インタビュー

筋ジストロフィーのエクソン・スキップ治療

筋ジストロフィーのエクソン・スキップ治療
西野 一三 先生

独立行政法人国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 疾病研究第一部 部長

西野 一三 先生

この記事の最終更新は2016年03月27日です。

筋ジストロフィーでもっとも多くみられるデュシェンヌ型筋ジストロフィーは、筋繊維の膜にあるジストロフィンというタンパク質の遺伝子変異が原因となって筋力低下が起きる病気です。タンパク質に翻訳される遺伝情報の一部をスキップすることで、正常に近いジストロフィンタンパク質を発現させるという手法で開発された治療薬が注目を集めています。独立行政法人国立精神・神経医療研究センター神経研究所で疾病研究第一部の部長を務めておられる西野一三先生に、エクソン・スキッピングについてお話をうかがいました。

デュシェンヌ型筋ジストロフィーの鍵となるジストロフィン遺伝子には79個のエクソンがあります。エクソンとは遺伝子の塩基配列のうち、タンパク質を合成するための情報を持っている部分をいいます。これに対して情報を持たない塩基配列をイントロンといい、エクソンはイントロンによって分断されています。遺伝情報を持たないイントロンが外されてこのエクソンが繋がり、翻訳されてタンパク質ができるわけですが、これはその一部を拡大した模式図です。

たとえばエクソン49-50-51と横につながっている中で、エクソン49の最後はコドンという3個1組の遺伝暗号の単位がちょうどきれいに終わっていて、エクソン50の最初は次のコドンから始まっています。ところがエクソン50の最後はコドンの3つあるうちの最初のヌクレオチド(核酸)で終わっていて、あとの残りの2つはエクソン51の最初にコードされているという構造になっています。つまり、イントロンが外されてエクソン50とエクソン51が合わさり、初めてひとつのコドンができることになります。

筋ジストロフィーの患者さんには、エクソン51が欠失しているタイプの方がいます。するとエクソン50にはコドンの3個1組のうちひとつしかありませんから、エクソン50から52に繋がったときに、順番に読んでいくとそこで読み枠のずれが生じます。遺伝情報がうまく読まれないためにこの部分にストップコドン(翻訳過程を終止させるコドン)が入り、遺伝子の転写産物であるメッセンジャーRNA(mRNA)が不安定なためタンパク質ができないということになります。これがデュシェンヌ型筋ジストロフィーのメカニズムです。

一方で、エクソン50と51の2つが欠失している患者さんがいます。エクソン50は先に述べたように最初のコドンから始まるのですが、エクソン51の終わりを見るとこれもちょうどコドンで終わっています。では、この2つのエクソンが抜けるとどうなるかというと、エクソン49と52がくっついて、もちろん一部なくなってはいるのですが、読み枠のずれは起こりません。正常なジストロフィンタンパク質に比べるとその一部が短縮するものの、機能を保ったジストロフィンタンパク質が発現します。

これは軽症型と呼ばれるベッカー型筋ジストロフィーと同じ状態です。この部分が抜けているベッカー型筋ジストロフィーの患者さんは非常に症状が軽く、70歳ぐらいになっても支障なく歩ける方がいます。エクソン50だけが欠失している患者さんで、もしエクソン51も読み飛ばすことができれば症状が軽くなるのではないかと考えたのがエクソン・スキッピングなのです。

エクソンの中には必ずエクソンであることを認識させるための配列があり、これをESE(exonic splicing enhancer)といいます。アンチセンス核酸と呼ばれる短い合成核酸を使ってこのESEをマスクしてしまうことで、その部分がエクソンであると認識されなくなって、mRNAが翻訳する際に読み飛ばされてしまうのです。実際、条件付きながらデュシェンヌ型筋ジストロフィーに対する治療薬として、2016年9月に米国でエクソン51スキッピング薬が初めて承認されました。

この手法では当然のことながら、エクソン50がない方だからこそエクソン51をスキップすることが有効なのであって、まったく別のところのエクソンがないタイプの患者さんには効果がありません。つまり患者さんを選ぶということであり、デュシェンヌ型筋ジストロフィーの患者さん全員に有効な治療法というわけではありません。このような治療はテーラーメイド・メディスンと呼ばれます。

エクソンをスキップすることでどれくらいの患者さんが救えるかということを調べると、エクソン51をスキップするともっとも多くの患者さん救えることがわかりました。これは全体の約13%にあたります。次に多いのがエクソン45、その次がエクソン53であるといわれています。したがって、現在海外の製薬会社が開発している治療薬はエクソン51をスキップするものですが、その次にはエクソン45や53も視野に入れているでしょう。

国立精神・神経医療研究センター(NCNP)では、日本国内の製薬会社と共同でエクソン53をスキップする治療薬を開発しており、2018年現在、第I相・第II相の臨床試験が行われています。

参考リンク:国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)プレスリリース(平成28年2月12日)

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