“狭心症”は全身に血液を供給する心臓の冠動脈が狭くなることで、心臓自体の酸素や栄養が不足する病気です。狭心症が進行し冠動脈が完全に塞がると“心筋梗塞”となり、血流がなくなった部分の心臓の筋肉が壊死(組織が死滅すること)して命に関わる危険な状態になります。このような虚血性心疾患(狭心症・心筋梗塞)を初期段階で発見するためには、どのようなことに注意すればよいのでしょうか。
今回は、医療法人伯鳳会 東京曳舟病院 循環器センター・循環器科 部長である唐原 悟先生に、虚血性心疾患の原因や症状、診断のための検査法、早期発見のためにできることについてお話を伺いました。
24時間休むことなく動いている心臓には、“冠動脈”といって心臓を動かす筋肉(心筋)に酸素や栄養を供給する血管があります。この冠動脈が何らかの理由で狭くなってしまい、一定の条件のもとで心臓が酸素不足に陥ることで、心臓が悲鳴をあげている状態を狭心症といいます。
このような状態になる一定の条件とは、血圧や心拍数が上がるといった心臓に負荷のかかる状況になることです。具体的には階段を上がる、早歩きをする、重い荷物を持つなどの行動が考えられます。通常であれば問題ない動作でも、冠動脈が狭くなった状態だと酸素不足に陥ってしまうのです。
そしてさらに病態が悪化して、冠動脈が完全に閉塞することで血液がまったく流れなくなると、詰まった血管の先で心筋細胞が壊死してしまう心筋梗塞へと病名が変わります。このように、冠動脈に血流障害が生じる病態を総称して虚血性心疾患といいます。
日本では、1985年から1990年代半ばぐらいまでは食事などの生活習慣が欧米化したことも影響し、虚血性心疾患の患者さんが急速に増加しました。その後、1995〜2014年の20年ほどはほぼ横ばいとされていますが、虚血性心疾患のリスク因子といわれる血圧水準、喫煙率は大きく低下する一方、脂質異常症や耐糖能異常が大幅に増加しているので今後も慎重な観察と分析が必要だとされています。
我が国では、虚血性心疾患の患者さんは分かっているだけでも約70万人以上(2017年時点)とされており、実際にはもっと多くの方が患っていると考えられます。また、日本人の死因のうち約5%が虚血性心疾患とされています(2020年時点)。
男性の発症率は女性より高いのですが、閉経後は女性の発症率も上昇するとされています。
虚血性心疾患の主な発症原因は、動脈硬化*です。動脈硬化は高血圧症や脂質異常症、糖尿病などの病気や、運動不足、飲酒、喫煙習慣などの生活習慣によって生じやすいとされています。
遺伝が原因で発症するケースもあるといわれていますが、私は家庭で培ったライフスタイルも発症に大きく関係していると考えています。いわゆる“お袋の味”は塩分が多く、脂っこい食事が多ければ、そのご家族も同じ味の好みになりやすいのです。
*動脈硬化:動脈の壁が硬くなることで弾力性をなくした状態。
虚血性心疾患では、主に胸の苦しさや痛みを感じる患者さんが多いのですが、誰にでも同じ症状が出るわけではありません。個人差が大きく、患者さんごとに異なるといえるでしょう。
狭心症の場合ですと、一般的には血圧や心拍数が上がるような状況で症状が現れやすくなります。たとえば階段を上がると胸が苦しくなるという方は、走ったり、自転車を漕いだりといった運動で同じように苦しくなり、安静にしていると楽になるといった症状の再現性を認めます。症状が出ている時間も個人差が大きいのですが、運動開始から5~10分程度で症状が現れ、少し休むと楽になるという方が比較的多くみられます。また、歩き始めに胸が苦しいという症状が現れるものの、しばらく歩き続けていると苦しさが楽になったと感じるような症状の出方をすることもあります。
ところが、急性心筋梗塞に至ってしまうと症状は突然始まり、心筋が壊死していく過程中の数時間持続することもあります。
痛みが生じる場所は、左胸や左肩、左腕、左側の顎や歯などが多い傾向にあります。これは関連する場所に痛みが出る“関連痛”と呼ばれるもので、虚血性心疾患の発作が起こった際に痛みを感じる神経節が、肩や歯の神経節と近いところにあるため脳が誤認識して起こります。
症状の感じ方にも個人差があります。胸部の痛みや圧迫感を感じる方が比較的多いのですが、心臓を握られているような感覚や心臓の拍動を強く感じるといった方もいれば、ほとんど気付かなかったという方もいらっしゃいます。よって、一般の方が症状だけで虚血性心疾患の発作という確証を得ることは難しいかもしれません。
狭心症と心筋梗塞は、冠動脈の血流障害という点では発症のしくみが非常に似ています。
しかし、心筋に及ぼす影響は大きく異なります。狭心症は血流が悪化したものの、まだ心筋が生きている状態ですが、心筋梗塞は冠動脈が閉塞して血液が流れなくなってしまう状態なので、詰まった血管の先で心筋細胞が壊死してしまいます。
