心臓の部屋を隔てる弁が何らかの要因で正常に機能しなくなり、心臓のポンプ機能に支障をきたした状態を「心臓弁膜症」といいます。心臓弁膜症の1つである「僧帽弁閉鎖不全症」は、高齢化の進展に伴い近年増加の一途をたどっています。こちらのページでは僧帽弁閉鎖不全症に対する治療の選択肢についてご説明しました。本ページでは、身体的な負担が少ない治療法の1つであるMitraClip(マイトラクリップ)の特徴と適応について、八戸 大輔先生(札幌心臓血管クリニック循環器内科 部長・ストラクチャーセンター長)にご解説いただきました。
MitraClipとは、閉じにくくなった僧帽弁を医療用のクリップでつまみ、血液の逆流を減らす治療法です。脚の付け根の静脈からカテーテルと呼ばれる細い管を挿入し、右心房から左心房の壁に針を刺してカテーテルを通過させたのち、僧帽弁をクリップでつまみます。
当院におけるMitraClipの治療時間は約1~3時間で、必要なクリップの数によって変動します。一般的な入院期間に関しては、全身状態の良好な患者さんであれば、治療日から数えて3~4日で退院が可能です。ただし、もともと心不全がある患者さんの場合には入院期間はもう少し長くなります。
MitraClipのメリットは、なんといっても侵襲(身体的な負担)が少ないことです。胸を開かずに実施でき、さらに人工心肺を使う必要がありません。通常、心臓に対する手術ではいったん心臓を停止させ、その間は人工心肺という装置を取り付けて生命活動を維持します。必要な行程ではありますが、心臓のみならず全身に負担がかかります。ところが、人工心肺を使わないMitraClipは心臓を停止することなく行えるため、侵襲が少なくて済みます。また、心臓が動いたまま治療を行うため、クリップの留置による効果をその場で確認できることから、効果的かつ安全な治療を行うことに寄与します。さらに、静脈からアプローチするため安全性が高く、造影剤を使用しないため腎不全の方でも治療が可能です。
僧帽弁閉鎖不全症の治療後に注意するべきことは2点です。1つ目は、処方された薬については必ず飲んでいただくこと。治療後には血液をサラサラにする薬を処方することがあり、自己判断で服用をやめると血栓ができてしまう可能性があるからです。2つ目は、食事の塩分に気をつけ、塩辛いものを取りすぎないこと。塩分の過剰な摂取は高血圧の原因になり、心臓や腎臓に負担をかけるからです。
僧帽弁閉鎖不全症には、僧帽弁そのものが壊れることで生じる「器質性(一次性)僧帽弁閉鎖不全症」と、心不全などの原因により心臓が大きくなり、僧帽弁の接合が不十分になることで起こる「機能性(二次性)僧帽弁閉鎖不全症」があります。適応についてはこの2つに分けてご説明します。
器質性(一次性)僧帽弁閉鎖不全症の場合、壊れている僧帽弁をいかに治療するかが重要となり、第一選択は手術です。ロボットを用いた手術を選択肢に含めて、可能な限り小さな傷で手術を行うことを目指します。一方で、高齢の方や併存症がある方など、手術のリスクが高いケースでは手術が難しいことがあります。そのようなケースに対し、MitraClipが適応となる場合があります。この適応に関しては、外科と内科、両方の視点で慎重に検討することが重要です。
機能性(二次性)僧帽弁閉鎖不全症の場合、まずは原因となっている病気を治すことが重要です。基本的には心機能が低下していることが多いため、初めに心機能を改善するための薬物治療や心臓再同期療法(両室ペースメーカー)などの治療を行います。それでも改善されない場合には、手術やMitraClipを検討します。どちらを選択するかの基準は器質性(一次性)の考え方と同じで、手術を基本とし、手術のリスクが高いケースではMitraClipを検討します。
しかしながら、機能性(二次性)僧帽弁閉鎖不全症では心機能が大きく低下していたり、全身状態が悪くなったりしているケースが多く、手術が適応となる患者さんは多くありません。MitraClipは、このような手術のリスクが高い症例に対して治療の可能性をもたらしたという点で、その意義は大きいでしょう。
僧帽弁閉鎖不全症では、適切なタイミングで治療を行うことがとても重要です。そのタイミングを見極めるためのポイントが、心不全症状の有無です。僧帽弁閉鎖不全症では心機能が低下し、手足の冷えやむくみ、息苦しさ、就寝しようとしても苦しくて寝られないなどの心不全症状が現れます。器質性(一次性)の場合は、心不全症状が現れた時点で僧帽弁に対する治療が必要です。一方で、機能性(二次性)の場合は、まず薬物治療や心臓再同期療法(両室ペースメーカー)などの治療を行いますが、それらの治療を行っても心不全症状を繰り返す場合は、早期に僧帽弁に対する治療を検討する必要があります。心不全を繰り返すことで、手術やMitraClipを実施できないほど手遅れの状態に陥ってしまう可能性があります。そのような事態を避けるために、担当医から指定された頻度での通院はきちんと行いましょう。
当院は僧帽弁閉鎖不全症に対して、薬物治療や心臓再同期療法(両室ペースメーカー)はもとより、MitraClipやロボットを用いた手術などの多彩な選択肢を持ち合わせ、内科・外科の多角的な視点からよりよい治療の方法を検討しています。その根底にあるのは、身体的な負担の少ない治療を目指す、という共通の思いです。もし他院で「治療(手術)は難しい」と言われてしまった場合でも、一度、当院にご相談いただければと思います。
医療法人 札幌ハートセンター 札幌心臓血管クリニック 循環器内科 部長/ストラクチャーセンター長
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