これまで日本では、手術ができない神経内分泌腫瘍(NET)に対しては薬物療法が中心に行われていました。腫瘍の縮小効果が期待できる“ペプチド受容体放射性核種療法(PRRT)”という治療もありましたが、欧米を中心に実施されており、治療を受けるには高額な費用が必要でした。しかし2021年、日本でも保険適用となり、神経内分泌腫瘍の治療は大きく進歩しています。今回は、ペプチド受容体放射性核種療法の概要やメリット、実際の治療の進め方などについて、国立国際医療センター 肝胆膵外科 診療科長である稲垣 冬樹先生にお話を伺いました。
ペプチド受容体放射性核種療法(Peptide Receptor Radionuclide Therapy:PRRT)は放射線治療の一種で、神経内分泌腫瘍の細胞の特性を利用した治療です。具体的な治療のメカニズムや、適応となる患者さんについて以下で詳しく説明します。

神経内分泌腫瘍は、その細胞表面に“ソマトスタチン受容体”と呼ばれるタンパク質を多く発現しているのが特徴です。この受容体は、ソマトスタチン(ホルモンの一種)が結合すると、ホルモン分泌を抑制するなどのはたらきをします。
ペプチド受容体放射性核種療法はこの性質を利用した治療法です。この治療では、ソマトスタチンに似た物質に、放射線を出す物質(ルテチウム-177)を結合させた薬(ルテチウムオキソドトレオチド)を使用します。薬を注射すると血流に乗って神経内分泌腫瘍の細胞が持つソマトスタチン受容体に結合します。薬が腫瘍細胞に結合した後、放射線(β線・γ線)が放出されます。ルテチウムオキソドトレオチドが主に放つβ線は飛距離が2mm程度と短いため、体の内側から腫瘍細胞のみを狙って攻撃することが可能になります。
ペプチド受容体放射性核種療法が適応となるのは、手術ができない神経内分泌腫瘍(NET)で、かつソマトスタチン受容体の十分な発現が確認できる場合です。これに当てはまれば全ての神経内分泌腫瘍(NET-G1、G2、G3)で適応となるものの、神経内分泌がん(NEC)についてはソマトスタチン受容体を発現していない場合が多いことから、現時点で有効性は確立されていません。
ソマトスタチン受容体の発現の程度は、前のページで述べたソマトスタチン受容体シンチグラフィを用いて調べます。薬の集積の程度をKrenning Scaleという指標に則って5段階で評価し、Grade 2以上であればこの治療の対象となります。

治療は最大4回実施します。治療間隔は8週間おきの実施が基本となるため、全ての治療が終了するまでには約6か月間かかります。1回の治療における入院期間はおおむね2泊3日です。
これまで神経内分泌腫瘍の治療で用いられてきた薬物療法は、あくまで腫瘍細胞の増殖を抑える(病気の進行を遅らせる)ものでした。対して、ペプチド受容体放射性核種療法は、増殖抑制のみならず腫瘍そのものを小さくする効果が期待できる治療法です。手術が難しい腫瘍でもよりよい予後を目指した治療が可能になったことは、患者さんにとってなによりの福音でしょう。
これまでの薬では、副作用として下痢や口内炎などが現れることが多くありましたが、ペプチド受容体放射性核種療法で使用する薬の副作用として多いものは悪心(吐き気)や嘔吐などとされています。これらの副作用については、治療前の段階で吐き気止めの薬を投与し、あらかじめある程度の対策が可能です。
*そのほか起こり得る副作用については、後述する「副作用」の項で説明します。
約6か月間の治療期間終了後も、腫瘍の縮小効果の維持が期待できます。
投与の際に入院をしていただく必要はありますが、次回のペプチド受容体放射性核種療法を実施するまでの期間に薬の継続的な投与は必要ありません*。また、投与終了後、一定期間はいくつか注意事項があるものの、基本的にお仕事も可能ですので、普段とあまり変わらない生活を送りながら治療を受けていただけます。
*医療機関によっては、ホルモン製剤の投与を行うことがあります。詳細は各医療機関および担当医へお尋ねください。
先述したとおり、副作用として多いものとしては悪心や嘔吐が挙げられます。そのほか、食欲減退、頭痛などが起こる可能性があります。また、頻度は少ないものの、腎機能障害や骨髄抑制(血小板減少など)、ホルモン分泌異常(クリーゼ)が生じることもあります。
ペプチド受容体放射性核種療法を受けると体から放射線が放出されます。入院期間~退院後の一定期間においては周囲への放射線の影響を避けるため適切な対応が必要です。
治療時は、特別措置室(壁や床に養生などをした部屋)に入院し、放射線量の低下が確認できるまでは、その病室内のみで過ごします。排泄は病室内に設置されているトイレを使用し、面会についても原則禁止となりますので、身の回りのことをご自身で行える方のみこの治療の対象となります。
そのほか、治療後は以下のような注意が必要です。
当院でも2023年よりペプチド受容体放射性核種療法を開始しました。以下では、治療の流れについて説明します。

当院では薬を投与する前日に、特別措置室へ入院いただき、尿の取り扱いについての説明および練習を行います。

ペプチド受容体放射性核種療法では使用する薬の影響で吐き気が生じることがあるため、治療当日はまず吐き気止めの飲み薬を服用いただきます。その後、検査室へ移動し、点滴の準備を行います。
腎臓を保護する薬を投与した後、30分ほどかけて治療薬(ルテチウムオキソドトレオチド)の投与をしていきます。投与後、約4時間が経過したら薬の集積を確認するため、画像検査を行います。
治療薬を投与した日の夕方、もしくは翌日の朝に放射線の線量測定を行い、線量が基準値以下になったことが確認できれば退院いただけます。線量が基準値を上回っている場合は退院が延期になる可能性があります。
次回の治療までは1~2回程度、外来にお越しいただき経過を観察します。また、2回目・4回目の投与が終わったタイミングで画像検査(CT検査)も実施しています。
国立国際医療センター 肝胆膵外科 診療科長
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