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平成の災害医療を総括する!次時代における病院の強靭化を目指して–特別シンポジウム参加レポート

平成の災害医療を総括する!次時代における病院の強靭化を目指して–特別シンポジウム参加レポート
有賀 徹 先生

独立行政法人労働者健康安全機構 理事長 、学校法人昭和大学 名誉教授

有賀 徹 先生

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この記事の最終更新は2019年05月31日です。

2019年3月12日(火)、一般社団法人Healthcare BCPコンソーシアム(HBC)と一般社団法人日本経営協会が主催する特別シンポジウム「平成の災害医療を総括する!次時代における病院の強靭化をめざして」が開催されました。シンポジウムでは災害医療の有識者と実践者が平成の時代を総括し、次の時代に向けた病院強靭化と災害時の医療提供の推進について講演されました。本記事では、有賀徹先生(独立行政法人労働者健康安全機構理事長ならびに昭和大学病院前院長)をはじめとする各先生方のご講演内容をお伝えします。

野口英一先生

当日は、野口英一先生(戸田中央医科グループ 災害対策特別顧問)が司会を務められ、シンポジウムの進行をなされました。以下、有賀徹先生のご講演内容です。

「平成を総括する」というお話をするにあたって、先月2月24日(日)の読売新聞に掲載されたコラムの内容を皆さんにご紹介させてください。タイトルは「平成と日本人」。大学教授や劇作家など、多岐にわたってご活躍されている山崎正和さんが書かれたものです。山崎さんは過ぎ去っていく平成を、大きく2つに分けて総括されました。

ひとつは「東西対立の解消」、もうひとつは「産業経済大発展の終焉」です。平成元年にベルリンの壁が破壊されたのを皮切りに、ドイツは東西統一を果たしました。その2年後にはソ連が崩壊、長く続いた東西冷戦は幕を閉じています。東西対立の解消は戦後の日本にも影響を与え、当時国内に広く蔓延していた政治や思想は対立の基盤を失ったのです。また、山崎氏がおっしゃるように、平成は日本の経済大発展が最終章を迎えた時代でもあります。明治に(おこ)り、敗戦・復興時に加速し、60年代に頂点を迎えた高度経済成長時代。その栄華は平成元年にはすでに10年目を迎えていました。

2019-05-14 16.27.29

対立と経済の終焉以外に、平成という30年間は自然災害の多い時代でした。「世界の10大災害損失(1980〜2015年)」には、未曾有の被害を出した2011年の東日本大震災、2004年の新潟県中越地震、1995年の阪神・淡路大震災と、日本の災害が3つも含まれています。

しかし、山崎氏のコラムにもありますように、平成の日本人がみせた災害への対応は素晴らしいものでした。たとえば、全国規模の市民の自発的支援活動。多くのボランティアやNGOの方が被災地に向かい、手助けをされたことは皆さんの記憶にも新しいことでしょう。このように、血縁地縁によらない相互扶助が習慣化したことは、日本が誇るべき公共意識です。経済大発展が終焉を迎え、静かな時代になっていくにつれ、災害の場で日本人の共助は顕著になっていきました。平成は、災害の発生と共に国民同士が強く助け合う時代だったのかもしれません。

過去10年を振り返ると、高齢者や生活保護受給者が多く入居する施設やアパートで火災が発生し、多くの方が亡くなる事故が多数起きています。こういった非常事態でも事業を継続していくために、各施設が策定しなければならないものが「事業継続計画」(Business Continuity Plan:以下BCP)です。

BCPの策定にあたって、もっとも重要なのは「火災への対応」ですが、施設側だけでは対応しきれないのが現状の課題だといえるでしょう。災害や事故が発生した場合は、病院を核として、地域社会も広くBCPに取り組むことが望まれます。

また、こうした施設で過ごされる高齢者の方のなかには、年齢を重ねるにつれてストレスを感じやすくなり、生活機能障害や要介護・死亡などにいたりやすい状態に陥る方もいらっしゃいます。こういった状態を「フレイル」と呼びますが、一般的にはあまり認知されていません。フレイルは筋力の低下といった身体的問題だけではなく、認知機能やうつ症状などの心理的問題から、独居や経済的な困窮という社会問題も含む概念です。

