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抗菌薬の使いすぎはなぜ危険?「抗菌薬耐性(AMR)」問題と2020年に向けた日本の目標・役割とは

  • #細菌・寄生虫・ウイルスの感染症
  • #薬物治療
  • インタビュー
  • 公開日:2016/07/08
  • 更新日:2016/07/08
抗菌薬の使いすぎはなぜ危険?「抗菌薬耐性(AMR)」問題と2020年に向けた日本の目標・役割とは

細菌やウイルス性の病気が疑われるとき、「とりあえず手元にある薬を使おう」と、以前に処方された抗生物質の服用を考えたことがある方も少なくはないでしょう。しかし、このような抗生物質の不適切な使用が病気を治りにくくしてしまっていることは、まだあまり知られていません。

現在世界的な課題となっている「抗菌薬耐性(AMR)」の問題と、2020年までに抗生物質の使用量を2/3に削減すると定めた日本の「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」について、国立国際医療研究センター国際感染症センター・センター長の大曲貴夫先生にご解説いただきました。

抗菌薬耐性(AMR)とは? 病気の原因となる微生物が薬に対し耐性を持つ

過去には、細菌性肺炎や中耳炎などにはペニシリン系の抗菌薬、マイコプラズマ肺炎などにはマクロライド系抗菌薬が、よく効く抗生物質として多用されていました。しかし、これらの抗生物質の「使いすぎ」や「不適切な使用」により、1980年代以降、薬に対する「耐性」を獲得した細菌が世界的に増えています。

このように、今までは効いていた抗菌薬で死滅しない細菌を「薬剤耐性菌」と呼びます。複数の薬剤が効かないものを「多剤耐性菌」といい、これらが原因となる感染症に罹患した場合、治療期間が長引いたり重症化することもあります。

日本でも多剤耐性菌により幼い命が失われている

日本新生児成育医学会と日本小児感染症学会の調査によると、多剤耐性を獲得した大腸菌(ESBL産生大腸菌)に感染した複数の赤ちゃんが「敗血症」を起こしており、うち2名は死に至ってしまったと報告されています。

また国外においては、多剤耐性・超多剤耐性結核、耐性マラリアなどの感染が世界規模で拡大しています。

薬剤耐性菌が増える中、新たな抗微生物薬の開発は減っている

抗菌薬耐性(AMR)により治療効果が得られなかった場合は、その菌を死滅させることのできる別の抗生物質を使う必要があります。

しかし、先進国では主な死因が感染症から非感染性の疾患へと移行しているため、新たな抗微生物薬の開発は減少傾向にあります。

薬剤耐性菌が増加するなかで治療できる薬剤は出てこないという二重の問題が生じており、AMRは国際的な脅威となっているのです。

日本の「薬剤耐性(AMR)アクションプラン」とは

上述の問題を解消するため、2015年5月のWHO総会では、AMRに関するグローバル・アクション・プラン(国際行動計画)が採択され、日本を含む加盟各国は2年以内にAMRに対する自国の行動計画を策定するよう要請がなされました。

これを受け、日本では2015年12月に「薬剤耐性に関する検討調整会議」を設置し、2016年4月5日には日本として初めての行動計画となる「薬剤耐性(AMR)アクションプラン」が決定されました。

