肺がんの根治を目指すためには、手術でがんを取り除くことが必要です。現在、肺がんの手術では「肺葉切除」という方法が標準的に用いられています。しかし近年ではより切除する範囲を狭めて行われる「縮小手術(区域切除・部分切除)」の施術数も増えてきています。
今回は肺がんに対する手術治療について、日本大学医学部附属板橋病院呼吸器外科部長の櫻井裕幸先生にお話しいただきます。
肺がんの治療を開始するにあたっては、PET*やCT**などを用いて、病期(ステージ)や心臓・肺の機能や併存疾患などの評価を行い、患者さんの全身状態を踏まえて総合的に判断したうえでその治療方法を決定します。
たとえば、肺の機能が著しく落ちている患者さんに対しては、肺を大きく切除する肺葉切除ではなく、呼吸機能の温存を優先した縮小手術を行う場合もあります(縮小手術の適応については、後ほど詳しく解説します)。
このように、肺がんにおいては個々の患者さんに合わせた治療計画を考え、手術や化学療法などの治療を実施していきます。
*PET……がんなどに用いられる検査の一種。特殊な薬とカメラを使って全身の詳しい画像を撮る検査
**CT……エックス線を使って身体の断面を撮影する検査
治療計画を決定するにあたって、患者さんご自身がどの程度積極的に治療を望んでいるかも重要です。
2018年8月に発表された日本胸部外科学会の全国調査の結果(2015年までの調査結果)によると、日本で肺がんの手術治療を受けている患者さんの年齢は、年々高くなってきていることが分かります。
この図は、外科手術を受けた肺がんの患者さんの年齢を示しています。2015年には、手術を受けた患者さんの約55%が70歳以上となっています。さらに、90歳以上の患者さんで肺がん手術を受けられた方は62人でした。
2017年の厚生労働省による平均余命の年次推移によれば、90歳の方の平均余命は約5年あるといわれています。そのため、90歳を超える患者さんでも、がんの状態をみつつ、体力が許せば手術治療が実施されることもあります。
肺がんの手術方法は、切除する範囲によって大きく4つに分類されます。
<肺がんの手術方法>
*区域切除・部分切除……区域切除・部分切除を合わせて「縮小手術」と呼ぶ
肺がんの手術でもっとも標準的な方法で、右肺で3葉(右上葉、右下葉、右中葉)、左肺で2葉(左上葉、左下葉)に分かれている肺葉を1単位として切除します。
右肺は10区域、左肺は8区域に分かれています。この区域を1単位として切除する方法が、区域切除という術式です。
また、腫瘍のある部分のみを切除する方法が部分切除で、切除範囲がもっとも狭い術式です。
上葉・下葉の間に位置する葉間の部分に大きな腫瘍がある場合や、肺動脈に広範囲に腫瘍の浸潤を認める場合は、片肺を全て摘出しなければ病変を取り除くことができない場合があるため、肺全摘を検討します。
肺全摘は術後の合併症のリスクが高く、患者さんの負担も大きいため、近年ではできる限り肺全摘を避ける方針で術式が決定されます。しかし、術前には肺葉切除を行う予定であっても、実際に手術室で肺がんの状態を確認し、急きょ肺全摘術に変更とならざるを得ないこともあります。そのため、肺全摘になった場合の対応を手術の前から想定したうえで手術に臨む必要があります。
縮小手術(区域切除・部分切除)を行う目的は、「根治的縮小手術」と「妥協的縮小手術
」の大きく2つに分かれます。
根治的縮小手術は、早期の肺がんに対して行う縮小手術です。肺葉ごと大きく切除しなくても、根治できる可能性が極めて高い場合に行われます。
手術によって根治できるかどうかは、「CTR(Consolidation Tumor Ratio)」を測定することなどによって確かめます。
これは、早期肺がんの患者さんのCT画像です。淡く写し出されている部分と濃くなっている部分全体(1.8cmと黄色の矢印で示している部分)が肺がんで、淡く写し出されている部分を「すりガラス陰影」と呼びます。すりガラス状になって写し出されるのは、この中に空気が含まれているためで、この段階では肺胞の構築は壊れていないということに相当する所見です。
