インタビュー

ALS(筋萎縮性側索硬化症)の検査・診断・治療−さまざまな分野で行われている最新の研究とは?

ALS(筋萎縮性側索硬化症)の検査・診断・治療−さまざまな分野で行われている最新の研究とは?
相澤 仁志 先生

東京医科大学 神経学分野 主任教授

相澤 仁志 先生

この記事の最終更新は2018年01月05日です。

ALS(筋萎縮性側索硬化症)とは、運動神経細胞が障害されることによって全身の筋力が弱まっていく病気です。記事1『ALS(筋萎縮性側索硬化症)とはどんな病気?原因と症状について』でお話しいただいたように、症状の現れかたや進行のスピードは患者さんによってさまざまです。

本記事では、ALSがどのように診断されるのか、検査や診断方法、そして各分野で研究が進んでいる治療について、東京医科大学神経内科 主任教授 相澤仁志先生にお話を伺いました。

ALSを確実に診断する方法はないため、ALSが疑われる場合には、神経内科医による診察と針筋電図検査、末梢神経伝導検査、画像診断などの結果を組み合わせて診断を行います。

ALSの診断では、まず臨床経過と診察が非常に重要となります。上位運動神経細胞と下位運動神経細胞は、障害が起こるとそれぞれ特徴的な症状が現れます。これらの症状を専門の医師が直接確認することが大切です。

上位運動神経細胞が障害されている場合には、腱反射が亢進し、Babinski反射などの病的反射がみられます。また、下位運動神経細胞が障害されている場合には、筋萎縮と筋力低下がみられ、ときに筋肉がピクつきます。両方の症状がみられた場合は、ALSの可能性が高いと判断されます。

医師と患者さんが話している

針筋電図検査は、針を筋肉に直接刺すことで、筋萎縮・脱力の原因が筋肉自体であるか神経が原因であるかを判断することが可能です。

末梢神経伝導検査では、末梢神経線維の異常を調べます。末梢神経伝導検査は、ALSの症状と似ている末梢神経疾患との鑑別のために行います。

頚椎や脳のMRIを撮影し、筋萎縮や筋力低下の原因となりうる他の病気がないか調べます。

ALSの治療は薬物療法で病状の進行を遅らせるというのが中心となります。現在(2017年)薬物療法として使用されているのは、「リルゾール」と「エダラボン」という薬剤です。

リルゾール

リルゾールにはグルタミン酸の放出を抑制する作用があります。グルタミン酸は、上位運動神経細胞から下位運動神経細胞へ信号を伝達する物質です。上位運動細胞からのグルタミン酸放出を抑制することで病状の進行を遅らせられると考えられています。

エダラボン

エダラボンは、フリーラジカルという有害物質を抑制する作用があります。もともと脳梗塞の治療に使われていた薬剤ですが、2015年からALSの治療にも使用されるようになりました。リルゾールと同様にALSの病状の進行を遅らせるために用いられます。

薬

薬物療法とあわせて、患者さんの症状に応じて対症療法を行います。どのような対症療法をおこなうかは患者さん自身がALSの症状を十分に理解したうえで、患者さんの意思を尊重して決めていきます。

たとえば、食事をするのが困難な患者さんには胃ろうをつくり、きちんと栄養を摂ることがあります。また、自発呼吸が難しい患者さんには補助呼吸器をつけて呼吸をサポートするなどの処置を行います。

ALSの症状が進行すると筋力が衰え、筋肉を動かすことが難しくなってきます。しかし筋肉を動かさなければ、筋肉が固くなってしまうため、ALSでは、無理のない範囲で他動的に関節を動かす身体機能維持のためのリハビリを行います。

ALSの患者さんは、症状が進行すると、言葉を発することや筆談、身振り手振りができなくなり、意思の伝達が困難になってしまいますので、コミュニケーションの方法を工夫する必要があります。

たとえば、文字盤を使って文字を指し示す方法や、目の動きでコミュニケーションを行うこともあります。また、身体の一部を動かすことでパソコンに文字を入力できるような装置も開発されています。病状に応じてコミュニケーションの工夫を行うことも患者さんの大切なケアのひとつです。