「薬剤耐性(AMR)アクションプラン」には、次の6分野に関する目標や、目標を達成するための戦略・具体的な取り組みが盛り込まれています。

【計画期間】

  • 2016年~2020年
分野

目標

1 普及啓発・教育

薬剤耐性に関する知識や理解を深め、専門職等への教育・研修を推進

2 動向調査・監視

薬剤耐性及び抗微生物剤の使用量を継続的に監視し、薬剤耐性の変化や拡大の予兆を適確に把握

3 感染予防・管理

適切な感染予防・管理の実践により、薬剤耐性微生物の拡大を阻止

4 抗微生物剤の適正使用

医療、畜水産等の分野における抗微生物剤の適正な使用を推進

5 研究開発・創薬

薬剤耐性の研究や、薬剤耐性微生物に対する予防・診断・治療手段を確保するための研究開発を推進

6 国際協力

国際的視野で多分野と協働し、薬剤耐性対策を推進

※分野と目標に関する詳細は後段「薬剤耐性(AMR)アクションプラン」の6分野をわかりやすく解説」をご覧ください。

日本のみが「数値目標」を設定-2020年までに抗生物質使用量を3分の2に

本プランの画期的な点は、数値目標を設けていることです。日本のこれまでの対策は、ほとんどが物的・人的資源やそれらの配置(構造)のみを考えたものであり、私はこれには大きな問題を感じていました。というのも、医療の質を科学的に評価するためには「ストラクチャー(構造)」と「プロセス(過程)」、そして「アウトカム(成果)」の3つの視点が必要とされているからです。※米国 アベナティス・ドメベディアンによる分類

本プランでは、加盟各国の中で唯一日本だけが下記のような数値目標を設けています。

【成果指標】

<ヒトの抗微生物剤の使用量(人口千人あたりの一日抗菌薬使用量)>

指標  2020年(対2013年比)
全体 33%減
経口セファロスポリン、フルオロキノロン、マクロライド系薬 50%減
静注抗菌薬 20%減

<主な微生物の薬剤耐性率(医療分野)>

指標 2014年   2020年(目標値)
肺炎球菌のペニシリン耐性率 48% 15%以下
黄色ブドウ球菌のメチシリン耐性率 51% 20%以下
大腸菌のフルオロキノロン耐性率 45% 25%以下
緑膿菌のカルバペネム耐性率 17% 10%以下
大腸菌・肺炎桿菌のカルバペネム耐性率 0.1-0.2% 同水準

<主な微生物の薬剤耐性率(畜産分野)>

指標 2014年 2020年(目標値)
大腸菌のテトラサイクリン耐性率 45%* 33%*以下
大腸菌の第3世代セファロスポリン耐性率 1.5%*(G7各国とほぼ同水準) 2020年におけるG7各国とほぼ同水準
大腸菌のフルオロキノロン耐性率 4.7%*(G7各国とほぼ同水準) 2020年におけるG7各国の数値と同水準

*牛、豚及び肉用鶏由来の大腸菌の平均

真の目標は抗菌薬使用量の削減ではなく、「持続可能な感染症診療環境の整備」

ただし、“抗菌薬の使用量を3分の2に削減”と数値目標が見える化したことで、「これだけの薬を減らしてもよいのか?」といった批判も出てきますし、「薬剤耐性(AMR)アクションプラン」のゴールが「薬の使用の削減」「数値目標の達成」のようにみえてしまうといった懸念点も生じます。しかし、上述のような批判は本質的な批判であるとはいえません。なぜなら、このようなプランが作られた真の目的とは、持続可能な感染症診療の環境を作ることであり、本当のゴールとは感染症の患者さんが救われることにほかならないと、私たちは考えているからです。言うなれば、数値目標を設けたこのプラン自体が「プロセス」でもあるのです。

そもそも先進医療の根本を支えているのは抗生物質であり、抗生物質がなければあらゆる手術を受けることができなくなってしまします。たとえば免疫抑制剤を使用する移植手術では、抗生物質を投与しなければ免疫が低下した患者さんの感染症合併を防げません。

ですから、持続可能な医療環境を作るためには、30年後、40年後も使用できる抗菌薬がきちんと存在している必要があります。

「国を挙げて薬の使用を減らす」と聞くとネガティブな印象をお持ちになる方も少なくはないかもしれませんが、AMRは将来の医療にとって大きなリスクとなる問題であり、「薬剤耐性(AMR)アクションプラン」とは、皆さんの健康と安心のために行うものであるということを声を上げてお伝えしたいです。