そして、すりガラス陰影の中の濃くなっている部分(0.9cmと緑色の矢印で示している部分)を「充実成分」と呼びます。充実成分の部分は、肺胞の構築が壊されていることに相当し、がんが進行するにつれて、この充実成分の占める範囲は広がっていきます。
CTRは、すりガラス陰影のうち、どれくらい充実成分が占めているか(すりガラス陰影を含めたがんの最大径に占める充実成分の割合)を数値(比)で表したものです。そして、このCTRが0.5以下の場合には、早期肺がんと診断され、縮小手術の適応となります。
たとえば、全体が1cmの肺がんで、そのうち充実成分の大きさが0.5mmの場合には、CTRは0.5のため、根治的縮小手術が可能です。しかし、充実成分が0.8mmの場合のCTRは0.8となるため、根治的縮小手術の適応とはならず、肺葉切除を行うことになります。
2018年現在、CTR0.5以上で最大腫瘍経が2cm以下の肺がん症例に対し、根治的縮小手術が可能かどうかを検証するための臨床試験が行われています。試験では、本症例に対して肺葉切除と縮小手術(区域切除)の5年生存率を比較しています。
2019年には結果が出る予定で、生存率に有意差がないという結果に至った場合、将来的に縮小手術が適応となる患者さんが増えるかもしれません。
一方、妥協的縮小手術とは、根治のためには肺葉切除が理想的ではあるが、何らかの理由で止むを得ず切除範囲を小さくする手術のことです。
妥協的縮小手術を行う理由のひとつは、もともとの呼吸機能が低いときです。肺葉ごと切除してしまうと、術後の呼吸機能が著しく悪化してしまうと予想されるため、できるだけ小さく切除します。
そのほか、肺の複数箇所にがんがある場合も、妥協的縮小手術を行うことがあります。たとえば、右上葉と左下葉にがんがあるとき、両方の肺葉を切除してしまうと、術後の肺の機能が大きく損なわれてしまいます。このような場合には、どちらの肺葉も妥協的に縮小切除を行います。
また、狭心症や心筋梗塞などの心疾患の既往がある場合や、高齢などで体力的に肺葉切除に耐えられない場合には、妥協的縮小手術を行います。
近年は胸腔鏡手術による肺がん手術を行っています。これによって以前に比べると、小さな傷で低侵襲に手術が行えるようになりました。
当院の場合、6~7cm程度の皮膚切開下で肺がんの胸腔鏡手術を行っています。創の大きさはもちろん、いかに手術を効率よく短時間で終えて出血量を抑えるかにも重点を置き、患者さんの負担の軽減に努めています。
肺がんの手術に伴う合併症には、主に以下のようなものがあります。
肺を切除したあと、縫合した部分から空気が漏れてしまうことを肺瘻といいます。肺瘻は、時間と共に自然に治癒していきますが、喫煙歴が長いなどの理由で肺が傷んでいる方の場合には、治癒するまでに時間がかかることもあります。
肺葉切除の際には、気管支の根元も切除します。気管支断端瘻とは、この気管支の縫合部分の治癒不全で穴が開いてしまうことを指します。
気管支断端瘻が起こると、胸水が気道の中に入り込んできてしまい、胸水が肺に入ってしまうと、肺の中が水浸しになって肺炎を起こし、呼吸困難となることもあります。
気管支断端瘻を発症した場合には、胸にドレーンと呼ばれる管を挿入して、気道内に胸水が入り込まないように体外に排出させる処置を行います。治療には外科的処置が必要となることが多いです。
また、気管支断端瘻は退院から約2週間後に発症することが多いため、当院ではそのタイミングに合わせて外来受診をしていただくようにしています。
肺と心臓は連動しているため、肺を切除することで心臓にも負担がかかります。すると、脈が乱れる不整脈が術後一時的に起こることがあります。
術後、呼吸機能が低下することによって痰をうまく出せずにいると、肺炎を起こしてしまうことがあります。
無気肺とは、肺の一部もしくは全体に空気が入っていない状態を指します。痰が気管支の入り口に詰まってしまうと、肺に空気が入らなくなってしまい、無気肺を発症することがあります。
