2014年8月、海外渡航歴のない方々のデング熱感染が報告され、代々木公園(東京都渋谷区)が封鎖されるなど、大きな問題となりました。防衛医科大学校防衛医学研究センター教授の加來浩器(かく・こうき)先生は、この年に公的機関から発表されたデング熱発生状況のデータを独自に分析し、「なぜ、代々木公園土着の蚊がデングウイルスに感染したのか」「デング熱を広範囲に広げないために、どのような対策が必要か」を考察されています。2014年のデング熱流行を振り返りながら、日本で国際的な感染症を流行させないためにできることをお話しいただきました。
2014年の夏、代々木公園(東京都渋谷区)を中心にデング熱の国内感染例が報告されました。私は公的に発表されているデング熱患者発生状況などの情報をもとに、独自にデータを解析し、以下のような考察を行いました。
最初の患者さんがデング熱を発症した2014年8月9日から、2014年10月31日までに、日本国内で感染したデング熱患者数は合計160名と報告されています。このうち発症日がわからない4例を除いた156例を、私は独自に第1波~第8波に分類しました。
第3波までは全例、代々木公園が感染地と推定されるものの、第4波では、新宿中央公園(東京都新宿区)や外濠公園(東京都千代田区)、さらには東京都外が推定感染地としてあげられています。
第1波の人がデング熱を発症するには、大前提としてその地に土着のデングウイルスに感染した蚊がいなければなりません。
デング熱の潜伏期間は、通常3日~6日です。このことから、8月9日に発病した最初の患者さんが蚊に刺されて感染した日(推定曝露日)は、8月3日~6日と考えられます。
蚊がデングウイルスの伝播能力を獲得するには8日~10日かかるため、代々木公園の土着蚊は、7月23日~25日にデングウイルスに感染した可能性が高いと推定できます。2014年7月23日~25日、代々木公園では多国籍の人々が集まるイベントが開催されていました。私は、このとき土着蚊がデングウイルスに感染している外国人の方を吸血し、国内感染が起きたのではないかと考えています。
代々木公園で行われたイベントのように、ある期間、ひとところに多くの人が集まることを「マスギャザリング」(※)といいます。国際的なマスギャザリングでは感染症が広がるリスクが高いことが知られており、対策の強化が必要です。
※マスギャザリングの定義(日本集団災害医学会)
一定期間,限定された地域において,同一目的で集合した多人数の集団
新宿中央公園と代々木公園で報告されたデング熱のウイルス遺伝子は同一であることがわかっていますが、ウイルスを媒介するヒトスジシマカは、双方の公園間を移動できる蚊ではありません。ヒトスジシマカは人を待ち受けて吸血するタイプの蚊であり、大体300m~500mほどしか飛ばないことがわかっています。そのため、公園間を移動したのは蚊ではなく、デングウイルスに感染した人であると推測できます。
新宿中央公園で代々木公園と同じウイルス遺伝子がみつかったことから、私は公園間を電車に乗って行き来することの多い都市部のホームレスの方々に対しても、蚊に刺されないよう対策を促す必要性があると感じています。
たとえば、集団生活の場ではインフルエンザの感染防止のためにマスクが配布されることがあります。また、性感染症の啓発と対策のために、若い方を対象に避妊具が配布されることもあります。蚊が媒介するウイルスに感染するリスクが高い人たちに対しては、虫除け剤などを配布するといった支援の方法もあると考えます。
第6波では、静岡県居住の方のデング熱感染(推定感染地不明)が報告されています。この患者さんから検出されたデングウイルス遺伝子は、代々木公園を中心に流行したデング熱のウイルスとは異なるものであることが判明しています。
一方、第9波では推定感染地が兵庫県とされる感染例が報告されており、こちらはウイルス遺伝子が代々木公園のデングウイルスと同一のものであったことがわかっています。
ヒトスジシマカは先述の通り、長距離移動をできる蚊ではありません。このことから、兵庫県の患者さんがお住いの地域に、代々木公園などでデングウイルスに不顕性感染(症状が現れない感染)した人がおり、土着の蚊を感染させていたことが推測されます。さいわい兵庫県でデング熱が流行することはありませんでしたが、デングウイルスに感染した方のうち約8割の症状が現れない方がデング熱の感染源となり得ると、改めて明示された事例であると考えます。
デング熱などの感染症には、無症状の潜伏期間があります。そのため、海外でウイルスに感染したとしても、日本の空港に到着した時点では発病しないことが多く、いわゆる「水際対策」は困難といえます。そのため、日本国内でデング熱などを広げないためには、海外に渡航された方の、帰国後の心がけが最も重要だと考えます。海外旅行や出張などから帰国した後に熱が出た場合は、ぜひ早期に病院を受診してください。
デング熱など、日本にはみられない国際感染症を診断する一番の決め手は「渡航歴」です。受診した病院では、訪れた国の名前を正確に伝えるよう心がけてください。複数の国に訪れた場合は、必ずすべての国名を医師に伝えてください。
韓国では2015年にMERS(中東呼吸器症候群)が大きな流行を巻き起こしました。このときの初発患者さんは、最初に受診した病院で全ての渡航先を伝えていなかったことがわかっています。
この患者さんがMERSの診断を受けたのは3件目の病院でした。3件目の病院では、患者さんが伝えた渡航先のなかにMERSの流行国が挙がっていたため、診断に至ったといわれています。
もちろん、医療者が渡航先を必ず聞くことも極めて重要です。たとえば、インフルエンザの流行シーズンに受診された患者さんのなかには、季節型のインフルエンザではなく、国外からもたらされた鳥インフルエンザに感染している人もいるかもしれません。医療者は、このように、万が一のケースを想定して問診を行なうことが大切です。
私自身も、問診時には以下の3点を必ず伺うよう、習慣づけています。
【国際的な感染症を見逃さないための質問項目】
ぜひ、参考にしてください。
最後に、一般の方に向けて、病院を受診した後に症状が変わったときは、異なる病院を受診しないで欲しいとお伝えします。
たとえば、下痢でかかりつけ医を受診し、その後血便が出た場合、「薬が効かなかったに違いない」と考え、異なる病院を受診される方もいらっしゃるでしょう。しかし、これでは通常の下痢ではない何らかの病気が起こっていることに、病院側が気づくことができなくなってしまいます。
感染症の流行を防ぐためには、早期の封じ込めが何より大切です。病状が変わったときや、処方された薬で十分な効果が得られないときには、ご自身の状況を最もよく把握している病院にもう一度行っていただきたいとお願いしたいです。
この記事は海外在留邦人のサポートをされているJAMSNET様よりご提供いただいております
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