骨、関節、筋肉、神経など自分の体を自由に動かすための組織を運動器と呼びますが、この運動器に障害が生じることをロコモティブシンドロームと総称します。具体的には、移動能力が低下し、日常生活で人や道具の助けが必要になっている状態と、その一歩手前の状態をロコモティブシンドロームと呼びます。ロコモティブシンドロームは、「寝たきり」や「要介護」の主要な原因としても知られています。
実は非常に身近なロコモティブシンドロームについて、ロコモアドバイスドクターとして活躍されている北里大学医療衛生学部リハビリテーション学科および大学院医療系研究科整形外科学教授 高平尚伸先生にお話をお伺いしました。
ロコモティブシンドロームは「運動器の障害」ともいわれ、骨、関節、筋肉、神経など体を動かす役割を持つ「運動器」に障害が起こり、「立つ」「歩く」などの基本的な動作が難しくなってしまう状態や、その一歩手前の状態を指します。
類義する言葉として「サルコペニア」が挙げられることが多いですが、こちらは加齢による筋肉(骨格筋)の衰えを指します。ロコモティブシンドロームはサルコペニアより広い概念であり、加齢による筋肉の衰えに加え、骨や神経の衰えも症状に含まれます。
また、このロコモティブシンドロームに心の障害(うつ等)や社会的な問題(閉じこもり、独居、老老介護等)などが加わると「フレイル」という異なった概念となります。つまり、フレイルはロコモティブシンドロームより広い概念です。
ロコモティブシンドロームは「ロコモ」と略され、2007年当時東京大学医学部整形外科学教授で現在国立障害者リハビリテーションセンター自立支援局長の中村耕三先生によって提唱されました。2013年には、厚生労働省が作成した第2次「健康日本21(21世紀における国民健康づくり運動)」で、ロコモティブシンドロームを国民の健康に対する課題として取り上げています。
ロコモティブシンドロームの日本での認知度は2012年に17.3%で、2013年には23%でした。およそ4人に1人が知っている計算です。「健康日本21」では、これを2022年までに80%にすると目標を掲げています。実際に私が最近講演を行う際などに伺うと、参加者の半分以上の方が「ロコモを知っている」とおっしゃるので、かなりよい具合に浸透してきているのではないでしょうか。
ロコモティブシンドロームの概念の元になっているのはみなさんご存知の「メタボリックシンドローム」です。メタボリックシンドロームが「メタボ」と呼ばれるのと同じように、ロコモティブシンドロームを「ロコモ」と呼び、一般の方にも親しく知っていただきたいという思いがあります。両者ともある意味では生活習慣病です。
現在50歳以上の方の半数がロコモの可能性があるといわれており、ロコモティブシンドロームはもはや国民病になりつつあるといえます。メタボもロコモも正しい知識を身につけ、症状が現れる前に早めの対策を講じることが重要です。
ご存知の通り、骨は身体を支え、運動の基盤となっている重要な存在です。骨折すると回復に時間がかかり、その間の行動に不自由が生じてしまいます。
ロコモによる転倒骨折を防ぐには、以下2つのことが重要です。
・筋肉をつけて転ばない身体をつくる
・骨を強くして、転んでも骨折しない身体をつくる
高齢化が進むと女性を中心に、骨の密度が低くなり、骨折しやすくなる「骨粗しょう症」になる方が増えていきます。骨粗しょう症の患者さんの中には骨折を恐れて、身体を動かさなくなってしまう方もいらっしゃるのですが、これは運動機能をさらに低下させるため注意が必要です。
よくある例としては、整形外科に行った際に医師から「転んだら骨折して寝たきりになるから、転んではダメだよ」と脅かされ、外出が怖くなり、ほとんど身体を動かさなくなってしまうといったことがあります。
本当に転んだら寝たきりになってしまうのか、と聞かれればそうとは限りません。人工関節を入れるなど手術も視野に入れ、その時々にあった正しい治療を行えば、また歩けるようになることもよくあります。このような正しい治療方法と知識を伝えていくことも整形外科医の役目だと思っています。
確かに骨粗しょう症には「ドミノ骨折」といって、1つの骨折が起きると立て続けに他の箇所でも骨折する可能性が高まります。たとえば、背骨が折れると頸部骨折(太ももの付け根部分が骨折してしまうこと)のリスクが3〜5倍上がることが学会の調査でわかっています。ですから、もちろん早め早めの治療が大切です。
