新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が広がり始めて以来、医療機関での感染を恐れて受診を控える人が増えました。その影響を受けて多くの医療機関の経営が悪化し、このままでは十分な医療体制を確保し続けられない可能性も指摘されています。一方病院は、感染第1波を乗り切ってノウハウを蓄積しているため、危険な場所ではなくなっているといいます。いま、病院で何が起こっているのか、横浜市立大学附属病院の後藤隆久病院長に聞きました。
*本記事は、2020年7月17日取材時点の情報に基づいて記載しています。
新型コロナの第1波をなんとか乗り越えて、今一番心配しているのが「公衆衛生の悪化」です。コロナを恐れて、皆さんの動きが停滞しています。病院はコロナの感染者がどこにいるかわからないから、怖いところだというイメージがずっと続いています。
そうこうしている間にも、がんや生活習慣病、そのほかいろいろな病気が刻々と発生しているのは間違いありません。適切に医療を利用してもらわないと、社会全体としての健康状態がどんどん悪くなるだろうと恐れています。
感染者数が再び増加に転じている現在の状況では、「受診控え」がさらに長期化することが懸念されます。ですが、このままでは手遅れのがん患者さんが増え、糖尿病が悪化する人が増え、適切なリハビリが受けられないために生活レベルが低下する人が増え……といったような、大変なことがコロナの陰でどんどん進んでいるはずです。
個別の話をすると、例えばがんの内視鏡検査は新型コロナ感染のリスクが高いからと、検査する側も受ける人も躊躇しています。上部・下部消化管のがんは早期発見するほど予後がいいことが多いのですが、それがいま、たくさん見逃されているのではないでしょうか。
もう1つ、当病院のご近所にあるリハビリテーション専門病院は、普段であれば1カ月は待たなければ病床が空かないのですが、現在は空床があるのだそうです。ということは、受けるべきリハビリを受けず、身体機能が衰え、生活機能を落としている人がいるということで、それは社会的にとても不幸なことです。
では、いまでも病院は怖いところなのでしょうか。
新型コロナの第1波の4~5月頃は、いくつかの病院で院内感染が起こったのは事実です。このころは、ウイルスに対する知識があまりありませんでした。ですが、今では多くの病院で、院内感染を防ぐ方法を学習しました。「濃厚接触」の定義も分かったし、感染する経路も明らかになってきています。2月ごろにはほぼ分かっていなかったウイルスの性格も、ある程度分かってきています。
今や我々は感染を合理的に防ぐやり方を学びました。ですので、受診すべき方にはぜひとも病院に来ていただきたい。それをどのように、多くの人に伝えればいいかということに、非常に心を砕いているところです。
いろいろな調査で、来院者が減って病院の経営が悪化しているといわれています。受診者の減少がこのまま続くと、回り回って市民、国民の不利益となりかねません。
それを避けるためには、必要な人が適切に医療を使っていただきたい。それによって皆様の健康も改善されますし、病院は収入を得られます。一定のルールで濃厚接触にならないように来ていただければ、病院は決して怖いところではなくなっています。
病院側としては、院内感染を出さないということを徹底し、実績をもって「安全」を示すことが大きなメッセージになります。一方でそれは「当たり前の状態」でもあり、なかなか外部の方に伝わらないのを歯がゆく感じています。
ヒトという種は文明化を始めた当初から、本能的に感染症を恐れてきました。それゆえに、がんや生活習慣病などの「危険な」病気よりもコロナという感染症を恐れて、病院から足が遠のくのかもしれません。しかし、理性でその恐怖を克服して、病院にかからなければならないときもあるのです。それを、多くの方にご理解いただきたいと思っています。
先日、院内に向けて「拾わない、持ち込まない、広げない」の「3ない運動」で院内感染を防ぎましょうというメッセージを出しました。
「拾わない」、すなわち自分が感染しないということですが、もちろん、これに向けて各自できるだけの努力をします。しかしここに完璧を求めれば、山籠もりをするか絶海の孤島に1人で暮らすしかありません。そんなことはできないし、そもそも社会的に不健康です。
「持ち込まない」は、自分の手にウイルスがついていても、病院に着いたら手洗い、アルコール消毒をする。唾液の中にいるかもしれないけれど、マスクを手放さない――。これは必ずできます。
「広げない」。感染した人がいてもその人だけにとどまってクラスターにならなければ、患者さんも迷惑しないし、病院も診療を継続できます。ですから、院内では濃厚接触にならないようにお互いに距離を取り、食事の時は黙って、食べて終わってからマスクをして会話をする、といったような配慮をしましょうと。
これは、医療の現場などで用いられる「スイスチーズモデル」というリスク管理理論に基づくものです。スイスチーズには不規則な穴が開いています。穴は大きさや位置が異なるため、薄く切って何枚か重ねると穴がふさがります。3つの「ない」すべてを完璧にするのは難しいかもしれません。しかし、1カ所で漏れがあっても別のところで食い止められれば大きな問題になることはありません。新型コロナウイルスとは“長い付き合い”にならざるを得ないでしょうから、無理なくできる予防策でなければなりません。
横浜市立大学の附属病院と附属市民総合医療センターでは現在、入院患者のうち同意した人全員に対して抗体検査とPCR検査を実施しています。これは、新しい検査方法の開発が主たる目的です。一方で無症状の感染者をスクリーニングすることもできるので、院内の汚染を恐れる人に安心していただく1つの材料にもなります。
病院内に目を向けるとこの間、コロナ患者を診るかどうかにかかわらず、医療従事者、特に患者さんの近くにいる看護師には明らかにストレスがかかっています。このことは、データとしてはあまり表に出ていないと思います。
その原因は2つあります。1つは、どこにコロナ感染者がいるか分からないという不安。もう1つは、コロナ患者受け入れに伴う「人事異動」です。受け入れをした病棟は、感染制御のために看護師の配置を手厚くしなければならず、院内で人事異動が生じました。2月、3月ならそれぞれの部署でチームができ上がっているので、そこから何名か動かしても何とかなったかもしれません。ところが、4月は退職と新人の入職があり、これから各病棟でチーム作りをしようという時にいきなり異動まで重なると相当なストレスになったようです。
新型コロナ感染が拡大する前、医師の働き方が問題になっていました。病院を訪れる患者数は減って、診療科によってもまちまちですが、楽になっている科はあります。ただ、これまで医師はいつもぎりぎりの配置で働いてきたので、患者が10%減ったからといって明らかに余剰感が漂うということはなく、なんとなく砂漠に水を撒くように吸収されている感じです。
では、医師がさぼっているのかというとそんなことはありません。実はこの間、明らかに臨床研究の申請が増えているんです。
ところが、同じことが世界的に起こっているようで、ジャーナル(査読付きの学術雑誌)への投稿が増えていて、論文が通りにくくなってしまいました。ですから、医学研究は今、コロナと関係ない分野でも進歩しています。それは、余力ができたからなのですが、それがいつまでもつか……なんせ、病院は患者減で、余力につながるお金がなくなっているのです。
今の状態が続けば、来年には“身の丈”に合ったサイズに体制を縮小せざるを得なくなることも考えられます。それを避けるためにどうやって資金を確保するか、多くの医療機関がいま、等しく頭を悩ませています。
繰り返しになりますが、新型コロナが収まった後にも適切な医療を受けられる体制を維持するためには、今必要な医療を、受けていただくことが大切です。そのために、医療機関は安全確保に全力を尽くしていることをご理解いただきたいと思っています。
横浜市立大学附属病院 病院長
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現時点での診断・治療状況についてヒアリングし、ご希望の医師/病院の受診が可能かご回答いたします。