インタビュー

孤発性筋萎縮性側索硬化症(孤発性ALS)の病因メカニズムに基づいた治療法開発研究・臨床試験

孤発性筋萎縮性側索硬化症(孤発性ALS)の病因メカニズムに基づいた治療法開発研究・臨床試験
郭 伸 先生

東京大学 大学院医学系研究科 非常勤講師/客員研究員、東京医科大学 神経内科 兼任教授、株式会...

郭 伸 先生

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この記事の最終更新は2018年03月08日です。

筋萎縮性側索硬化症ALS)には、血縁者に発病者がいる家族性ALSと、血縁者に発病者がいない孤発性ALSがあります。家族性ALSには遺伝要因の関与が強く、これまでに50以上の疾患関連遺伝子が発見されています。一方、孤発性ALSでも遺伝要因の関与があることは想定されていますが、これらの関連遺伝子の関与は限定的であることが、特にアジア地域で明らかにされています。

多くの関連遺伝子が発見されているにもかかわらず、発症メカニズムの解明まで至ることなく、2018年2月現在、有効な治療法が確立されていません。一方、ALSの90%以上を占める孤発性ALSのほとんどの症例には、RNA編集異常により運動ニューロン死が生じるという特異的な変化やTDP-43病理が発見され、特に前者の異常を正常化する事を目指した治療法の開発研究が進んでいます。2018年2月現在、長年にわたりこのALSにおけるRNA編集異常の研究を進め、孤発性ALSの臨床試験につなげた、東京大学大学院医学系研究科 非常勤講師・客員研究員の郭 伸先生にお話をうかがいました。

<興奮性神経細胞死仮説の概要>

  1. ADAR2の発現低下によるGluA2*1)のRNA編集*2)異常により、カルシウムイオン透過型AMPA受容体*3)が発現
  2. 細胞内に過剰なカルシウムイオンが流入し、ALSに疾患特異的な病理変化であるTDP-43病理を引きおこし、運動ニューロンが死に至る1)

ALSの9割以上を占める孤発性ALS患者の運動ニューロンでは、正常なRNA編集がされたGluA2が低下(=正常では発現しない未編集GluA2が増加)しています。これが孤発性ALSに起きているRNA編集異常です。

本来、GluA2のRNA編集は、ADAR24)と呼ばれる酵素が適切にはたらくことで正常に行われていますが、ADAR2の活性が低下すると、カルシウムイオンを高率で流入させるAMPA受容体(カルシウムイオン透過型AMPA受容体)が運動ニューロンに発現します。すると、細胞内に過剰なカルシウムイオンが流入し、運動ニューロン死を引き起こすことがわかっています。

さらに、ADAR2の低下は、多くの孤発性ALSや一部の家族性ALSの運動ニューロンに生じるTDP-435)の局在異常(TDP-43病理)を引き起こすことも解明され、ADAR2の発現低下が孤発性ALSの原因ではないかとの仮説(ADAR2-GluA2仮説)が示されています。
 

1) GluA2…AMPA受容体の4種のサブユニットの一つ。

2) RNA編集…遺伝子のDNAがRNA転写後、RNA塩基が変化すること。RNAはDNAの情報をタンパクへ翻訳し、細胞へ伝える役割を持つ。そのためタンパクを構成するアミノ酸が置換され変異タンパクを発現することがある。

3)  AMPA受容体…グルタミン酸受容体の一種。イオンチャンネルを開閉することにより、神経の興奮を制御する。通常、大多数のAMPA受容体はカルシウムイオンを透過しないが、孤発性ALSではカルシウム透過性が異常に高いAMPA受容体が発現する。

4) ADAR2…RNA編集に用いられる酵素の一つ。GluA2 Q/R部位のアデノシン・イノシン置換を特異的に触媒するため、この酵素が不足すると未編集型GluA2(Q/R部位がQ:グルタミン、正常の編集型ではR:アルギニン)が発現し、カルシウム透過性のAMPA受容体が現れる。

5) TDP-43…RNA結合タンパク。ALSの運動ニューロンに起こる異常な細胞質内凝集体(封入体)の構成要素の一つで、大多数(95%以上)の孤発性ALSや一部の家族性ALSでは、封入体に局在するものの本来の局在である核からはTDP-43が喪失することが観察されている。

TDP-43は、ALSの運動ニューロンのなか(細胞質)につくられる異常な構造体(封入体)の構成要素です。多くの孤発性ALSや一部の家族性ALSでは、正常な局在部位である核からTDP-43が失われ、この封入体へと局在が変化していることがわかっています。

このTDP-43は、ADAR2が低下すると局在異常を起こし、ADAR2が正常であればTDP-43も正常局在であることがALS患者脊髄でも観察されています2)

また、ADAR2が低下しながらもAMPA受容体を正常にしたマウスの実験では、TDP-43は正常局在を示し、運動ニューロン死も起きなくなりました3)

両者の結果から、1)TDP-43とADAR2の分子連関は、ALSの発病・進行に関与しており、2)ADAR2が低下しても運動ニューロンへのカルシウムイオンの過剰流入を防ぐことができればTDP-43は核への正常局在を保つと考えられます。

孤発性ALSのADAR2−GluA2仮説に基づき、ALS治療法開発に向けた研究が進んでいます。今回は、本仮説に基づいた2つの治療法について概要を説明しましょう。

先に述べたように、孤発性ALSではRNA編集異常によりカルシウムイオン透過型AMPA受容体が発現することで、運動ニューロン死が起きていると考えられます。このカルシウムイオン透過型AMPA受容体からの過剰なカルシウムイオンの流入を人為的に妨げることによって、ALSの進行を抑えることを目的とした治療法として、AMPA受容体拮抗薬による薬物治療が研究されています。

