アブレーション群では偽手技対照群に比べ、24時間SBPは5.0mmHg、有意に低下したものの、高血圧域からの離脱はならなかった。
2016年ESCから取り入れられた「Agora」(広場)という発表形式。聴講者は置かれているクッションに腰掛ける。ここでは比較的軽めのトピックが取り上げられる。また質疑応答に用いるマイクはスポンジの正四面体に埋め込まれており、質問者に向けて司会者が投げて渡す。
Eva Prescott氏(コペンハーゲン大学、デンマーク)は、予防の観点から本学会を振り返り、注目演題の1つとして、Martin J. Landray氏(オックスフォード大学、英国)が報告したランダム化試験、 "REVEAL" を取り上げた。本試験は、スタチン服用下のアテローム動脈性血管疾患例を対象に、CETP阻害薬アナセトラピブによる冠動脈イベント抑制作用をプラセボと比較した二重盲検試験である。中央値4.5年間の追跡後、CETP阻害薬群における冠動脈イベントHRは0.91 [95%CI:0.85-0.97] と有意な減少を認めたが、絶対リスクは1.0%の差だった。CETP阻害薬は当初、HDLコレステロール増加による心血管系イベント抑制作用が期待されていたが、先行薬はいずれも失敗に終わっている。
対照的に、動脈硬化性イベント抑制に新たな光を投げかけたのが、Paul M Ridker氏(ハーバード大学、米国)が報告したランダム化試験 "CANTOS" である。LDL-Cを低下させることなく、動脈硬化性イベントの減少に成功した。
同試験の対象は、スタチンでLDL-Cを強力に低下させても炎症が遷延していた(hsCRP≧2mg/dL)心筋梗塞既往例であるIL-β1抗体であるカナキヌマブはプラセボに比べ、hsCRPを有意に減少させ、かつ「心血管系死亡・心筋梗塞・脳卒中」(1次評価項目)も有意に抑制した。脂質代謝は両群間に差を認めなかった。スタチン治療下における動脈硬化性イベントの「残存リスク」に対しては、炎症抑制も1つのオプションであると示された形だ。
2時間のセッションが終わると、参加者はバルセロナの午後を楽しむべく、会場を後にした。来年の本学会はミュンヘン(ドイツ)で、8月25日から29日の予定で開催される。本年は上記以外にも数多くの興味深い臨床試験が報告された。来年も本年同様に充実した学会となることが期待される。
1日に数回開かれる記者会見の様子。重要な大規模試験などに関しては、記者会見が開かれる。本発表と同じ報告者が1報告あたりおよそ5、6枚のスライドで研究を要約・紹介し、その後、記者から質問を受ける。厳しい質問が飛ぶことも珍しくない。