「薬剤耐性(AMR)アクションプラン」の6分野をわかりやすく解説-国際感染症センターの関わり方

【1 普及啓発・教育】

ここまでにAMRの危険性を解説してきましたが、一般の方にこの問題を肌感覚で理解していただくのは難しいものと考えます。

「薬を飲むことがなぜいけないの?」「以前処方された手持ちの薬を、自己判断で使ってはいけないといわれるのはどうして?」-こういった疑問の声を耳にすることも多々ありますし、これが一般的な感覚であると感じます。

ですから私たちは専門家として、上記のような抗生物質の使用を繰り返しているといずれ効く抗生物質がなくなってしまうということを、一般の方にわかっていただけるよう工夫して説明していく必要があります。

【2 動向調査・監視】

日本にはどの抗生物質がどれだけ使用されているのか、耐性菌により何名の方が亡くなっているのかがわかるナショナルデータベース(NDB)が存在しません。これが「AMRの問題はわかりにくい」といわれる原因のひとつであると考えられます。

耐性菌による死亡者の増減などを見える化することで、AMR対策の必要性を視覚でわかっていただくことにも繋がるでしょう。また、薬の使用量を可視化する際には、専門家だけでなく様々な分野の人にとってみやすいものを作る必要があります。

【3 感染予防・管理】

3番「感染予防・管理」は読んで字のごとく、感染症の拡大を防ぐための院内の適切な予防と管理の実践を指します。院内感染対策に関しては既に日本全国の医療者間で意識が広がっており、この10年で院内感染は激減しました。

【4 抗微生物剤の適正使用】

「抗微生物剤の適正使用」は説明が難しい分野です。私はしばしば一般の方に対して「薬を使わなくていいシーンでは、使わないようにしましょう」という言葉を用いています。

医療者に対しては、プロセスを省かず正しい診断をつけること、原因となっている微生物を特定すること、その微生物に対して有効な治療薬を使うこと、とより細やかに説明しています。

なぜ抗微生物薬の使用を制限するのかを説明すると混乱を招きますが、「要らない場面では使わないこと」といった言葉は伝わりやすく、日本だけでなく各国でも同様の説明がなされています。

耐性菌による問題をわかりやすく伝える工夫-イギリスを例に挙げて

イギリスでは、英国政府主席医務官のサリー・デイビス教授が、一般の方向けの非常に読みやすい書籍“The drugs don’t work”を作っています。若い学生の方にもよめる平易な言葉を用い、AMRがなぜ脅威となっているのか、ストーリー性をもたせて解説している点が印象的です。

先にも述べたように、AMRは肌感覚では理解しにくい問題ですから、日本でもこのように手に取りやすい本などが必要だと感じます。一般の方に理解を深めていただくには心に響くようなストーリーが必要であり、WHOも物語を使った解説を行っています。たとえば、「Aさんは骨髄性発血症により移植を受けなければいけないが、耐性菌による感染症が手術を阻んでいる」といったドラマなどがあると、問題がわかりやすくなると考えます。

【5 研究開発・創薬】

新たな抗微生物薬の開発を行うには、金銭的な問題や国境を跨いだネットワークの必要性など様々な壁があり、企業レベルで行うには難しいものがあります。しかし、30年後、40年後も持続的に使える薬がなければ、医療の根本は揺らいでしまいます。

この問題を解決するためには、行政、アカデミア、グローバルファンドなど、様々な機関が多方向からのサポートを行っていかなければなりません。具体的にはアカデミアが臨床試験の一部を肩代わりして進める、行政は規制緩和や制度作りを行う、グローバルファンドから資金提供を受ける、といった協力が必要です。

【6 国際協力】

6番の国際協力こそ、当センターが主導的立場に立って行うべきものであると考えます。私たちはベトナムなどの経済・医療が発展している最中の国を訪問することが多々あります。こういった国では、医療機器は非常に高度ではあるものの、医療環境の整備が完成しておらず、高度な医療を支えるための院内感染対策がおいついてないという特徴が見受けられます。

この課題点を日本がサポートし、諸外国の感染対策がうまく回るように協力することが、今後の日本にとって重要になります。

国際協力の一義的な目的は、もちろん海外の患者さんを助けることです。私は医師ですからやはり患者さんに健康で幸せになっていただくことを大切にしています。

同時にこのような活動は、日本を国際的に信頼される国とすることにもつながります。

当センターには開発途上国の医療や保健衛生の向上を支援している「国際医療協力局」があり既に国外にフィールドがありますので、こういった利点を活かして開発途上国の人々の健康を守っていきたいと考えています。

「薬剤耐性(AMR)アクションプラン」の目標は実現可能?