心筋細胞が壊死すると、元の状態には回復しなくなるので、心臓の機能が大きく低下します。また、心筋梗塞に至ると生命を脅かす合併症(心不全、致死性不整脈や心破裂など)を併発しやすくなります。
狭心症には徐々にプラーク(脂質成分の塊)が増殖し、狭窄が進行していく “安定狭心症”と、急激にプラークが増殖し破綻しやすくなる“不安定狭心症”があります。
不安定狭心症と急性心筋梗塞は、ともに急激に進行した不安定プラークが破綻しており、その結果が“完全に詰まったのか”あるいは“流れているか”の違いだけです。よって、病態が似ているのでこれらを急性冠症候群(ACS)と総称して、同じ緊急性のあるカテゴリーと判断しています。
また、安定狭心症だった患者さんが不安定狭心症になる場合もあります。プラークが進行していくことで、より血管の内腔が狭くなり今までより比較的軽い運動でも症状が出やすく、持続時間も長くなるのです。不安定狭心症に至ると運動だけではなく、食事を取るなどのちょっとした行動、早朝や寒さなどの環境因子によっても誘発されやすくなります。このようなサインが出た場合は早めに医療機関を受診してください。
狭心症は、発症していても患者さんご本人が気付かない場合があります。特に高齢の方の場合は、加齢によるものと症状を見過ごしてしまうことも多いようです。運動に関連して同じような症状が何度も現れる場合には、早めに医療機関を受診していただきたいと思います。
一昔前は高齢者に特有の病気というイメージでしたが、最近では30歳代、40歳代で虚血性心疾患を発症することも珍しくありません。高血圧症や脂質異常症、糖尿病、運動不足・飲酒・喫煙習慣などの生活習慣病のリスクをお持ちの方は、以前より早く疲れを感じる、運動すると苦しくなるといった症状が出ていないかということを思い返してみてください。該当するような症状があれば、早期の受診をおすすめします。
私が出会った患者さんの中から、典型的なケースを1つご紹介したいと思います。70歳代の男性で、高血圧症と高脂血症を健康診断で指摘されるも未治療のままでした。昔はテニスの国体選手の経験もあり体力には自信があったそうです。
半年前から、今まで日課にしていた散歩中に胸が重くなる感じを認めていたのですが、休むと楽になるので「年齢のせいだろう……」と考えていたそうです。1週間前ぐらいから、今までより休憩なしで歩ける距離が短くなって、トイレで排便時にも同じ症状が出現するようになったのです。
ある朝、突然に胸の圧迫を感じて目が覚め、1時間たっても症状が取れないので救急車を要請されました。病院に到着して受けた診断は急性心筋梗塞だったのです。
先ほどの私の話からも、上記のケースでは病気に気付けるヒントがたくさん隠れています。「自分にも当てはまるかも……」と思う方もいらっしゃるのではないでしょうか。
狭心症を疑う場合は、主に以下のような検査を実施します。
狭心症の場合、症状が現れていないときに心電図を確認しても変化がありません。そこで、症状が現れている状況を再現するために、運動負荷を行います。トレッドミル(ベルトコンベアのようなもの)を用いて心臓に負荷をかけて血圧や心拍数を上げ、心電図の変化を確認します。
心筋シンチグラム検査とは、放射性同位元素を体内に注入し心筋への取り込み方を計測する検査です。狭心症の症状がある心臓の血管は狭くなっており放射性同位元素の取り込みが少なくなるため、どの箇所の血流が悪くなっているかを評価できます。ただし、血管が細い場所が何か所もあると検査結果からすぐに判断できないこともあるでしょう。
近年はCT機器が進化し、ごく短時間で心臓の断面を撮影できるようになりました。造影剤を体内に注入して撮影し、3D画像で確認できます。心臓カテーテル検査ほどの精度はなく、被ばく線量と造影剤の量が増えてしまうのが難点ですが、入院の必要がなく動脈硬化の状態も分かる点がメリットといえます。
冠動脈造影(心臓カテーテル)検査は、足の付け根や手首などの動脈からカテーテルという管を入れ、心臓の冠動脈まで進めて造影剤を注入し、X線で連続撮影(動画撮影)する検査です。この検査では冠動脈の内側だけを造影剤で染めて動画で確認するので、より正確に冠動脈内の状況が評価されます。カテーテルを抜いた後は動脈止血のため数時間の安静が必要ですが、当院の場合、検査時間は5~10分、患者さんの体にカテーテルが入っている時間は実質5分ほどです。
当院では、まずは患者さんの負担が少ない上記の冠動脈CT検査を行うケースが増えています。ただし、問診などで狭心症の可能性が高いと判断される場合は、冠動脈造影検査を先に行うこともあります。どの検査にもよし悪しはありますが、いずれにせよ重要なのは心筋梗塞を起こす前に、狭心症の段階で早期発見することです。
医療法人伯鳳会 東京曳舟病院 循環器センター・循環器科 部長
唐原 悟 先生の所属医療機関
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