BCP

 

1・・・ロコモ(Locomo)とはロコモティブシンドロームの略称で、骨や関節、筋肉など運動器の衰えが原因となり歩行や立ち座りが難しくなる状態

2・・・サルコペニア(Sarcopenia)とは加齢に伴って筋肉量が減ることを指す

災害時の医療への準備として大切なのは、増えていく災害弱者(さいがいじゃくしゃ)*1が安心して暮らすことのできる「地域包括ケアシステム」を確立することです。地域包括ケアシステムとは、高齢者が自立した生活を最期まで送ることができるように、必要な医療、介護、福祉サービスなどを一体的に提供し、すべての世代で支え、支えられるまちづくりをすることです。

政府は2025年までにこのシステムの構築を推進し、各自治体で取り組んでいる事例の共有も行っています。災害大国で生きていくにあたり、起こりうる災害をできる限り「予防」し、たとえ災害が起こったとしても「減災」に努め、災害弱者への「支援」を行うことがこれからの日本には必要となっていくでしょう。

生活方法や人々の生き方が昔と変わった現在、病院や家族の力だけでは災害弱者を救うことはできません。地域社会が手助けをし、彼らが安心して暮らすことができてはじめて、社会のセーフティネットが成り立つと私は思っています。また、災害による被害を少なくする社会を実現するためには、「自助」「共助」「公助」*2のすべてを連携させることも大切です。

1・・・災害弱者「災害時要援護者(災害弱者)」とは、「災害から身を守るため、安全な場所に避難するなどの一連の防災行動をとる際に、支援を必要とする人々」を指します。(心身障がい者、認知症や体力に衰えのある高齢者、乳幼児、日本語の理解ができない外国人、妊産婦や傷病者など)

2・・・「自助」は災害時に自分の身を自分で守ること、「共助」は地域や近所の方と力をあわせること、「公助」は個人や地域が解決できない災害問題を公的機関が解決すること

地域包括ケアシステム

「レジリエンス」とは、一般的に、困難に対する「復元力」や「回復力」という意味です。被害を受けても元の状態に回復する強靭さを表す言葉として、近年「災害レジリエンス」という言葉がひろく使われるようになりました。

災害大国である日本で、災害レジリエンスの高い社会をつくるにはどうしたらよいのでしょうか。そのためには「災害拠点病院」が核となり、「地域の医療・介護機関」と連携を果たす必要があります。ここでいう「地域の医療・介護機関」とは、病院、その他の医療施設、公衆衛生、救急医療サービス、危機管理、外来医療、長期療養施設、在宅ケア、薬局を指します。

有賀先生ご提供資料

有賀徹先生のご講演後、3人の先生が登壇されました。お話しされた内容を以下よりご紹介します。

最初に、坂本哲也先生(帝京大学医学部附属病院 病院長)より、帝京大学医学部附属病院で製作された実践的なBCPについてお話しいただきました。

坂本哲也先生

次に森村尚登先生(東京大学大学院医学系研究科救急科学 教授)は、地域における医療需給比についてご説明されました。また、災害時の医療需給バランスの分析方法を把握する必要があると訴えられました。

森村尚登先生

最後に長谷川学先生(厚生労働省健康局予防接種室 室長)が登壇し、災害対応では、社会資源の総力戦、共助的連携のシステム、人的ネットワークが重要であり、平常時からの機能が災害時に機能するとお話しされました。

長谷部学先生

全講演者の登壇後は、活発な総合討論が開催され、さまざまな意見が交換されました。国民の約4人に1人が65歳以上という超高齢化社会を迎えた日本では、高齢者もそのご家族も安心して暮らすことのできる社会づくりが必要です。

加えて災害の多い我が国では、災害時も機能する地域包括ケアシステムを構築していかなければなりません。病院と地域のBCPの策定と連携を推進するにあたり、本講演は大変貴重なものとなりました。かくして、特別シンポジウム「平成の災害医療を総括する!次時代における病院の強靭化をめざして」は大きな拍手と共に幕を閉じました。

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