インタビュー

耳鳴りの治療—耳鳴り順応療法(TRT)における音響療法とは?

耳鳴りの治療—耳鳴り順応療法(TRT)における音響療法とは?
中川 雅文 先生

国際医療福祉大学耳鼻咽喉科 教授

中川 雅文 先生

この記事の最終更新は2017年10月22日です。

耳鳴りとは、何らかの原因によって、外界からの音がないはずの状態で感じる音の感覚です。耳鳴りの原因は多岐にわたりますが、耳鼻科では音響療法を含めた耳鳴り順応療法(TRT)を検討します。耳鳴り順応療法(TRT)における音響療法の適応ケースや手順について、国際医療福祉大学病院の中川雅文先生にお話を伺いました。

耳鳴り順応療法(TRT)とは、耳鳴りに対して耳鼻科が行う集学的治療法のことです。記事1『耳鳴りとは? 原因・発症メカニズム』でお話ししたように、耳鳴りは1つもしくは複数の原因によって引き起こされるため、その原因に応じて内科や婦人科など、ほかの診療科と連携して治療にあたります。耳鳴り順応療法には、補聴器やサウンドジェネレーターなどを用いて耳鳴りの音に順応するよう脳を訓練する音響療法が含まれます。

耳鳴り順応療法(TRT)に含まれる音響療法は、基本的に3か月以上症状が続いている場合に適応となります。なぜなら、3日間〜1週間ほどの短期間に起こる耳鳴りは突発性難聴(突発的におきる原因不明の急性感音難聴)の初期症状であることや、音響外傷性難聴を原因とするケースが多いからです。

音響外傷性難聴とは、おもに耳が大きな騒音に長時間さらされることで起こる難聴です。大音量のヘッドフォンで音楽を聴き続ける、大音量の音楽をコンサート会場で長時間聴き続ける、といった状況で発症します。聴神経は大音量によって一時的な傷害が起こったとしても、48時間ほどで自己修復する能力を持っています。しかし耳が大音量の音にさらされる環境が長期間続く、または耳を十分に休息させられないと、難聴が固定化して、慢性の耳鳴りに移行していきます。

ライブ会場

記事1『耳鳴りとは? 原因・発症メカニズム』でお話ししたように、耳鳴りは拍動性耳鳴り(脈を打つタイプ)・非拍動性耳鳴り(脈を打たないタイプ)の2種類に大別します。拍動性耳鳴りの場合には、動脈硬化高血圧不整脈などが原因であることが多いため、それぞれの原因に対する治療を行います。しかしながら治療効果が出るまでの時間を考慮し、耳鼻科で耳鳴り順応療法(TRT)を同時に行うケースもあります。

耳鳴り順応療法(TRT)における音響療法は、サウンドジェネレーターもしくは補聴器を用いて行います。

サウンドジェネレーターとは、補聴器型の小さな音発生装置のことです。フラクタル音楽や自然界の波の音とか風の音といった癒しの効果を期待できるような心地よい音が発生装置から出力されます。サウンドジェネレーターの音は耳鳴りへの注意をぼんやりさせたり、静寂の中でついつい耳鳴に対して意識を向けてしまいがちな状態を回避したりすることができます。音響療法で用いられているサウンドジェネレーターから出力できるノイズにはさまざまな種類があり、耳鳴りのタイプに応じて使い分けられています。

サウンドジェネレーター

記事1『耳鳴りとは? 原因・発症メカニズム』でお話ししたように耳鳴りは難聴が原因であることも多く、そのようなケースにおいては、補聴器で聴力を補うことで耳鳴りを軽減させるというやりかたもあります。実際、耳鳴りの患者さんのおおくは難聴も伴っています。補聴器を使えば、耳鳴の軽減あるいは解消と同時に、きこえのハンディキャップも解決することができます。難聴を伴う耳鳴患者さんには補聴器による音響療法からは始めるのが大原則となります。

補聴器

サウンドジェネレーターには医療保険の適応があり、購入の際には医師の処方が必要です。価格は、サウンドジェネレーター単独で7万8,000円〜18万円ほど、補聴器にサウンドジェネレーターが付属しているものであれば18万円〜50万円ほどが相場です。