2020年までに達成すべき数値目標は大きなもののようにみえますが、私は実現できるものと考えています。また数値だけでなく、国民の皆さんの意識も向こう数年で変わることと確信しています。

今から12年前の2004年に私が感染医として独立した頃には、感染症診療の方法論や院内感染対策に関する社会や医療現場での認知は低く、周囲の理解はなかなか得られませんでした。しかし現在ではその重要性は認知されるようになり、取り組みを理解・支援してくださる方々も増えています。

また、この10年かけて我々も経験を積みました。科学的な知見も積み上がってきました。メディアでの耐性菌に関する報道も増え、この問題が認知されるようになってきました。くわえて今回の「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」には、行政という非常に強いサポーターもついています。

ですから、抗菌薬の不適切使用に関し、日本全体から理解を得るためには、10年も要さないのではないかと自信をもってお答えすることができます。

AMRに関し、アジア地域においてリーダーシップをとるために

「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」には、国内対策の推進だけでなくアジア地域等における主導的な役割を日本が発揮すること、という目標も組み込まれています。アジアを中心に、医療分野に関する日本の貢献を期待している国が多いのは事実ですから、日本は自ら進んでその期待に応えられる役割を担う必要があるといえるでしょう。

医療先進国としてリーダーシップをとるにあたり重要なことは、今後日本の技術を使ってあらゆるものを開発していくとき、それが「アジアで作ることができ、アジアで使えるかどうか」を考えるということであると考えています。「日本だからできる」「日本の環境だから使える」ものでは、アジア全域で使うことは難しいといえます。

インドネシアでの経験から学ぶ-主導的立場としての望ましいあり方とは?

私はかつて、インドネシアの病院の先生方に対し、日本製のゲノムの手法を用いた微生物の迅速同定機器のプレゼンテーションを行った経験があります。その際に相手方の先生から受けたご指摘は、当時の自分に非常に強い衝撃を与え、今も自身の教訓として胸に刻まれています。その指摘とは「機器がよいことはわかる。しかし、インドネシアでは買えない。君の国の“スズキ”の車はなぜインドネシアでも流通しているのか、その意味を考えてみなさい。」というものでした。当時の私は、本当によい医療機器であれば受け入れてくれるだろうという浅い考えを持っていましたが、本当に求められているものはその地域で「普段使い」できるものなのです。

安く小さい車がなぜ諸外国で走っているのか、今こそ真剣に考えなければなりません。

より視野を広げ、職場などで使っている日用家電などを見渡すと、「低コストできちんと使える製品」が多いことに気がつきます。医療機器開発の際にもこういった発想が大切になるのでしょう。アジアで使うことができ、なおかつ日本国内においても役立つ両立性の高いものを開発しようという考え方が、真の意味で国内外の医療に貢献するために重要であると考えています。

大曲 貴夫

大曲 貴夫先生

国立国際医療研究センター国際感染症センター長・国際診療部長

国立国際医療研究センター国際感染症センター長。感染症一般の臨床や病院内外の感染防止対策、感染症に関する危機管理を専門とし、「中東呼吸器症候群(MERS)等の新興再興呼吸器感染症への臨床対応法開発のための研究班」研究者代表を務める。
常に国際的な視点を持ち、国を跨いだ世界各国の患者さんの診療に貢献する一方、感染症問題に関する正しくわかりやすい情報発信にも尽力している。

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