国立国際医療研究センター病院にある感染症病棟は、エボラ出血熱や中東呼吸器症候群(MERS)などの、公衆衛生への影響が大きい感染症の疑いがある患者さんを収容する、特定感染症指定医療機関として日本国内の感染症対策を担っている病棟です。感染症病棟には、どのようにして患者さんがいらっしゃるのでしょうか。また、どのような流れで患者さんは退院されていくのでしょうか。国立国際医療研究センター病院 国際感染症センター センター長である大曲貴夫先生にお伺いしました。
感染症病棟とは、感染症の患者さんや感染症が疑われる患者さんを収容し、検査や治療を行う病棟です。患者さんを収容することで、感染症の蔓延を阻止する役割も担っています。
当院の感染症病床数は4床あり、そのうち2床が集中治療にも対応できる構造を有しています。感染症病棟に患者さんがいらっしゃる頻度は、通常であれば1年に1回ほど、新興・再興感染症が流行しているときであっても月に1回ほどです。感染症病床を使用することはまれですが、患者さんがいついらしても入院できるよう常に備えています。
2002年から2003年頃にかけて発生した重症急性呼吸器症候群(SARS)が、世界的に流行したことが、当院に感染症病棟を設立するきっかけとなりました。当時、日本国内でSARSにかかった患者さんは幸いにもいらっしゃいませんでしたが、将来的に、日本国内で感染症にかかった、あるいは感染症が疑われる患者さんが現れたときに、感染症を蔓延させないために十分な対応のできる医療機関が必要であるとされました。そして、2003年、当院に感染症病棟が設立されたのです。
当院は、厚生労働省から「特定感染症指定医療機関」に指定されています。特定感染症指定医療機関とは、一般の医療機関で対応するには危険性が高い感染症の患者さんを収容するなどの役割を担う医療機関です。
日本には、感染症予防および感染症患者さんに対する医療に関した「感染症法」という法律があります。この感染症法では、感染症を1~5類まで段階別に分類しています。1類感染症で代表的な感染症はエボラ出血熱、2類感染症であれば中東呼吸器症候群(MERS)などが含まれます。この1・2類感染症と、これまでの感染症とは違い、病状の程度が重篤である新感染症に対応できる医療機関が、特定感染症指定医療機関です。
国内で特定感染症指定医療機関に指定されているのは、比較的空港付近に位置している、千葉県の成田赤十字病院、愛知県の常滑市民病院、大阪府のりんくう総合医療センター、そして当院と、計4医療機関(2019年7月時点)になります。
患者さんが当院の感染症病棟に至る経路はさまざまですが、経路の1つに空港などの検疫所で感染症を疑われて搬送されてくるケースがあります。
入国後に体調不良になられた患者さんのケースでは、多くは保健所の方に付き添われて当院にいらっしゃいます。
東京都では、保健所と消防庁の連携が業務として整備されています。仮に東京都内で、感染力が強く、致死率も高い感染症(エボラ出血熱など)の疑いがある患者さんが現れた場合には、東京消防庁が所有する感染症専用の救急車を使用し、当院などの特定感染症指定医療機関に患者さんを搬入します。
エボラ出血熱やMERSなどの指定感染症に感染していることが疑われる患者さんには、まず感染症病棟に入院をしていただきます。入院後は一般病院と同様に、問診にて症状などを伺い、採血検査を行います。
通常、患者さんが入院し検査を受け、その検査結果が検査機関から届くまでに、12時間ほどを要します。検査結果が陽性である場合は治療をします。一方、潜伏期間によっては、実際に感染していても検査の結果では陰性の結果が出ている可能性も考えられるため、入院を継続して再検査をすることがあります。
感染症が否定された場合は、私たちが保健所に出している「感染症の疑いがある」という届け出を取り下げ、退院していただきます。
普段は患者さんがいらっしゃらない病棟のため、感染症対応訓練を定期的に行っています。たとえば、患者さんが搬入されたあとの一連の動作の訓練や、患者さんが急変されたときを想定した訓練、感染症から身を守るための防護服の着脱訓練、地震発生時の対応方法を確認する訓練などを行っています。
また、当院がある新宿区と連携し、保健所の方が患者さんを当院まで搬送するまでの流れを実際に行うなど、感染症病棟内の訓練だけではなく、行政機関の方向けの訓練をすることもあります。
東京オリンピック・パラリンピックでの感染症対策に向け、行政機関と積極的に連携を図っています。
たとえば、東京オリンピック・パラリンピックによる訪日外国人の増加を見越して厚生労働省が発表した、「外国人患者の受入れのための医療機関向けマニュアル」内にある感染症対策に関する項目は、当院の感染症病棟スタッフと共に執筆しました。
海外で感染症にかかる可能性は誰にでもあります。帰国後、体調が思わしくないときは、早めに医療機関に行きましょう。そして必ず、担当医に海外に行ってきたことを告げてください。海外に行ったことを告げていただくことで、医療従事者も感染症を想定した対応をとることができます。つまり、誤診を招く危険性が下がり、適切な治療を受けられないというような状況を免れることができます。
国立国際医療研究センター病院 国際感染症センター センター長、AMR臨床リファレンスセンター センター長
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