近年、耳鳴りに対する音響療法が普及したことで、サウンドジェネレーターが付属した補聴器が市場に流通するようになりました。補聴器そのものには保険適応がなく、医師の処方箋がなくても補聴器の販売店で購入することが可能です。

しかし耳鳴りを伴う難聴があるからといって患者さんの自己判断でサウンドジェネレーター付きの補聴器を購入することを、私たち医療従事者は問題視しています。なぜなら記事1『耳鳴りとは? 原因・発症メカニズム』でもお話ししたように耳鳴りにはさまざまな原因が存在し、それぞれの原因に対して適切な治療を行う必要があるからです。自己判断でサウンドジェネレーター付きの補聴器を長期間使ったけれども耳鳴りがよくならず、その頃にようやく私たちの病院にくる患者さんもいらっしゃいます。しかしもっと早く適切な処置ができていれば、耳鳴りや、耳鳴りに伴う不安感を軽減できたはずです。耳鳴りを伴う難聴がある方は、まず専門の病院で診察を受けることを強くおすすめします。

私が耳鳴りの患者さんに対して行うインタビューではいつも、音が豊かな生活を送ること、積極的に歩くことをとくに強調して指導しています。

音が豊かな生活を送るには、積極的に会話をする・好きな音楽や朗読を聴く・ラジオを聴く・外出してさまざまな音に触れることが大切です。

積極的に歩くことは、下腿の血流を促進し、相対的に内耳の循環を改善させてくれます。内耳に豊かな血流が戻るだけで、耳鳴りの多くは改善されていきます。歩くことは、耳小骨(鼓膜に伝わった音の振動を内耳に伝える骨)への適度な刺激にもつながり、音のきこえの改善に寄与してくれるという副次的な効果も期待できます。

【耳鳴りの治療中に心がけるべきこと】

  • 音が豊かな生活を送る
  • 積極的に歩く

ラジオを聞いている人

国際医療福祉大学耳鼻咽喉科では、耳鳴り順応療法(TRT)のためにこれまでのべ数百名の患者さんが通院されています。そんな耳鳴りの治療、ほとんどは難聴にともなう耳鳴りの患者様です。そのため多くの患者さまが、ノイズジェネレーター付き補聴器を選択されるかたが多くなっています。

中川先生

記事1『耳鳴りとは? 原因・発症メカニズム』で述べたように耳鳴りにはさまざまな原因が考えられますが、もっとも重要なことは難聴が密接にかかわっている点です。しかしながら難聴による慢性的な耳鳴りの背景には、症状を悪化させている原因が複数重なっていることがあります。耳鳴りは、専門病院で患者さんが抱えている全身的な問題をトータルに把握し、原因に対する適切な処置を行うことで、必ず改善できます。

一般的に、TRTを受けた患者さんの7〜8割の方が約半年で耳鳴の改善において満足度を得られ、ほとんどの方は1〜2年の治療継続で耳鳴りそのものを気にしないでいられる状態まで改善できるという報告もあります。慢性の耳鳴りで悩んでいる人はできるだけ早期に専門医の相談を受けることが必要でしょう。

ここで注意しておかねばならないのは、急性発症の耳鳴りです。突然の耳鳴りが3日以上続く場合は、突発性難聴メニエール病(耳鳴り・難聴・耳の詰まり感などの症状を伴いめまいの発作を反復する疾患)、音響外傷性難聴など、すぐにでも治療に取りかかるべき疾病のこともあるからです。急性の耳鳴りは待ったなしに治療をはじめる必要があります。

耳鳴りの治療では、患者さんの全身的な状態を把握するためのカウンセリング、疾患がある場合にはそれらに対する薬物治療(投薬もあれば減薬を行うこともある)、そして症状を軽減するためのサウンドジェネレーターあるいは補聴器による介入、そしてこうした3つの治療を集学的にかつ有機的なものとしたのが耳鳴り順応療法(TRT)といえます。どれか1つが欠けてもよい結果は得られません。耳鳴を自覚したらまず、悩むのではなく、耳鼻咽喉科の先生を受診し相談することからはじめるのがよいでしょう。

 

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