手術によってできた傷口(創部)が細菌などに感染して、その感染が胸の中にまで及ぶと、膿が溜まる膿胸を起こすことがあります。
記事2『肺がんのステージとは?特徴や定義、ステージごとの症状とは』でご紹介した通り、肺がんのステージ4は全身にがんが転移した状態です。肺がんの治療方針は、がんが肺の中にとどまっているか(主にステージ1・2)、肺の外に出て転移しているか(ステージ3・4)によって大きく異なります。
ステージ1またはステージ2の肺がんの場合、局所治療である手術中心の治療が計画されます。これに対してステージ3(縦隔のリンパ節に転移)では、全身治療である抗がん剤と放射線を併用した化学放射線治療(集学的治療)が実施されます。
また、ステージ3の段階で縦隔(胸部の左右肺と胸椎、胸骨に囲まれた部分)のリンパ節への転移が1つ程度の場合、手術を行ったうえで抗がん剤や放射線治療を併用する場合もあります。ステージ4では全身化学療法が治療の主体となります。
縦隔リンパ節に転移がある肺がん(ステージ3)に対する集学的治療については、日本でも今後臨床試験が行われる予定で、抗がん剤と放射線を併用した治療のあと、手術を実施すべきか、そのまま放射線治療を継続すべきかが調査されます。試験の結果によっては今後、縦隔リンパ節に転移のある肺がんに対する手術の適応が見直されるかもしれません。
このように、肺がんの治療においては患者さんの容体をみながら、一人ひとりに適した方法を判断します。
当院の場合、術後翌日の朝から飲水、お昼から食事を開始していただき、歩行も始めていただきます。また手術直後には、肺の中で出血や空気漏れが起きたときに備えて、ドレーンと呼ばれる管を挿入しますが、問題がなければ術後2〜3日後にはドレーンを抜去します。
胸腔鏡手術では、肋骨と肋骨の間を切開して、そこから器具を挿入して手術を行います。このとき、肋間神経が損傷されることで、肋間神経痛として痛みが残ることがあります。
このような肋間神経痛や傷口の痛みに対しては、痛み止めを使用します。痛みの感じ方には個人差がありますが、1か月半ほどで痛みが消えていく方が多いです。
もともとの呼吸機能がしっかりと備わっている方であれば、肺葉切除をしたあとでもマラソンや水泳などの運動を続けることは可能です。
手術の直後は、日常的な動作でも息切れを感じたりすることはありますが、1か月半ほどしたら術前の状態に戻ってきます。
術後気をつけていただきたいことは、寝たきりにならないようにすることです。何もせずにじっとしていると、体力が低下してしまうので、日常生活の中で徐々に体を慣らしていくことが大切です。特に、高齢者の場合には体力の低下によって肺炎を発症してしまうことがあるため、肺炎予防のためにも積極的に体を動かすことを心がけましょう。
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日本大学医学部附属板橋病院 呼吸器外科 部長、日本大学医学部外科学系呼吸器外科学分野 主任教授
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日本呼吸器外科学会 呼吸器外科専門医日本胸部外科学会 会員日本外科学会 指導医・外科専門医日本呼吸器内視鏡学会 気管支鏡指導医・気管支鏡専門医
肺がん患者さんの根治を目指して
山梨医科大学(現山梨大学)を卒業後、国立がんセンター(現国立がん研究センター)でのレジデント時代に627例の手術を経験。現在までに通算2,000例以上の手術を経験し、2016年より日本大学医学部外科学系呼吸器外科学分野 主任教授に赴任し、後進の育成に力を注ぐ。国立がんセンター時代に描いた手術記録は全国的に高く評価されており、その絵は静岡がんセンターの電子カルテや肺癌取扱い規約などにも使用されている。
日本大学医学部呼吸器外科HPはこちら
http://nichidai-kokyukigeka.com/
櫻井 裕幸 先生の所属医療機関
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