インタビュー

マルファン症候群の診断と治療―遺伝子検査の必要性とは?

マルファン症候群の診断と治療―遺伝子検査の必要性とは?
武田 憲文 先生

東京大学医学部附属病院循環器内科学

武田 憲文 先生

この記事の最終更新は2017年10月11日です。

結合組織の異常によって大動脈や骨格、眼、肺に障害をもたらす遺伝性疾患、マルファン症候群。遺伝子検査や既往歴、家族歴によって確定診断に近づくことが可能ですが、なかには検査の結果陰性と判断されるケースもあります。しかし、本疾患で大事なことは確定診断をすることではなく、実際にあらわれている種々の症状(動脈瘤側弯症、水晶体偏位、胸郭変形など)を継続的に管理し、患者さんのQOL(生活の質)を低下させないためのフォローを続けていくことだといいます。引き続き、東京大学医学部附属病院循環器内科の武田憲文先生に、マルファン症候群の診断と検査、治療法、定期検診の重要性をご解説いただきます。

2017年現在は、2010年に改定されたGhent基準に従ってマルファン症候群の診断をしています。

1999年以前の旧基準と比べて、大動脈疾患、水晶体偏位、FBN1遺伝子変異が診断根拠として重要視されていることが特徴です。この他の特徴的な症状(詳細は記事1『マルファン症候群とはどんな病気か?』)は「全身スコア」として点数化され、全身スコアが7点以上の場合は主要3項目と同様に診断根拠のひとつとして換算されるようになります。

マルファン症候群

マルファン症候群の全身スコア(2010 Ghent)

心エコー検査(僧帽弁逸脱、大動脈基部拡大)、CT検査(全身の大動脈瘤、硬膜拡張)、骨X線検査(側弯、後弯、寛骨臼突出)、眼科的検査(水晶体偏位)、遺伝子検査が主な検査になります。

ただし、最初から全ての検査を行う必要はありませんし、特に小児の場合には症状が出揃っておらず、診断基準を満たさない場合でもマルファン症候群を否定することが難しいケースがあります。

遺伝子検査の結果が陰性であっても、その後の管理が不要とはいい切れません。大事なことは、マルファン症候群かどうかの判定を急ぐことではなく、通常の検査結果から病気の可能性がある場合にはフォローを継続して、その後に病状が悪くならないかどうかの確認を怠らないことだと思います。

マルファン症候群の患者さんの約1~2割で、既知の原因遺伝子上に変異がみつかりません。特定の原因遺伝子上の変異の有無にかかわらず、臨床的に動脈瘤側弯症などがある場合には定期的なフォローが必要です。ですから、特定の遺伝子検査の結果が陰性で診断基準に該当しない場合でも、マルファン症候群やその他の病気の可能性が残る場合には、定期的に外来に通院して必要な検査を継続することが大切なのです。

明確に指定することは難しいです。幼少時にマルファン症候群特有の症状を発症して診断される場合もあれば、成人で診断基準に至らないものの、臨床的にはマルファン症候群に準じたフォローを続けた方がよい患者さんもいます。

当院に来られる患者さんの場合、家族歴があれば小学校入学のタイミングで検査を希望されるケースが多いように感じられます。症状がなくても部活などで本格的なスポーツを始める前には、動脈瘤や側弯症、目の検査をしておくことをお薦めしています。中学・高校生で、運動部で活躍されている場合などは、その途中で診断確定に至っても学校生活や運動の制限を本人が受け入れてくれないケースもありましたので、本格的な運動競技を始める前に必ず確認をお願いしたいと思います。

繰り返しになりますが、最も大切なことは通院を続けていただくことです。

マルファン症候群は全身のさまざまな系統に障害が出る遺伝性疾患で、根治は望めません。ただし、症状がなくても適切な時期に適切な処置をすることで、将来の障害に伴うQOL(生活の質)の低下を減らしていくことができます。定期的なフォローを受けていただくことで、そうした疾病管理ができるようになってきた疾患だろうと考えます。

動脈瘤に対する外科的手術が発達する1970年代以前までは、マルファン症候群の患者さんの平均寿命は30歳代といわれていました。2017年現在も、急性大動脈解離で入院されたマルファン症候群の患者さんの多くは20~30歳代で、ほとんどの方が医療機関に継続して通院していません。このような方に事情を伺うと、多くの場合は家族歴があるか、水晶体偏位や側弯症気胸などで過去に医療機関を受診した経緯があるようです。しかし、親元を離れた、社会人になり一人暮らしを始めたなどのタイミングで、通院が途絶えてしまっていたのです。通院を続けていれば、適切なタイミングで外科的手術をすることができ、この結果大動脈解離突然死という最悪の事態を防ぐことができたかもしれません。

ですから、お子さんがマルファン症候群の可能性がある場合、親御さんも私たちとともに通院の重要性をしっかりと伝えていただきたいと思います。

女性の場合、妊娠後の定期検診で、家族歴や特徴的な体型からマルファン症候群を疑われる場合も多く、そのときには動脈瘤がすでに大きくなっているケースもみられます。マルファン症候群の患者さんのなかには結婚や妊娠を躊躇してしまう方もいらっしゃるのですが、動脈瘤が大きければ事前に外科的手術を受けるなどして、容体管理を続けていけば妊娠・出産は可能です。 不安を抱えた状態で当院にいらっしゃる患者さんも、しっかりと管理を続けていくことでQOL(生活の質)や家族とのライフイベントを充実させることができる旨をお伝えすることで安心される場合が多いです。

