近年、デング熱やジカ熱、MERSなどの感染症が国境を越えて猛威をふるい、WHOを中心に様々な対策が講じられています。グローバル化がすすむ日本においても、これらの感染症はもはや他人事ではなく、国際的な感染症への国民の意識は年々高まっています。
過去にはみられなかった「新興感染症」(エボラ出血熱など)や、一旦は封じ込めたかにみえたものの再び流行をみせている「再興感染症」(結核など)は、そもそもなぜ起こるのでしょうか。新興・再興感染症とはどのようなものか、国立国際医療研究センター病院病院国際感染症センター センター長の大曲貴夫先生にお伺いしました。
この20年~30年の間に、国際感染症は日本でも非常に大きな問題として取り上げられるようになりました。2014年に日本でも大きな問題となったデング熱や、2016年のリオオリンピックを機に世界への感染拡大が懸念されていたジカウイルス感染症(ジカ熱)、またエボラ出血熱やSARSなどはメディアでも大きく報道され、一般の方にも広く知られるところとなりました。
本項で解説する「新興感染症」とは、上記のような感染症のうち近年になって初めて認知され、局地的あるいは国際的に公衆衛生をおびやかす問題となっているものをいいます。
具体的には、以下の感染症が新興感染症として挙げられます。
【代表的な新興感染症】
新興感染症の中には、原因となる微生物が近年になり新たに生まれたというものも存在します。「新型インフルエンザ」は、まさにその代表といえるでしょう。インフルエンザウイルス自体は以前から存在していましたが、動物の中でウイルスとウイルスのゲノムが混ざるなどして、これまでに地球上に存在しなかったウイルスが誕生することもあり得るのです。
しかし上記は稀なケースであり、多くの新興感染症は、地球上に既に何十年も前から存在していたものと考えられます。つまり人類が近年に至るまでその感染症に遭遇しなかった、あるいは認知していなかったということです。
これら両方のパターンを合わせて「新興感染症」といいます。
後者の例として、現在中東地域を中心に感染が報告されている新興感染症「中東呼吸器症候群(MERS=マーズ)」についてお話しします。MERSは2015年に隣国の韓国において、院内感染に端を発して大流行を起こしたため、日本でもよく知られる感染症となっています。
MERSはSARSと同じコロナウイルスの一種が原因となる感染症で、ラクダが重要なウイルスの保有宿主となっています。
しかし、中東で流通しているラクダの中にはMERSコロナウイルスの抗体(対抗物質)を持つラクダもみつかっています。抗体ができているということは、過去にそのウイルスに感染しているということです。
また、中東のラクダの多くは東アフリカから持ち込まれたものですので、MERSコロナウイルスも大陸を横断してやって来たのではないかと仮説を立て、東アフリカのラクダのウイルス抗体価を調べた先生もいらっしゃいます。
この調査により、東アフリカのラクダからもMERSコロナウイルスの抗体が検出されたため、MERSはごく最近まで人類が出会わなかったものの、アフリカ大陸には以前から存在したのではないかと推測することができます。
再興感染症とは既に認知されていた感染症ではあるものの、過去に公衆衛生上の問題となるほどの流行はしなかったものや、一旦は下火になり近年再び猛威を振るいはじめた感染症のことをいいます。再興感染症には次のように一般の方にもよく知られているものが多々あります。
【代表的な再興感染症】
近年ブラジルなどの南アメリカ地域で流行を巻き起こしているジカ熱(正式にはジカウイルス感染症)は、2010年あたりから問題として取り上げられはじめ、この1~2年で急速に一般に認知されるようになりました。
そのため、ジカ熱は新興感染症であると思われている方も多いようですが、実はこの感染症は半世紀も昔に認知されている再興感染症のひとつです。
ジカウイルスという名前は、1947年にこのウイルスが初めてサルからみつかった場所であるアフリカ・ウガンダのZika forest(ジカ森林)に由来しています。なお、ヒトからジカウイルスがみつかったのは、それから約20年後の1968年です。
