概要
※2019年12月に中国で発見された新型コロナウイルス及びそれによる肺炎については、新型コロナウイルス関連肺炎をご覧下さい。
最初の事例は、2012年6月に急性肺炎後に腎不全を呈し死亡したサウジアラビア人(60歳)であり、死後に肺組織から新規のコロナウイルスが検出されました。
引き続き、2012年の9月にサウジアラビアに渡航歴があるカタール人(49歳)が重症な呼吸器感染症を呈したため、患者はカタールからイギリスに運ばれ、そこで分離されたコロナウイルスの塩基配列が、最初の事例のウイルスとほぼ同じことから新規ウイルスによる疾患、「中東呼吸器症候群(MERS: Middle East Respiratory Syndrome)」、としてイギリスからWHOに報告されました。中東への渡航歴のある方に発症しうる病気です。
2017年7月におけるWHO(世界保健機関)からの報告によると、中東諸国での発生例(サウジアラビア、アラブ首長国連邦、ヨルダン、カタール、オマーン、クウェート、イエメン)と輸入感染例(中国、韓国、アメリカなど)を合わせて、2,070例の方が本ウイルス感染症を発症しており、うち少なくとも712名が亡くなっています。
中東のなかでもサウジアラビアでの発生例が多く、また2015年には韓国でも中東に渡航歴のある帰国者を介した大きな流行が確認されています。2017年7月現在まで、日本における発症例の報告はありませんが、中東への渡航歴のある方が輸入感染症として本疾患を発症するリスクは拭いきれません。このような事態に備えて、対応策を事前に講じることはとても重要です。
原因
MERSコロナウイルスに感染することで発症します。このウイルスは、ヒトコブラクダが自然宿主(病原体を無症状で体内に保有している生物)であるといわれています。コロナウイルスは、一般的な風邪の原因ウイルスとして非常にありふれたものではありますが、ときに重症な呼吸器症状を引き起こす病原性の高いものも存在することが知られています。MERSコロナウイルスによるMERSはひとつの例で、そのほかに、2003年に流行したSARSコロナウイルスによるSARS(Severe Acute respiratory Syndrome:重症急性呼吸器症候群)があります。
中東地域のヒトコブラクダからMERSコロナウイルスが分離されており、ラクダがMERSコロナウイルスの保有動物であると考えられています。感染したらくだと接触することをきっかけとして人間にも感染すると推定されています。しかしその一方で、人と人の間の感染例もありえると考えられています。特に病院内や患者さんを看病する家族の間など、濃厚接触者間での感染も報告されています。感染経路としては、咳やくしゃみなどによる飛沫感染や、患者の排泄物、ドアノブや箸などによる接触感染が推定されています。
症状
感染後、4日〜14日くらいの潜伏期間を経て発症すると考えられています。主な症状は発熱や、せきなどの呼吸器症状であり、インフルエンザの初期症状に似ています。しかしインフルエンザと異なり、MERSでは下痢をはじめとした消化器症状をともなうことが多いです。そのため、糞便中にはウイルスが多く含まれており、周囲へ感染を拡大させないためにも患者さんの糞便の取り扱いには注意が必要です。
一部の患者さんでは呼吸器症状が重症化することもあり、急性呼吸窮迫症候群(きゅうせいこきゅうきゅうはくしょうこうぐん:重症の呼吸不全をきたす疾患)を発症することがあります。そのほか、腎不全を含む多臓器不全や敗血症ショックをともなう場合もあります。
特に重症化のリスクが高いのは、糖尿病、COPD、免疫不全などの疾患を持つ方と高齢者です。また、尿中にもウイルスが現れる可能性があり、慢性腎臓病を持つ方に関しても注意が必要であると考えられます。
検査・診断