ALSの分子病態モデルマウスを用いた実験では、AMPA受容体拮抗薬を経口投与することにより、TDP-43の異常局在を伴う運動ニューロン死を抑制することに成功しています4)

このAMPA受容体拮抗薬による薬物治療の医師主導型臨床試験が2017年4月に東京医科大学を代表として開始され、2018年2月現在、日本全国12の施設(海外でも数か所)で行われています。

AMPA受容体拮抗薬によるALS治療について詳細はこちら

孤発性ALSでは、ADAR2の発現低下がRNA編集異常によるカルシウムイオン透過型AMPA受容体の発現をもたらし、運動ニューロン死を引き起こすというADAR2−GluA2仮説は説明しました。このことから、運動ニューロンでのADAR2のはたらきを高めることが孤発性ALSの進行抑止に重要であると考えられます。

そこで、ADAR2遺伝子を体外から導入することで、すでにADAR2を失った運動ニューロンのADAR2を活性化させることで細胞死を防ぎ、TDP-43の異常局在も正常にできるのではないかと考えました。運動ニューロン内のADAR2が欠損したマウスを用いた実験において、それが可能であることを証明しました5)

本治療は、ADAR2遺伝子を運動ニューロンへ送ることによりADAR2の活性化させ、さらに運動ニューロン内のTDP-43発現を正常化させ、運動ニューロン死を止めることを目的とした治療です。

孤発性ALS遺伝子治療では、改変型アデノ随伴ウイルス(AAV)によって、ヒトADAR2遺伝子を運動ニューロンに到達させ、ADAR2を発現させます。

ADAR2を欠損させたマウスを用いた実験では、ADAR2の欠損した運動ニューロンにADAR2遺伝子を届けるため、AAVをベクターとして使用し、静脈注射で投与しました。

脳や脊髄の運動ニューロンへ治療遺伝子を送るには、血液脳関門を通る必要があります。そのため、治療に有効な量の遺伝子を送ることは従来難しいとされていました。加えて、静脈注射による投与は運動ニューロンだけでなく全身にその効果が現れることから、全身の臓器の副作用が危惧されていました。

そこで、血管内あるいは脊髄腔内に投与しても脳や脊髄内のニューロンに到達できるAAVを使用し、さらに遺伝子がニューロンでのみ発現するような工夫をしました。ヒトに投与するときには、静脈注射よりも効率の良い髄注(腰部くも膜下腔への注射)を予定しています。これにより、脳や脊髄の運動ニューロンへ選択的に遺伝子治療を行うことが可能となっています。

郭 伸先生

上記のようにADAR2の遺伝子治療は、ADAR2活性低下とTDP-43の異常局在がみられる孤発性ALSの症状の進行抑制が期待できることが、ADAR2欠損マウスを用いた実験で示されています4)

このことから、大多数の孤発性ALSではこの遺伝子治療が同様の治療効果を得られると期待できます。AAVを用いた遺伝子治療では遺伝子発現が年余にわたり持続することが他の疾患の治療で確認されていることから、一回の投与で治療効果が持続すると考えられます。

2018年2月現在、本治療は臨床試験準備中です。この治療法がヒトにおいても確立されれば、孤発性ALSの進行を抑止できる画期的な治療のひとつになるのではないかと考えます。

 

注1) Hideyama T, Kwak S: When does ALS start? ADAR2-GluA2 hypothesis for the etiology of sporadic ALS. Front Mol Neurosci 4:33, 2011

注2) 山下 雄也,郭 伸「TDP-43病理形成メカニズムにおけるTDP-43のカルパイン依存性断片化の意義」Clin Neurol 2014;54:1151-1154

注3)山下 雄也,郭 伸「神経疾患とRNA編集異常—孤発性ALSの分子病態モデルマウスを用いたALSの治療法開発」Journal of Japanese Biochemical Society 88(5): 600-608 (2016)

注4) Megumi Akamatsu, Takenari Yamashita, Naoki Hirose, Sayaka Teramoto, Shin Kwak  The AMPA receptor antagonist perampanel robustly rescues amyotrophic lateral sclerosis (ALS) pathology in sporadic ALS model mice. Scientific Reports :28649(2016)

注5)Yamashita, T., Chai, H.L., Teramoto, S., Tsuji, S., Shimazaki, K., Muramatsu, S., & Kwak, S.  Rescue of amyotrophic lateral sclerosis phenotype in a mouse model by intravenous AAV9‐ADAR2delivery to motor neurons (2013) EMBO Mol. Med., 5, 1710–1719.

  • 東京大学 大学院医学系研究科 非常勤講師/客員研究員、東京医科大学 神経内科 兼任教授、株式会社遺伝子治療研究所 顧問、理化学研究所 研究コーディネーター

    日本神経学会 指導医・神経内科専門医日本内科学会 認定医

    郭 伸 先生

    東京大学では、学部生の講義・実習、大学院生の博士論文研究指導、初期・後期研修医の臨床神経学教育を行い、医学部附属病院での神経内科疾患の診療に携わると共に、一貫して筋萎縮性側索硬化症の病因解明を目指した研究に取り組んだ。東京大学を退職後も客員研究員としてラボメンバーの協力を得て研究を継続し、自らの研究成果に基づいたコンセプトによるALSの特異的治療法を共同研究者と共に開発した。現在、市販薬による臨床試験は既に開始しており、別個に遺伝子治療の臨床試験を準備し1-2年内の実施を予定している。孤発性筋萎縮性側索硬化症に特化した研究を展開しているのは世界的にもユニークである。

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