男性は女性よりも体型が大きいこともありますが、動脈瘤も大きめでみつかることが多いです。実際、手術や動脈解離に至る年齢も男性のほうが若いです。定期通院がない場合、通常の健康診断の範囲では発見が難しいので、20-30代で解離を起こして診断されることも少なくありません。遺伝要素や体型からマルファン症候群が疑われる方に対して、周囲から精密検査を受けるよう促していただくことも大切です。私たちの外来でも、紹介受診された患者さんが実際にマルファン症候群である割合は半数程度かもしれませんが、検査を受けてみることは悪いことではありません。家族歴もなく体型だけで疑われて受診され、巨大な動脈瘤がみつかった場合も少なくありません。

マルファン症候群による大動脈瘤で一番問題となる部位は、心臓から出てすぐの大動脈で、大動脈基部とかバルサルバ洞部と呼ばれています。予定手術では、この拡大した動脈部位を人工血管に置換することで、致命傷となりうる急性上行大動脈解離の発症を未然に防ぎます。

従来の手術では、心臓と大動脈の間にある弁(大動脈弁)も同時に機械弁に取り替える必要がありました(ベントール手術など)。しかし、機械弁は金属であるために、この治療後は血栓を予防する目的で抗凝固薬(ワルファリンカリウムなど)を生涯に渡って服用することが必要でした。ワルファリンカリウムを継続服用することで、胎児への催奇形性(女性の場合)や易出血性などの問題から妊娠や日常生活に様々な支障が出る場合が多かったです。

2017年現在は、予定手術の場合は、自分の大動脈弁を温存して、大動脈部分のみを人工血管に取り替える手術(自己弁温存大動脈基部置換術:デービッド手術やヤクー手術など)が一般的になっています。この方法では、術後長期にワルファリンカリウムを服用する必要がありません。ただし、この方法は、予定手術でも動脈瘤が大きすぎたり、急性上行大動脈解離で緊急手術が必要になったりするケースでは難しいことがあります。その意味でも、きちんと管理をして予定手術を受けることが大切です。

2017年現在、大動脈基部の動脈瘤が45mm程度になった患者さんに対して手術をお薦めしています。40mm以上の動脈瘤は、より慎重なフォローアップを必要とする状態ですので、側弯症など他の手術を予定する場合や妊娠を希望する場合、40mm以上であれば大動脈瘤の手術を優先して受けていただくこともあります。また、ロイス・ディーツ症候群の場合には、大動脈瘤が小さくても破裂しやすいことが知られているため、40mm以上で手術適応としています。

人工血管置換術のほかにも、漏斗胸や側弯症、僧帽弁逸脱症、水晶体偏位、気胸なども手術での対応が可能です。漏斗胸や僧帽弁逸脱症が中等度以上の場合、大動脈基部置換術の際に同時に手術を行うことも可能です。また、気胸も再発することが多いので、肺尖部のブラ(袋状に広がって破れやすくなった部位)を内視鏡的に切除します。

側弯症が悪化すると、将来的に患者さんのADL(日常生活動作)とQOL(生活の質)の低下に直結してきますので、整形外科と連携の上で適切な時期に装具の使用や手術を検討していただきます。

薬物治療としては、b遮断薬やアンジオテンシンII受容体拮抗薬などの降圧薬を服用していただきます。マルファン症候群は、血圧が高くなくても動脈が大きくなってしまう病気ですので、目標値は通常の高血圧患者さんが目指す数値ではなく、今の自分の血圧よりも少しでも下げることが目標です。中学生や高校生では、血圧が80mmHg程度の患者さんも多いですが、それでもふらつくことがなければ降圧薬を服用してもらっています。

血圧が持続して上昇していることがないように、衝突や外傷性に胸部や眼球などが傷つくことがないように、生活指導や運動制限を行うことも大切です。中学・高校生の患者さんには、体同士やボールとの強い接触が避けられない部活動(サッカー、バスケットボール、バレーボール、武道など)や体育での持久走などは避けていただくように指導しています。軽く楽しむ程度のレクレーションや練習までは大きく制限していません。

また、マルファン症候群の患者さんは、歯列が悪くむし歯になりやすいことも知られています。通常、歯科矯正治療は全額自己負担ですが、マルファン症候群の場合は歯科矯正治療が保険適用となっていますので、お困りの方は矯正治療を受けることを検討されるとよいでしょう。

素材提供:PIXTA

普通の生活を送る成人

2017年現在は外科的治療が発展し、長寿を全うする患者さんも多くおられます。ただし、長寿化に伴う問題点が顕在化していることも見逃してはいけません。

主な問題は、多発する動脈瘤・解離や骨障害(側弯症など)の進展です。これらの症状はQOL(生活の質)を著しく低下させますので、一生涯に渡って動脈と骨障害のチェックが必要です。

循環器系の診療科のみに通院している場合、胸部のチェックはできていても腰部にまで及ぶ骨障害の進行の発見が遅れてしまう場合もあるようです。患者さんも、違う病気に伴う症状だろうと思って話さないでいることが多いようです。

若い頃は痛みを感じることは少ないのですが、マルファン症候群の側弯症の進行が早く、40~50歳代で腰痛を自覚するようになる方も多いです。元気に長生きしていただくために、一生涯に渡って大動脈と骨障害のチェックを忘れないでください。

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