鼻水やたん等を用いて病原体ウイルスを特定する分離同定検査、もしくはPCR法と呼ばれる方法を用いてウイルスに特徴的な遺伝子を確認することからなされます。MERSでは経過中に呼吸器症状の増悪(急性呼吸窮迫症候群)や腎不全の発症、敗血症の併発などを認めることがあります。そのため、各種臓器に対する検査として、胸部レントゲン写真やCT検査、尿検査、血液培養などが行われることもあります。
2017年現在MERSは感染症法において2類感染症に分類されています。そのため、MERSの患者さんが確認された場合には直ちに都道府県知事(実際には保健所)に届け出る必要があります。
感染拡大を予防するためにも、渡航歴や症状からMERSが疑われる場合には、検疫所で申告したり地域の保健所に電話をすることが大切です。
治療
MERSに対しての根本的な治療法やワクチンは、現在(2017年)のところ存在していません。症状に応じた対症療法や基本的な感染予防策が中心となります。
呼吸器症状が増悪することがあるため、酸素投与や場合により人工呼吸器管理が必要になることもあります。日本呼吸器学会のガイドラインには、肺炎を契機に全身性炎症反応症候群に伴う急性肺障害を発症する患者さんに好中球エラスターゼ選択的阻害薬が使用可能であることが記載されています。また、腎不全に対しては透析、敗血症に対しては抗生物質などの投与が行われます。
予防
MERSの原因ウイルスは、せきやくしゃみなどによる飛沫感染や、接触感染で感染が拡大します。このため、飛沫を吸い込まないよう、マスクを装着することが有効です。また、感染力が強い方(発熱、肺炎などの症状がはっきりしている患者さん)には近づかないことも感染予防の観点からは重要です。接触感染に対しては、徹底した手洗いも有効な予防法です。大量のウイルスが含まれると考えられる糞便や尿にも気をつけるべきです。SARSの検査では、電話機・ドアノブ・エレベータのボタンなどから遺伝子が検出されており、これらに対しても注意が必要であると考えられます。
特に患者さんの家族や医療従事者は念入りに手を洗わねばなりません。排泄物やウイルスを消毒するためには、市販のアルコールや中性洗剤でも十分に効果があるため、うまく活用することが推奨されています。さらに、流行地域では自然宿主であるとされるヒトコブラクダへの接触も避けるべきです。
医師の方へ
MERSの詳細や論文等の医師向け情報を、Medical Note Expertにて調べることができます。
「MERS」を登録すると、新着の情報をお知らせします
「MERS」に関連する記事
- 国立国際医療研究センター病院の感染症病棟で大切にしていること国立国際医療研究センター病院 国際感染症...大曲 貴夫 先生
- 国立国際医療研究センター病院の感染症病棟の実際とは? 設備や現場で働くスタッフについて国立国際医療研究センター病院 国際感染症...大曲 貴夫 先生
- 国内の感染症対策を担う国立国際医療研究センター病院の感染症病棟――その特徴と取り組みとは?国立国際医療研究センター病院 国際感染症...大曲 貴夫 先生
- 新興感染症と再興感染症とは? その種類と問題点国立国際医療研究センター病院 国際感染症...大曲 貴夫 先生
- MERSとは(4)―SARSと韓国におけるMERS流行の経験から考えるべきこと国際医療福祉大学塩谷病院 教授/中央検査部部長倉田 毅 先生
関連の医療相談が10件あります
CTについて
今日まで3年半の間で腹部造影ctを3回、肺CTを1回受けて今日血管造影CTを総合病院で受けました。今日は出来れば受けたくない。まず症状をみてほしいとお願いしたところ診察出来ないと言われて受けました。内科で冷え性をみてもらいたかっただけなんですが血管外科を紹介されました。結果はすべて異常なし。健康でよかったですねと言われました。内3回は同じ病院です。4ヶ月前に受けた腹部CTは受ける必要なかったんじゃないかと開業医さんに言われてトラウマになり、被爆が心配で夜も眠れません。これだけCTを受けて大丈夫なのでしょうか?何年かはもう受けないほうがいいのでしょうか?
