「かぜ」のほとんどはウイルスによるものであり、細菌に対して効果のある抗菌薬(抗生物質)は効きません。それにもかかわらず、かぜに対して抗菌薬が処方されることが多くあります。そして、このような抗菌薬の不適正な使用は、薬剤耐性(AMR)という問題を引き起こすおそれがあります。
今回は、かぜ診療における薬剤耐性(AMR)対策について、国立国際医療研究センター国立感染症センター・センター長であり、AMR臨床リファレンスセンター・センター長を務めておられる大曲貴夫先生にお話を伺いました。
細菌の増殖を抑えたり死滅させたりする抗菌薬(抗生物質)に対し、耐性を持っている細菌を薬剤耐性菌といいます。体内で薬剤耐性菌が増殖すると、感染症の治療が長引いたり重症化したりしてしまうケースがあります。また薬剤耐性菌による感染症によって、命を落としてしまうこともあります。
薬剤耐性菌は人や食べ物、自然環境などさまざまなところから、私たちの体の中に入り込んできますが、ほかの細菌の数が圧倒的に多いため、通常薬剤耐性菌は目立たず、大人しくしています。
しかし何らかのきっかけで、薬剤耐性菌が体内で増殖したり、新たに発生したりすることがあります。それでは、どのようなメカニズムで薬剤耐性菌が増殖・発生するのでしょうか。詳しくお話ししていきます。
抗菌薬は、感染症の原因となっている細菌のほかに、体に無害な細菌も死滅させてしまいます。抗菌薬を使用すると、大量の細菌が死滅し、薬剤耐性菌だけが体内に残ることになります。すると、普段はそれらの細菌に隠れていた薬剤耐性菌が増えやすい環境となり、体内において増殖します。
薬剤耐性菌は体外から感染するだけでなく、体内で生まれ、増殖することがあります。
細菌は何とかして体内で生き延びるために、抗菌薬にさらされて身の危険を感じると、それから自分の身を守ろうとします。すると、細菌自体の遺伝子に突然変異が起こり、抗菌薬に対して耐性を持つ薬剤耐性菌が生まれることがあります。
そのとき抗菌薬の影響で体内から細菌が減っている状態だと、体内で生まれた薬剤耐性菌が増殖してしまいます。
本来は抗菌薬が効く細菌が、体に入ってきた薬剤耐性菌から遺伝子を受け取ることで、薬剤耐性菌に変化することもあるといわれています。
これらのメカニズムから分かるように、薬剤耐性菌の増殖には抗菌薬の使用が大きく関与しています。抗菌薬を必要以上に使用することで、病気を治すための抗菌薬が、かえって私たちの体に悪影響を与えてしまうことになるのです。
それにもかかわらず、抗菌薬が不適正に使用されている問題があります。その代表的なものが、「かぜ」に対する抗菌薬の使用です。かぜのほとんどはウイルスによるものですから、細菌を死滅させる抗菌薬を処方しても、かぜを治すことはできません。しかしながら医療の現場において、かぜの患者さんに抗菌薬が処方されている現状があるのです。
ある調査結果では、かぜの患者さんの約60%に抗菌薬が処方されているともいわれています。
かぜに抗菌薬が効かないことは、多くの医師は理解していると思います。それではなぜ、かぜに抗菌薬が使用されている現状があるのでしょうか。
その理由のひとつとして、「かぜによる合併症を防ぐため」と考える医師が多いことが挙げられます。まれではありますが、かぜによって、肺炎や中耳炎が引き起こされることがあります。そのような合併症が起きたとき、患者さんからしてみれば、「あのとき先生がきちんと治療してくれなかったから」という思いになることもあるでしょう。
このように、後々起こりうる患者さんとのトラブルを回避したいという思いで、医師が予防的に抗菌薬を投与してしまうケースがあるのです。しかし、抗菌薬を使用することでかぜによって引き起こされる合併症を防ぐ確率は極めて低く、抗菌薬を使用しない場合とほとんど変わらないといわれています。
医師がかぜの患者さんに対して抗菌薬を処方してしまう理由には、「患者さんが抗菌薬を処方してほしいと思って病院に来ている」という医師の思い込みもあります。
しかし一方の患者さんでは、抗菌薬を処方してほしいと思っている方は約30%に過ぎず、多くの方が求めているのは、咳止め薬・解熱薬・鼻水を抑える薬であることが、AMR臨床リファレンスセンターの調査で分かっています。
医師と患者さんのコミュニケーションがうまくできていないことによって、抗菌薬が処方されているケースがあるのです。
抗菌薬の不適正な使用による薬剤耐性を防ぐために、医師はなぜ患者さんが病院に来ているのかをきちんと聞き出す必要があります。また患者さんは、何が辛くて、何のために病院に来ているのかを医師にきちんと伝えることが大切です。
薬剤耐性への対策においては、国民の薬に関する正しい理解が不足しているという問題もあります。
私たちAMR臨床リファレンスセンターでは、一般の方々に対し、5種類の抗菌薬と7種類の抗菌薬以外の薬(抗ウイルス薬や解熱鎮痛薬など)から、抗菌薬だと思うものを選んでいただくという意識調査を行いました。すると、インフルエンザに対して使用する抗ウイルス薬を、抗菌薬だと回答した方がもっとも多かったのです。2位が抗菌薬、3位が解熱鎮痛薬という結果でした。
つまり、薬について正しい知識を持っている患者さんは少なく、かぜやインフルエンザに対して抗菌薬が効くと勘違いしている方も多くいらっしゃるのです。
これらの調査から、日本では薬と正しく付き合うことができていない方がまだまだ多くいらっしゃることが分かります。薬の知識や付き合い方に関する教育・啓発活動を、国民に対してしっかりと行うことが、今後の大きな課題といえるでしょう。
抗菌薬の不適正な使用による薬剤耐性の拡大には、さまざまな課題があります。患者さんができることとしては、病院にかかったとき、処方された薬が何に効くのかなど、気になることがあれば医師に聞いてみていただくことです。
先ほどお話ししたように、患者さんが抗菌薬を処方してほしいと思っている医師は多く、「念のため」に抗菌薬を処方しているケースも少なくありません。ですから、抗菌薬が処方されたときには、なぜ抗菌薬を服用する必要があるのかを聞いてみるだけでも、不必要な抗菌薬の処方を防ぐことにつながるかもしれません。
すべての薬について正しい知識を持つことは難しいですが、分からないことがあったら積極的に聞く、自己判断で薬を飲まないなどを意識することで、薬剤耐性から体を守りましょう。
国立国際医療研究センター病院 国際感染症センター センター長、AMR臨床リファレンスセンター センター長
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