髪の毛が円形あるいは楕円形に抜ける円形脱毛症では、周囲の目を気にして外出がままならなくなるなど、見た目の変化が精神的な負担につながりやすいといわれています。このような負担を減らすためには治療を受け、症状を改善することが大切ですが、治療法にはどのようなものがあるのでしょうか。円形脱毛症の治療に尽力されている新潟大学医歯学総合病院皮膚科講師の林 良太先生は、治療選択では「自分の家族だったら」と考えることを大切にしているといいます。林先生に、円形脱毛症の症状や治療法、治療中に心がけてほしいことなどについてお伺いしました。
円形脱毛症は近年、治療の選択肢が増えたことで、これまでは回復が難しかった患者さんも症状の改善が図れるようになったと感じています。昔は患者さんから「治りますか」と聞かれても、明確な治癒率をお伝えすることが難しい部分がありました。現在は、これくらいの割合で改善が期待できるという風に、見通しを伝えることができるようになったと思います。
中には十数年もの間、髪だけでなく眉毛やまつ毛もない状態だった重症の患者さんが、治療によって眉毛とまつ毛が戻り、髪も生えてきたというケースもあります。こちらの患者さんは長い間鏡を見ることができずにいたそうですが、症状が少しよくなってからは毎日鏡を見ることが楽しみになったようです。私自身、患者さんの未来が明るくなったと感じています。
円形脱毛症は“自己免疫疾患”の1つです。自己免疫疾患とは、本来は細菌やウイルスなどの外敵から体を守るためにはたらく免疫が誤って自分自身を攻撃することで発症する病気のことをいいます。円形脱毛症では、免疫が髪の毛を作る“毛包”を攻撃することで脱毛が起こると考えられています。
なぜ免疫が自身の毛包を攻撃するようになるか、その原因は十分に解明されていません。現状では、遺伝的に発症しやすい要因を持つ方に、ウイルス感染や疲労などさまざまな要因が加わって発症に至ると考えられています。
遺伝が関与するとはいうものの、患者さんにはあまり気にされないほうがよいとお伝えしています。たとえば両親が高血圧であると、その子どもは高血圧になりやすい可能性がありますが、絶対に高血圧になるとは限りません。円形脱毛症も同じように、遺伝的に発症する可能性があるというだけの話なので、過度に気にする必要はないとお話ししています。
この病気のイメージからストレスが関係しているか気にされる方もよくいらっしゃいます。確かに発症にストレスが関与している例もあるのですが、ストレスを完全にゼロにすることは難しいので、こちらもあまり気にしすぎないほうがよいとお伝えしています。
円形脱毛症の中でも典型的なのは単発型という、一箇所が円形あるいは楕円形に毛が抜けるタイプです。一箇所の脱毛のみで改善する患者さんが多いのですが、ご自身は単発型だと思っていても受診して調べたら実はさまざまなところの毛が抜けている多発型(2箇所以上に脱毛が生じるタイプ)だったと分かる例もあります。また、最初は単発型でも、徐々に脱毛箇所が多くなり多発型に移行するパターンもあります。
多発型の範囲が徐々に広がり髪の毛が全て抜け落ちたり(全頭型)、眉毛やまつ毛などを含む全身の毛が抜ける汎発型に移行したりする場合もありますが、発症初期から髪の毛全てや全身の毛が抜ける例もあります。そのほか、生え際に沿って髪の毛が抜ける蛇行型が生じる場合もあり、初期症状や経過にはかなりバリエーションがあるといえます。
ほとんどの円形脱毛症は、円形や楕円形に脱毛が起こるので、見た目でこの病気であると分かることが多いでしょう。ただし、膠原病や梅毒などの病気でも脱毛することがあるため、ほかの病気と鑑別するために、皮膚科では必要に応じてトリコスコピーという拡大鏡のような器具で患部を確認することがあります。円形脱毛症の場合は炎症によって根元が細くなるという変化が起こるので、そのような所見があれば診断につながります。また実際に髪の毛を触り、抜けた毛の根元が丸くなってこん棒状になっているような場合には、休止期脱毛症という円形脱毛症とは異なる病気の可能性が考えられます。
ただし、発症から時間が経過して髪の量にあまり変化がみられなくなっていると、前述したような所見からは分かりづらい例もあります。そのような場合には、皮膚生検といって皮膚の一部を採取して周囲に炎症が起こっていないか確認する検査を行います。具体的には、髪の毛が完全にない状態で10年間ほど経過しているような患者さんに対しては、皮膚生検を検討することがあります。
また、ほかの自己免疫疾患などを合併している例も少なくありませんので、それらを調べるために必要に応じて血液検査を行います。
円形脱毛症の治療では、年齢・重症度・病期の3つの要素を考慮して、患者さん一人ひとりに合った治療を選択します。重症度は、頭部の脱毛面積にもとづき判断し、頭部全体の4分の1以上脱毛している場合は重症と判断します。病期は、急性か慢性どちらであるかを考慮します。
患者さんには、日本皮膚科学会が作成した『円形脱毛症診療ガイドライン2024』にも記載されているこの3つの要素を視覚的に提示する“AA cube”という図を見てもらいながら、該当する年齢、重症度、病期をもとに当てはまる治療法を提示し、それぞれの治療法の特徴を伝えるようにしています。