整形外科では、骨の状態を調べることができます。またもちろん治療も充実しており、且つ治療方法の90%は手術をしないものに集約されます。骨粗しょう症は薬で対策できますし、関節症もヒアルロン酸の関節内注射で治療できます。まずは、ご自身の現在の状態を把握するためにも、医師に相談することをお勧めします。
ロコモは運動機能の低下を予防し啓発するために広められていますが、そのほかにロコモにならない生活を意識することによって、姿勢を美しくできるというメリットもあります。以前「悪い姿勢から学ぶ理想的な姿勢とは?」という記事でも述べましたが、ロコモにおいても姿勢の概念が非常に重要です。
アンチエイジングというと顔の美しさや若々しさを重視する傾向がありますが、姿勢にもアンチエイジングがあると私は思っています。どんなに顔が美しく整っていても、背骨が曲がってしまい、美しく立っていられなければ、不恰好に見えてしまいます。
また、見た目の問題だけでなく、実際に元気に歩いたり動いたりできると、それだけでもアンチエイジングにつながります。その理由のひとつは、外に出かけられるようになると、外見にも気を配るようになるからです。
私は人工関節の手術を行っており、それまで歩けなかった方が歩けるようになる姿を何度も見ていますが、歩けるようになり、積極的に外出するとそれだけで風貌も見違えるくらいに変わります。手術してから数ヶ月後に診察に訪れる患者さんにお会いすると「どなたですか?」というくらい若返っていて驚くことがあります。ロコモを通じて自由に動ける身体を維持することで、いつまでも美しく若々しく過ごすことができるのではないでしょうか。
2000年、小泉内閣の時代に介護保険が施行され始めました。これは高齢者が住み慣れた地域で尊厳を保って暮らすために用意されたものです。しかし、この制度が導入されて以来、要介護の高齢者が増加し、介護保険の費用が膨張しています。また、介護職に従事してくれる若者がこの先もっと不足することも明らかで、要介護人口を食い止めることは日本のとても大きなミッションです。
そんな中、寝たきりを含むロコモ、運動器の障害は要支援・要介護の原因の第1位といわれており、ロコモ対策がより重要になっているのです。
先にお伝えしましたが、ロコモティブシンドロームは実際に動けなくなってしまった方だけでなく、動けなくなる一歩手前の方も指します。そういった方は自分の状況に気づかず見過ごしがちですが、放っておくと当然運動器に障害が現れてきます。膝の関節症や、骨粗しょう症による骨折を起こし歩けなくなってしまい、車椅子生活を余儀なくされることもあります。
このようにひとつでも運動器に障害が起きると、外出がより億劫になり外に出なくなってしまいます。外に出なければ身体を動かす機会も減り、さらに運動機能が低下していきます。このような悪循環に陥って最終的には寝たきり状態になってしまうのです。
人生の最期までピンピンしていてコロッと亡くなる「ピンコロ人生」という言葉を聞いたことはありますか?長野県にはピンコロ地蔵という地蔵もあり、ギリギリまでやりたいことをやって楽しく生き、最期は苦しまずにすんなりと亡くなることは古くから望まれていた人生の形です。近年は人生の中で活発に動ける期間のことを「健康寿命」と呼んでいます。
「平均寿命」とは、人が生まれてから死ぬまでの歳月、つまり年齢を指しますが、近年ではそれに加えて「健康寿命」という概念が重んじられています。これは、人が活動的に動ける間の歳月、つまり老いて寝たきりになる前までの期間のことを指します。
逆に、平均寿命から健康寿命を差し引いた年数がいわゆる寝たきりで過ごす期間です。現在、この寝たきりの期間は平均して男性で9年、女性で13年です。
ここ数年の推移を見ると、健康寿命も平均寿命も一律に伸びているので、その差が縮まっておらず、寝たきり状態を経験する高齢者が一定数変わらずにいる状態が続いています。私たち医師は寝たきり状態をなるべく縮め、健康寿命を伸ばしていきたいと考えています。
健康寿命が延びると、当然ですが人は健康でいられる期間が長くなります。これは当人だけでなくその家族の生活の質を上げることにもつながります。要介護の方が家族の中にいると、家族にとっても生活の負担になってしまうからです。私はロコモの認知度を高め、正しい予防方法を1人1人がしっかりと行い、高齢者が寝たきりにならず人生を最期まで目一杯楽しめる環境づくりに貢献したいと考えています。
北里大学 大学院医療系研究科臨床医療学 整形外科学 教授、北里大学 医療衛生学部リハビリテーション学科理学療法学専攻 教授
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