発見から50年近くの間、大きな問題になることはなかった理由には、ジカ熱の症状が比較的軽く、自然に治まってしまうことなどが関係しているのではないかと推測しています。ジカ熱の主症状である発熱は38度程度であり、またジカウイルスに感染しても2人に1人しか発症しません。妊娠中の女性が感染すると赤ちゃんに甚大な影響を及ぼすことで知られていますが、それ以外は発疹や目が少し赤くなるだけで済んでしまうといった特徴があるのです。
ただし、ヒトスジシマカが媒介蚊となるジカ熱とデング熱は、日本でも発生が懸念される感染症ですので、蚊に刺されないよう服装に注意するなど、正しい知識と対策が必要です。
(※デング熱については記事2「蚊が媒介するデング熱――2016年感染拡大が懸念される感染症と日本での対応」をご覧ください。)
感染症のなかにはヒトだけでなく動物にも感染する「人畜共通感染症」が多く、完全に制圧することはほとんど不可能に近いといえます。たとえば鳥インフルエンザを根絶するには、人間だけでなく世界中の鳥へのウイルス感染も絶たねばなりません。こういった難しさがあるために、一度は終息した感染症が歳月を経て再び流行してしまうのです。
私たち人間は、これまでも“人間サイド”で起こる問題については調査を徹底し、治療薬や対策法を確立してコントロールしてきました。結果として、ワクチン開発に成功した「天然痘」は、WHOにより1980年に撲滅宣言が出されました。しかし、天然痘を地球上から消し去ることができたのは、原因となるウイルスがヒトのみに感染するものであり、人畜共通感染症ではなかったからです。
人畜共通感染症に関しては、“動物サイド”の調査・研究の成果をいかにヒトの治療の領域の知見と結びつけていくか、統合的に物事を考えていく必要があると考えています。先述しましたが、現在アフリカや中東地域では、MERSの流行に伴いラクダの調査が進められています。動物サイドで起こっている問題を解明し、ヒトの世界での健康の問題に対応するために今後はその動物に対してどのような措置を行うのか等の形で物事を考えていく必要が出てくるでしょう。
「結核」は戦前の日本では「亡国病」とも呼ばれるほど蔓延していましたが、その後感染者は激減し、現代になり再び患者数が上昇した再興感染症です。
日本に限局して結核の新規登録者をみてみると、高齢者の中でも後期高齢者や超高齢者と呼ばれる年齢層の方が非常に多く、社会の「高齢化」の影響は見逃せません。
若い方が結核に罹患することは珍しく、患者数を人口10万人対率で表した罹患率も毎年少しずつ減っています。ですから、まずは高齢者の結核問題にアプローチすることが大切です。
日本の結核の患者数がなかなか減らない理由は、前項で述べた通り、増加する高齢者に新規登録者が多いからであり、現時点では若年層の結核罹患者はそう多くはありません。
しかし、これからの日本社会を考えると、若い方への結核予防に関する啓発も必要であるといえます。というのも、「国際化」に従い、今後結核が流行している地域から日本に働きに来られる方が、右肩上がりに増加していくことが見込まれるからです。実際に当院の結核病棟に入院されている患者さんの中にも、結核の高蔓延国から来られた若い患者さんがいらっしゃいます。
また、日本人もどんどん海外へと出ていく時代になりました。増加する海外勤務や長期出張などが結核の感染に影響するのかどうか、詳細は現時点ではわかっていません。しかし、結核を専門とする先生などが今後の感染者数増加を懸念していることも事実です。
今後は、結核の高蔓延国に駐在される方が定期的に検査を受けられる体制を作るなど、時代に即した対応が必要になるものと考えます。
国立国際医療研究センター病院 国際感染症センター センター長、AMR臨床リファレンスセンター センター長
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