ステロイドの塗り薬は、幅広い年齢の患者さんに対して脱毛面積にかかわらず使用することがあります。特にステロイドを塗った上からラップで包み密閉する密封療法は、皮膚の深いところまで薬が浸透することが期待できると考えています。
ステロイド局所注射療法は、脱毛部にステロイドを注射することで免疫反応を抑える治療法です。より深いところに薬が直接作用するので、高い効果が期待できると思いますが、注射の痛みを伴うことがあるのが難点でしょう。
ステロイドパルス療法は、点滴で大量のステロイドを投与することで強力に炎症を抑えることが期待される治療法です。将来的な骨粗しょう症などのリスクがあるため、これらの可能性を考慮したうえで慎重に実施を決める必要があります。
JAK阻害薬という飲み薬で治療することもあります。この薬は、発症に関わる物質のはたらきを阻害することで免疫反応を抑える効果が期待できますが、使用にあたっては年齢の制限や罹病期間などの条件があります。また、使用中は帯状疱疹などの感染症になりやすくなるため注意が必要です。
私は、JAK阻害薬の適応となる患者さんには、なるべく早い段階で1つの選択肢としてJAK阻害薬があることをお伝えしています。ほかの治療法をいくつも実施し効果が期待できないと判断した後に検討するのでは、時間的ロスが大きくなると考えているからです。副作用などの説明を十分にしたうえで、より早期にご紹介するようにしています。一方、円形脱毛症は自然に治る患者さんも多いので不必要な患者さんに投与しないように十分に気をつけています。
薬物療法以外には、紫外線を患部に照射する紫外線療法などを行うことがあります。紫外線療法は紫外線を照射することで炎症細胞を集め、それによって発毛を促す治療法です。
円形脱毛症の患者さんには、「普通に生活してください」とお話ししています。極端に何かを避けたり、特別に何かを食べたりする必要はありません。睡眠をしっかりとるなど一般的に“規則正しい”と思われる生活を送るようにしましょう。
また患者さんによく聞かれる質問として、「髪の毛が抜ける時期には髪を洗わないほうがよいですか」というものがあります。髪の毛を洗うと抜けることが多いですが、それは仮に洗わなかったとしても翌日には抜けてしまう毛です。洗髪によって抜けた髪の毛を見ると不安を感じるかもしれませんが、頭皮の清潔を保つためにもいつもどおり洗ってほしいと思います。
私は患者さんに、学校や職場などで「これさえ解決できれば楽になる」ということがあれば教えてほしいとお伝えしています。たとえば、見た目が気になり外出が難しくなるなど、精神的な負担につながるケースは少なくありません。治療には時間を要するため、脱毛が改善するまでの間はウイッグを着けるなど、そのときにできる対策を取りながら回復を図っていく必要があります。もし職場などでウイッグがずれることを不安に感じる場面があるなら、周囲の方へ病気や配慮してもらいたい部分について医師から伝えるのも1つの方法でしょう。また、治療によって改善した後、ウイッグを外すタイミングに悩む患者さんもいます。違う環境に移るときや髪を切ったように見えるタイミングなど、ウイッグを外す時期を患者さんと相談することもあります。
日常生活の負担を軽くするために、患者さんやご家族には遠慮なく相談していただけたらと思います。
お話ししたように円形脱毛症は見た目の問題が大きいものの、命に関わる病気ではありません。そのため、どの程度の治療介入が必要かは、患者さんがどれくらい改善を希望されているかによって変わってきます。たとえば髪の毛が全て脱毛したケースで、治療によって9割ほどの髪の毛が生えてくるようになったとします。このような例では治療の満足度が高い場合が多いものの、「これだけしか生えていない」と感じる方もいらっしゃいます。治療にあたっては、患者さんがどれくらいの改善を求めているかをまず伺ったうえで、治療にかかる費用などについてもよく考えていただきながら、治療選択を行うようにしています。
また、私は治療を検討する際に「自分の家族がこの病気になったら、どういう治療を行いたいか」を考えることを大切にしています。「私ならこの治療を選択すると思います。ただし、これはあくまで私の選択です」とお伝えしたうえで、一般的な治療選択肢を全て提示し、最終的には患者さんご自身で考えていただけるよう十分な説明に努めています。
円形脱毛症の治療についてインターネットで検索すると、さまざまな民間療法が出てくると思いますが、中には私が見る限り円形脱毛症には効果が期待できないものもあります。円形脱毛症の患者さんや、治療を検討している方には、正しい情報を選ぶことを大切にしてほしいと思います。正しい情報の例を挙げるなら、日本皮膚科学会が作成した『円形脱毛症診療ガイドライン2024』があり、これは最近新しい内容に改訂されたものです。
治療を続けても改善せずに悩まれているようなら、主治医に質問してみたり、円形脱毛症を専門とする医療機関に紹介してもらえないか相談したりするのも1つの方法だと思います。
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