女性に多い悩みの1つである冷え症。冷えは、肩こりや頭痛、生理痛、自律神経の乱れなどさまざまな不調を引き起こすことに加え、それらの症状を悪化させることがあります。そのため、冷え症はそのままにせず、しっかりと治療を行うことが大切になります。
しかし、「冷え症をはじめとするさまざまな不調は、体質だから仕方ない、と我慢してしまっている方が多いと思います」と慶應義塾大学病院漢方医学センターの堀場 裕子先生はおっしゃいます。今回、堀場先生に冷え症に対する漢方治療を中心にお話を伺いました。
冷え症にはいくつかの種類がありますが、最近多くみられるのが下半身だけが冷えるタイプと手足だけが冷えるタイプです。どちらも血流が悪いために体の部位により寒熱がアンバランスな状態になっていると考えられます。
このように血流が悪い状態を東洋医学では“瘀血”といいます。生理のときにレバー状の黒いドロッとした経血が出るのも瘀血の症状の1つです。血流が悪い状態をそのままにしておくと、肩こりや頭痛、便秘、生理痛などさまざまな症状につながります。
全身が冷えるタイプは、加齢や大病後で筋肉量が減って熱を作りにくくなるためと考えられます。東洋医学では、このような体の状態を“虚”といいます。疲労感や倦怠感、食欲不振などの症状も特徴的です。
東洋医学では、エネルギーを表す“気”・血液や血流である“血”・血液以外の液体を指す“水”の3つの要素がバランスよく体内を巡っていることが、体の調子がよい状態であると捉えています。
“気”“血”“水”のどこかに何らかの問題が出てくるとバランスが崩れて、さまざまな不調となって現れると考えられています。
このなかで、“血”の流れが悪い瘀血が原因の場合、下半身や手足の冷え、肩こり、頭痛、生理痛、にきびなどが起こりやすくなります。“血”が不足した場合には、冷え症、脱毛、爪が割れやすくなる、皮膚のカサつき、生理不順などの症状につながるといわれています。漢方外来を受診する女性の冷え症は“血”の流れが悪くなることで起こりやすい傾向にあります。
そのほか、“気”が乱れるとイライラや落ち込み、急に涙が出るなど精神的な症状が現れ、“水”の流れが悪くなるとむくみ、低気圧や台風の前に頭痛が起こる天気頭痛などの症状がみられます。
冷え症によって生じる症状は実にさまざまです。主な症状は以下になります。
冷え症があると上記に挙げたようなさまざまな不調が起こり、秋から冬の寒い時期に症状が悪化します。そのままにしておくと自律神経の乱れ(自律神経失調症)につながることがあるため、不調の根本である冷えを改善することが大切です。
瘀血による冷えであれば、単に体を温めるだけでは不十分です。血の巡りをよくするために日常生活の中でできる対策をご紹介します。
現代人は座っていることが多いため、骨盤内で血液が滞りやすく足元の冷えにつながります。仕事などで座ったままの姿勢が多い方は、1時間に1回は休憩を兼ねて立ち上がったり、足を軽くマッサージしたり、足の指を広げたりして血液を流れやすくすることをおすすめします。
冷え症対策において、運動はとても重要です。体を動かさないことが多くなると血流が悪くなり、冷え症を引き起こす要因になります。
新型コロナウイルス感染症の流行によって自宅で過ごす時間が長くなり、運動不足になった方も多いのではないでしょうか。少し息が上がるくらいの負荷をかけた運動を続けると効果的です。散歩や買い物などの際にはエレベーターやエスカレーターをやめて階段を使う、ウォーキングは平坦な道だけでなく階段や坂のある道を選んで歩くなど、日常生活の中で意識的に運動を取り入れてみてください。
体を冷やさないようにするためには、食べる順番も大切です。最初にスープなど温かいものから口にして胃の温度を上げると、胃腸が冷えることを抑えられます。また、生野菜は水分が多く冷えやむくみにつながりやすいので、できるだけ温野菜にして食べることをおすすめします。
脂質や糖質が多いものは血液が滞りやすくなります。特に甘いものが食べたくなる生理期間中には食べ過ぎないように気を付けましょう。
西洋医学では冷え症そのものを改善する治療薬はありません。たとえば冷え症で関節が痛む場合に、整形外科などで痛み止めが処方されることもあるでしょう。しかし、それは冷え症の根本的な治療ではなく、痛みに対する対症療法となります。
対する東洋医学では、冷えの部位やそれに伴う症状に応じた漢方薬を処方することが可能です。保険診療で処方できる漢方薬は140種類弱あり、その中から漢方診察を行って患者さんの体質に合うものを選択します。“瘀血”による冷え症なら血流を改善させる漢方薬を、“虚”による冷え症で寝つきが悪いなら精神を落ち着かせるような漢方薬を処方します。同じ症状であっても、一人ひとりに適した漢方薬を処方できる点が東洋医学の特徴といえるでしょう。
漢方外来では、問診と舌・脈・腹部の診察を行います。問診では冷える部位や冷えに伴う症状などについて詳しく聞き取ります。舌の診察では、舌の色や大きさ、舌の裏などを診ます。血流が悪いと舌の裏側にある舌下静脈が膨れることがあるので、その有無について確認しています。脈・腹部の診察も併せて、一人ひとりの体質、冷えの原因などを総合的に判断しています。
受診の目安としては、「冷えによるものかもしれない」という症状がみられたら、治療のために病院を受診するとよいと思います。かかりつけ医がいる方は、まずはかかりつけ医に相談してみましょう。
かかりつけ医がいない場合には、日本東洋医学会認定の漢方専門医をホームページで検索する、または漢方外来のある病院を探し、漢方薬についての専門知識を有する医師に直接相談するとよいでしょう。
治療効果を自覚しにくいと漢方薬の服用を2〜3週間でやめてしまう方がいらっしゃいます。しかし、冷え症をはじめとする生理痛などの改善の判定には3か月を1つの目安としているため、数か月は継続して漢方薬を服用することが大切です。
瘀血による冷え症なら、舌の裏側にある舌下静脈の膨らみの変化が血流の改善を視覚的に判断する材料になります。漢方薬を1か月内服すると、舌下静脈の膨らみがなくなることが多くみられ、血流が改善しているサインになります。自分でも鏡で簡単に見られるので、治療効果を確認する意味でも自宅でチェックしてみるとよいでしょう。
西洋薬では、便秘には便秘薬、にきびに対してはにきびの治療薬、生理痛であれば鎮痛薬と現れている症状の数だけ薬を服用しなければいけません。一方、漢方薬では1種類の漢方薬で、冷えや冷えから起こる症状も総合的に改善されていくことが期待できます。
つまり、漢方薬によって冷えの体質が改善されることで、冷えから起こっていた便秘や肌荒れ、生理に関するトラブルといった不調も併せて改善できる可能性が十分にあります。
冷え症を治療せずにいると、肩こりや頭痛、便秘、肌荒れなどのさまざまな不調につながったり、さらには自律神経失調症を起こしたりする可能性があります。漢方治療は検査などでは原因や病気が見つからない、いわゆる“不定愁訴”を根本的に改善することができる治療法です。
また、その方が本来持っている免疫力を向上させ、かぜなどの感染症にかかりにくくする目的で漢方薬を服用することもできます。そのため、東洋医学は老若男女かかわらず、多くの方に寄り添える治療法であると考えています。冷え症をはじめ何らかの不調を抱えている方は1人で悩まず、ぜひ漢方治療を専門とする医師がいる病院を受診してみてください。
慶應義塾大学病院 漢方医学センター 医局長
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