耳鳴りとは、外界からの音がないはずの状態で感じる音の感覚です。耳鳴りの原因の多くは難聴を背景としたものですが、慢性的な痛みやホルモンのバランスなど、いっけん耳とは関係なさそうな原因によっても引き起こされることがあります。そんな耳鳴りの原因、発症メカニズムについて、国際医療福祉大学病院の中川雅文先生にお話を伺いました。
耳鳴りとは、外界からの音がないはずの状態で感じる音の感覚をさします。耳鳴りは疾患名ではなく「症候(兆候)」です。耳鳴りは難聴に伴うことが多いのですが、不安障害や睡眠障害でもしばしば認められます。そのほかにも慢性的な痛み・薬の副作用・女性ホルモンのバランスの乱れなど、意外なところに耳鳴りの原因があることもあります。
耳鳴のやっかいなことは、症例ごとに原因が多彩であることです。ただ1つの原因から耳鳴が生じていることもあれば、いくつもの要因が重なって生じていることもあります。
そのため耳鳴りの治療は、まず問診・検査を通して、全身状態をくまなく評価し、1つ1つの問題に対して適切な対処を行うことが必要となります。※耳鳴りの治療については、記事2『耳鳴りの治療—耳鳴り順応療法(TRT)における音響療法とは?』をご覧ください。
人には、視覚・聴覚・触覚(体性感覚)・嗅覚・味覚という5つの感覚(五感)があります。獲得する情報量はそのバランスからみると、聴覚と視覚で全体の8〜9割を占めています。
人間の耳には、外界からのすべての音が届いています。脳は必要な音や価値のある音を積極的に選択し、それ以外の不要な音は無視しています。前頭皮質の機能によって選択的に注意を向ける、あるいは無視するという選別を行っているのです。すべての音が100%だとすると、15%ほどの頻度の音に対し積極的な注意を向け、80%もの頻度の音に対してはあまり注意を向けません。さらに5%未満のまれな頻度なときにはまったくといっていいほどに関心を示しません。
たとえば複数の人がいるなかで会話をしているときには、自分が直接会話している人の声には選択的な注意を向け、周りの人の声にやや注意を向け、そのほかの雑音は積極的に無視しています。私たちの脳は、選択を通じて音情報の処理をしています。
きこえの衰え、つまり難聴になってくると耳鳴りという症状が出やすくなるということを前項でお話ししました。難聴が進行すると聴力の範囲が狭まり、音から得られる情報も少なくなります。すると、脳は不足している情報を補うために音に対する情報処理の感度を高め、脳で処理する音の領域を拡張します。その結果、本来は無視していた音にまで注意を向けてしまうことになります。そうした認知のゆがみによる音の知覚が耳鳴りの本態なのです。
幼い子どもが慢性的な耳鳴りを訴えたとしても、問題となることはほとんどありません。6歳未満の子どもは神経ネットワークの構築が未成熟なため、大人のような選択的な注意が発動されにくいからです。成長とともに脳の神経が発達し、音に関する学習(経験)が増えることで、徐々に音に対して選択的に注意する機能・積極的に無視する機能が発達し、耳鳴りを気にしない脳に育っていきます。幼い子どもは、いつもすべての音に意識が向かっています。この時期のお子さんは、耳で検知することのできるさまざまな音ひとつひとつに対して、意識しておく必要のある音か無視してよい音かを学んでいきます。
古くは耳鳴りを外界からの音がないはずの状態で患者さんだけが感じる音の感覚としての「自覚的耳鳴り」と耳付近の構造により発生する雑音に起因し、第三者でも聴取できる「他覚的耳鳴り」の2つに分類していました。
しかし現在は、「拍動性耳鳴り」と「非拍動性耳鳴り」という2つに大別する分類を用いることが多くなっています。拍動性耳鳴りとは心臓の鼓動のように一定のリズムで脈打つタイプの耳鳴りで、非拍動性耳鳴りとは一本調子な音色でリズムのない耳鳴りのことをいいます。難聴に伴う耳鳴りの多くは、非拍動性耳鳴りに含まれるようです。
【耳鳴りの分類】
拍動性耳鳴りは、動脈硬化(動脈の壁が厚く・硬くなり機能が低下した状態)や高血圧、片頭痛(頭の片側が脈打つように痛む発作的な頭痛)、不整脈(正常な脈が乱れた状態)、薬(おもに抗血小板薬や不整脈に対する薬)の副作用などが原因で起こります。これらに共通しているのは、血管や血液のコンディションあるいは薬剤の影響による血液の粘性の変化など、普段とは異なる脈のリズムの発生が関係していることです。本来なら無視できていたはずの脈の音であっても、その音色やリズムが変わるととたんに脳がその変化に注意を向けてしまいます。さらには、そうした耳の変化があることを不安に思ってしまうために、耳鳴りとつらさを自覚するようになってしまうのです。
血圧のコントロールやお薬のさじ加減を変えるだけでも拍動性耳鳴りが楽になることはしばしばありますから、まずは耳鼻科と内科の連携できる環境で相談していくことが大切でしょう。