2017年現在、本邦ではALSを対象とした肝細胞増殖因子(HGF)、メコバラミン、ペランパネルの医師主導治験が行われています。

HGFは運動神経細胞保護効果の強い生理活性物質で、HGFの第II相臨床治験が東北大学病院、大阪大学医学部附属病院で行われています。また、高用量メコバラミンの第III相臨床治験は2017年11月に徳島大学で開始し、順次全国18施設で行われる予定です。

ペランパネルの臨床治験は2017年4月から東京医科大学病院をはじめ、全国12施設で行われています。ここでは私たちが行っている、このペランパネルの治験について説明します。

ALSの治療では、2017年時点では、主にリルゾールとエダラボンを使った薬物療法が行われていますが、私たち東京医科大学では「ペランパネル」という薬剤の治験を行っています。ここではペランパネルがどのような薬剤であるかを簡単にご紹介します。

上位運動神経からの指令はグルタミン酸という神経伝達物質により下位運動神経細胞へ伝わり、筋肉を動かすようになります。この指令を受け取る受容体のひとつがAMPA受容体です。

AMPA受容体は4つのサブユニットから構成されています。正常ではGluA2というサブユニットはADAR2と呼ばれる酵素のはたらきでGluA2QというタイプからGluA2Rというタイプに変えられ(これを編集といいます)、AMPA受容体からのカルシウムイオンの流入をブロックします。

ALSの下位運動神経細胞のAMPA受容体ではADAR2のはたらきが低下するため、カルシウムイオン流入をブロックできないGluA2Qというタイプが増えて細胞内へのカルシウムの流入量が増えてしまうことが明らかになっています。

カルシウムの流入が増えてカルシウム濃度が高くなると、カルシウムの濃度に依存している酵素が活性化し、その結果、運動神経細胞にダメージを起こしてALSが進行してしまうと考えられます。

私たちが治験を行っているペランパネルという薬剤は、このAMPA受容体に作用し、異常なカルシウム流入をブロックする薬剤(拮抗薬)です。

ペランパネルは孤発性ALSのモデルマウスを用いた研究では、臨床的にも神経病理学的にも有効であったことから、孤発性ALSを対象として臨床治験を計画しました。ALSに対するペランパネルの治験は日本医師会治験促進センターに委託された国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の臨床研究・治験推進研究事業によって行われています。孤発性ALSを対象としてペランパネルの有効性と安全性を検討し、その有用性を明らかにしたいと考えています。(http://team.tokyo-med.ac.jp/shinkeinaika/clinical/index.html)

ぺランパネル
相澤 仁志先生よりご提供

ALS(筋萎縮性側索硬化症)の研究は、基礎から臨床までさまざまな分野で行われています。症状の進行を遅らせる薬剤だけでなく、遺伝子の改変や筋肉の再生といったところからアプローチしている研究チームもあります。

また、発症直後の早期の段階でALSを診断する方法の研究も進んでいます。これは早期診断によって薬剤をできるだけ早くに使用し、効果を高めるというアプローチで、注目されている研究のひとつです。

原因や治療に関してまだ明らかになっていないことが多いALSですが、日々研究は進んでいます。多くの研究者は患者さんに還元できる有効な治療を目指しながら研究を進めています。

ALSは、現時点(2018年)では確実に治療する方法がないため、患者さんは不安な思いを抱えています。大切なのはご家族とともに病気についてしっかりと理解し、病気を受け入れていただき、今後どのように生きるのかを自分で決断するという前向きな姿勢です。

ALSの治療は、一つひとつの効果が大きくない場合でも、いろんな種類の治療を組み合わせて行う「コンビネーションセラピー」によって効果が大きくなる可能性があります。治療に関する研究はさまざまなアプローチで行われていますので、諦めることなく病気と向き合っていただきたいと思います。

患者さんがALSという病気と向き合うためには、患者さんのメンタル面のサポートも非常に大切です。海外ではカウンセラーやソーシャルワーカーが加わったチームで、患者さんを心身ともにサポートする体制が整えられています。今後は本邦でも積極的にカウンセラーやソーシャルワーカーを含めたチーム医療として患者さんを身体面とメンタル面を含め全人的にサポートしていくシステムの普及が望まれます。

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