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蚊が媒介するデング熱――2016年感染拡大が懸念された感染症と日本での対応

蚊が媒介するデング熱――2016年感染拡大が懸念された感染症と日本での対応
大曲 貴夫 先生

国立国際医療研究センター病院 国際感染症センター センター長、AMR臨床リファレンスセンター ...

大曲 貴夫 先生

人間を死に至らしめてきた「最恐」の動物は、猛獣でも人間でもなく「蚊」であるというデータがあります。2016年は世界的にも、また日本でも蚊が媒介する「デング熱」や「ジカ熱」の流行が懸念され、国と国が手を取り合って感染対策に取り組むことが益々重視されました。

経済の発展が著しい地域において発生しやすい感染症に対し、先進諸国はどのように関わっていくべきなのでしょうか。また、日本で輸入感染症の拡大を防ぐためにはどういった努力が必要なのでしょうか。国立国際医療研究センター国立感染症センター・センター長の大曲貴夫先生にお伺いしました。

記事1では、世界で問題となっている代表的な新興・再興感染症についてお話ししました。

このうち、2016年6月時点で世界的にも日本の中でも重視された感染症は、蚊が媒介するデング熱やジカ熱(正式にはジカウイルス感染症)でした。

特にデング熱の患者数は急速に増えており、当院にも多数の患者さんが入院されています。これらはすべて海外において感染した輸入症例ですが、日本にもデングウイルスやジカウイルスを運ぶ「ヒトスジシマカ」が生息しているため、行政などの関連機関は、感染リスクが高まる真夏には水たまりを除去するなどの対策に一層注力していく必要があります。

デング熱もジカ熱も同じ蚊が媒介する感染症ですが、個人レベルで考えると、より重症化のリスクが高いのはデング熱です。ジカ熱は、妊娠中の女性と胎児など、一部の方には非常に大きなリスクがありますが、通常であれば感染しても38度程度の発熱で済み、死などに直結する症状は現れません。

また、世界的にはデング熱のコントロールは「失敗」しているといった共通認識があり、高蔓延国では現在進行形で「いかに死者を減らすか」といった深刻な問題に直面しています。ここ数年は、日本でもデング熱の年間罹患者数がおよそ200~250人にものぼるという状態が続いていますが、2016年は現時点で既に報告件数が多いため、例年よりも患者数が増える可能性が危惧されました。

2014年にビル・ゲイツ氏らがWHOや国際連合食糧農業機関などの資料をもとに分析したデータによると、人間を最も多く死に至らしめている動物の第1位は「蚊」とされています。サメやライオンなどの猛獣ではなく小さな蚊が、世界中で年間72万人以上もの人間を死に追いやっているのです。

日本でも温暖化に伴いヒトスジシマカ(ヤブ蚊)の生息北限は上昇し、近年では岩手県のように北東北でもみられるようになっています。

しかし、蚊が増える原因は「温暖化」だけではありません。

この数年でインドネシアやベトナム、ブラジルやタイなど、世界中の多くの国が急速に経済発展を遂げています。実はこの「都市化」も、“一過性”に衛生環境を悪化させ、感染症を増やす原因となっているのです。

都市化と聞くと、街が清潔で美しくなるように思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、その前段階として人口が増えたことによる住環境の悪化や、ごみ処理、排水処理などのインフラ整備が追いつかないために溝やごみ溜め、水たまりなどが増加し、病気が蔓延しやすい環境ができるといったフェーズが存在しています。

また、これまで限られた地域のみでみられた風土病が、都市化により人と人が交流することで文化と共に広域へと伝播してしまうことも、「疫病史」の特徴です。

蚊が媒介する感染症だけでなく、ヒトの便を介して感染するポリオなども、実は経済が伸び行く地域で流行するといった特徴があります。

また、既に都市整備が完成されている東京のような大都市であっても、やはり大きな公園など、蚊に刺される可能性が高い場所は点在しています。そこに人が集まるなど様々な条件が重なると、2014年に起きたデング熱の国内感染のような事態も生じてしまうというわけです。

病気の種類によらず、新たな薬の開発には長期を要します。しかし、国際的な感染症のワクチン開発が進まない理由はより複雑なものです。

たとえば、技術や環境が整った先進国で治療薬を開発できたとしても、感染症の高蔓延国ではインフラが整備されておらず、また購買力がないといった問題も絡み、「作った薬を活かせない(利益につながらない)のではないか」といった懸念が生じます。

また、多国籍での臨床試験には広域なネットワークが必要になるため、企業レベルでの実施は現実的に考えて不可能ということもあります。そのため、リスクを回避すべき企業や土壌を持たない団体は、必然的に新薬の開発に踏み出しにくくなるというわけです。

このような事情が背景となり、過去にはデング熱や狂犬病ハンセン病などは「顧みられない熱帯病(NTD:Neglected Tropical Diseases)として、世界から大きな関心を向けられず、蔓延が長期化してしまったという歴史があります。

しかし、2014年にエボラ出血熱が大流行し、アメリカやイギリス、イタリアなどでも感染者が出たことで、感染症を「自国の問題ではない」とする考え方は一変しました。

資金がない、マーケットがないといった理由で対策を講じないでいると、感染症は全世界に飛び火していくことに、先進諸国がようやく気づいたのです。

この2~3年、つまりエボラ出血熱の大流行後はWHOが中心となり、体制整備や資金調達などに国境を越えた多数の国が力を注いでいます。

国際化が進む現在の日本において、感染症が国内に入ってくることを阻止するのは、ほとんど不可能といえます。これは都市部だけでなく、人口減少が進むいわゆる“田舎”であっても変わりません。

私は佐賀県の出身ですが、行政庁の訪日観光客誘致政策が功を奏し、社寺仏閣などで外国籍の方の姿を見かける機会が増えました。このような時代が到来した今、「自分の地域は大丈夫だろう」と考えることは、全国のいかなる地域であってもできないのです。

実際に2015年に韓国で問題となったMERSの第一例の患者さんは、都市部ではなく京畿道という郊外の一般病院を訪れています。

まずは、あらゆる地域の医療者が、一般病院やクリニックにも輸入感染症患者さんが来る時代であることを認識していただくことが肝要です。

とはいえ、地域を支える一般病院やクリニックで輸入感染症を1から10まで診るようお願いすることは現実的とはいえません。ですから、まずは「症状」から考えられる感染症を推測し、院内感染を防ぐ対策を行っていただけるようになればと考えています。

たとえば嘔吐や下痢症状を呈している場合は、ノロウイルス感染症に罹患している場合もあります。発熱や発疹が現れていたときには、最悪の場合エボラ出血熱であることも、可能性としてはゼロではありません。

幸いなことに、これまで日本では輸入感染症が大規模な流行へとつながってしまったことはありません。現場の医療者の機転が利いたのかもしれませんし、ほかにも様々な幸運が重なったのでしょう。

しかし、MERSの治療研究班代表として様々な事例をみた自身の認識としては、院内感染に始まる感染症のアウトブレイクは、日本でも十分に起こり得るものと考えています。ですから、現場の医療者には水際で感染症を食い止めるための対応力が求められますし、私たちも啓発活動などを精力的に行っていく必要があると感じています。

たとえば、現在の医学教育では問診の際に必ず患者さんの海外渡航歴を聞くようフォーマット化されていますが、これが教育に組み込まれたのは最近のことであり、すべての医師が行っているわけではないのが現実です。

今後は、あらゆる年齢・地域の医師が上記のことを共通語として認識し、実践していくことが重要であると考えます。

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