非拍動性耳鳴りでもっとも多い原因は、難聴(聴力が低下した状態)です。耳鳴りにかかわる難聴には、大きく2つの原因があります。1つ目は加齢による難聴、2つ目はストレスによる難聴です。
難聴は、一般的に加齢によって徐々に進行します。65歳で25%、75歳で50%、85歳で90〜100%の方が難聴になるといわれています。また高齢化に伴って、日本の全人口における難聴の割合は2017年現在、25〜30%と徐々に増加しています。難聴の患者さんが増加するとともに、耳鳴りの患者数も増加傾向にあります。
思春期や働き盛りの年代の患者さんに、難治性(原因が明らかでない・症例が少ない・治療法が確立されていない・生活面に長期的な影響を与える)の耳鳴りが発症した場合は、ストレスが原因であると考えられます。
生活リズムが不安定である・睡眠が大幅に不足しているなど、体力の限界を超えるような生活を続けていると、不安や睡眠障害を伴う耳鳴りを発症することがあります。私はストレスによる耳鳴りの患者さんの診療において、「耳鳴りというのは体が悲鳴をあげている証拠です。その悲鳴が上がっている原因を特定し、どのように対処するかが重要です。」とお話ししています。
慢性的な痛みが、耳鳴りを引き起こすことがあります。人の脳には、中枢神経系を構成する脳幹(のうかん)と呼ばれる部分があり、そこを全身の神経がところ狭しと密集しています。そのなかにある蝸牛神経核(かぎゅうしんけいかく)という部位は、聴覚神経の繊維と体性神経(皮膚感覚を司る神経)の繊維が非常に近接しています。
たとえば、交通事故などで体のあらゆる部位を痛めてしまうと痛みのシグナルがしばらくの間、持続的に脳に伝えられることになります。首の痛みなら2〜4週間に、腰や膝の痛みなら半年から2年くらいで痛みがやわらぎますが、それに伴い耳鳴りも生じてくることがあるのです。これは痛みのシグナルと伝達している体性神経繊維で生じている神経の発火が強く持続的であるために隣接する聴覚神経の繊維にまで影響したために生じると考えられています。神経は発火するとき周囲の神経も巻き込みながら発火するという性質を持っているため、痛みのシグナルが持続すると異なる役割である体性感覚と聴覚の神経繊維が近接しているがゆえに接続してしまい、そのために耳鳴りが起こるのです。こうした現象は「不適切な神経可塑性の発現」と呼ばれています。
顎関節症(かみ合わせ)や歯列矯正(鈍痛)あるいはインプラント治療中の耳鳴りも、同じようなメカニズムで生じています。慢性的な痛みやしびれが本当の意味で改善してくれば、耳鳴りは自然にやわらいできます。そのためまず原疾患の治療が優先されます。もちろん症状のひどいときには痛みを軽減するために内服薬や神経ブロック注射の治療を行うこともあります。
女性の体は、脳の視床下部から出る女性ホルモンのはたらきによって、卵巣からエストロゲンとプロゲステロンというホルモンが分泌されます。おもに50歳前後で女性は閉経を迎え、卵巣機能の低下とともにエストロゲンの分泌が止まります。閉経初期には視床下部からの信号が送られても、卵巣機能の低下によりエストロゲンが分泌されないため、脳は「もっとエストロゲンを分泌しなさい」と信号を送り続ける状態(脳の過活動)が発生します。その時間的なギャップは5〜10年で、更年期障害の原因といわれています。
このようなホルモンバランスの乱れる時期に更年期障害による1つの症状としての耳鳴りに悩まされる方もいます。婦人科の医師と連携し、女性ホルモンの増減を穏やかに保つ治療を行います。女性ホルモンの変化を穏やかにすることで、脳の過活動を抑制できる効果もあります。更年期の時期に併発しやすい骨粗鬆症(骨が弱くなる疾患)がありますが、こうした疾患の治療に用いられる内服薬の中には耳鳴りを引き越す副作用を持つものもあるため、そうした薬剤を内服していないか確認することも大切でしょう。
先述の通り、耳鳴りの原因は多岐にわたります。また原因が1つのこともあれば、複数のこともあります。治療に際しては、それぞれの原因に対して適切な処置を行うために各診療科の医師と連携を取ることもあります。このように耳鳴りはケースによってさまざまな診療科と連携して治療に取り組むことが大切です。そうした耳鳴りの治療の中心にいるのが耳鼻科医といえます。カウンセリングと薬物療法そして音治療(音響療法)を組み合わせた耳鳴りの治療法「TRT(Tinnitus Retraining Therapy:耳鳴り順応療法)」はいま存在する耳鳴り治療のなかでもっとも効果的な対処法です。記事2『耳鳴りの治療—耳鳴り順応療法(TRT)における音響療法とは?』では、耳鼻科で行うTRTについて詳しくご説明します。
国際医療福祉大学耳鼻咽喉科 教授
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