1ヶ月でいろいろ症状出現
先月初旬に意識消失する直前に部分的に見えにくくなり、(黒っぽいものが出現)意識回復時には家族が救急車を呼んでいました。 その後救急搬送されて、(搬送時血圧170)頭部MRIとCT撮影しましたが、異常なしでした。2日後に退院。 その後、頭痛が毎日続いてはいたものの普段から頭痛持ちなので特にしていませんでしたが、意識消失した日から2週間後の寝起きに回転性のめまいがあり、嘔吐もありました。 血圧のこともありまず内科受診して降圧薬処方してもらい、様子を見ていましたが、さらに1週間後にまた寝起きにめまいがあり、耳鼻咽喉科受診したら良性発作性頭位めまい症と診断されました。 意識消失の件と関連があるのでしょうか?
お腹の調子が悪いです
今年の1日頃からまず胃が痛くなって、 熱も一日で下がったのですが出て、 現在は胃の方は大丈夫なんですけど 気にすればするほどお腹の調子が良くない気がします、、、 今もちょっとお腹の下あたりが痛いような痛くないような違和感がある感じで、多分今日は食べすぎでそうなってるのかもしれないですけど胃の問題と関係あるのでしょうか??
83歳の母に胃や大腸内視鏡の検査は必要なのか
はじめまして。 2017年に、 整形外科に通っても調子がよくならず、内科で血液検査をしたところにCRPが22.1 そこで、リウマチ多発性筋痛症ではないかという事で、 ステロイドなどの投与をしながら治療を続け現在にいたります。 ステロイドの量も減ってきたところ、 2021年11月に膝の痛みがひどくなり、整形外科(別の病院)を受診したところ リウマチ多発性筋痛症から関節リウマチへ移行しているのでは という診断を受けました。 その後特に薬も変更せずに現在にいたります、 母の体重はその時から10キロほど減りましたが、体調の不調をうったえることはなくなりました。 ただ、今年にはいって かかりつけ医から 痛みを訴えない母に反して、CRPの値が6あり 他の病気がかくれているかもしれないから検査したほうがいいと 紹介状をもらい検査しました。 そして、まず血液検査を9月9日にしたところ、CRPは 1.9。 総合病院の医師からは、紹介状に かかりつけ医がステロイドのほかに、リウマチの薬を今後使うにあたって、 悪性腫瘍などがある場合、その薬は悪化させる可能性があるので、 全身の検査をしてほしいといった内容が書いてあると聞きました。 そのため、 近々、造影剤を使ったCT検査、そして胃の内視鏡を行います。 その時、大腸内視鏡も行うといわれましたが、 10キロもやせ、47キロの母に 大腸内視鏡検査が耐えられるのか不安で断りました。 現在は、膝や腰など痛みはあるものの 以前のような激痛もなく、食欲もあり過ごしています。 83歳の高齢の母に 胃の内視鏡などの検査が必要なのか? 現在調子がよいだけに、検査によって体調が悪くなってしまう事が心配です。 アドバイスがありましたら、よろしくお願いします。
※医療相談は、月額432円(消費税込)で提供しております。有料会員登録で月に何度でも相談可能です。
「MERS」に関連する病院の紹介記事
特定の医療機関について紹介する情報が掲載されています。
- スポンサード国立国際医療研究センター病院の感染症病棟で大切にしていること国立国際医療研究センター病院 国際感染症センター センター長、AMR臨床リファレンスセンター センター長大曲 貴夫 先生
- スポンサード国立国際医療研究センター病院の感染症病棟の実際とは? 設備や現場で働くスタッフについて国立国際医療研究センター病院 国際感染症センター センター長、AMR臨床リファレンスセンター センター長大曲 貴夫 先生
- スポンサード国内の感染症対策を担う国立国際医療研究センター病院の感染症病棟――その特徴と取り組みとは?国立国際医療研究センター病院 国際感染症センター センター長、AMR臨床リファレンスセンター センター長大曲 貴夫 先生