早期の肺がんでは手術による治療が中心となりますが、進行期(IV期)など手術ができない場合には薬物療法が中心となります。非小細胞肺がんは抗がん薬の効果が現れにくいとされてきたものの、近年では新たな薬の登場により、治療の選択肢が大きく広がっています。国立国際医療研究センター病院 第三呼吸器内科 医長 兼 がんゲノム科 診療科長である軒原 浩先生は、「薬物療法の進歩に伴って、肺がんの治療成績は確実に向上してきている」とおっしゃいます。今回は、軒原先生に進歩する薬物療法の現状、新しいタイプの薬の特徴、実際の治療の進め方についてお話を伺いました。
ひと昔前までの薬物療法は、非小細胞肺がん・小細胞肺がんのどちらも選択肢が抗がん薬しかなく、治療は病態ごとにある程度決まっていました。しかし2000年代になると、ドライバー遺伝子(がん細胞の分裂や増殖に関わる特定の遺伝子)変異のはたらきを抑えたり、がんが増殖するために新しい血管を形成する現象(血管新生)を阻害したりする“分子標的治療薬”が登場しはじめ、肺がんに対する薬物療法は大きく変わりました。
また、2014年以降には、免疫にはたらきかける“免疫チェックポイント阻害薬”を使った治療法も加わり、肺がんの治療はさらに大きな進歩を遂げました。
分子標的治療薬の対象となるのは非小細胞肺がんのみですが、免疫チェックポイント阻害薬は進展型(一定の範囲を越えて進行した状態)の小細胞肺がんの治療にも使われます。進行期のみならず、比較的早期のがんを含むさまざまな場面で薬物療法が治療選択肢に入ってきています。
肺がんの治療においては、ほかのがんに先駆けて遺伝子検査に基づく薬物療法が取り入れられてきました。分子標的治療薬には複数の種類があり、どの薬を使うかを判断するためにがん遺伝子検査を行います。がん遺伝子検査には、数百の遺伝子を一度に調べる“包括的がんゲノムプロファイリング検査”という方法もありますが、肺がんでは特定の遺伝子に絞って検査する“肺がん遺伝子検査(マルチ遺伝子検査)”が主に行われています。
包括的がんゲノムプロファイリング検査は標準治療(一般的に推奨される治療)が終了した、あるいは終了する見込みの方などに限って行われる一方で、肺がん遺伝子検査については進行期の非小細胞肺がんと分かった時点で行うのが現在の肺がん治療の考え方です。肺がん遺伝子検査の結果をもとに適切な薬物療法を検討します。
分子標的治療薬を使う治療を分子標的治療といい、主にIV期の非小細胞肺がんの治療選択肢の1つとなっています。分子標的治療薬には、“ドライバー遺伝子を標的とした薬”と“血管新生を標的とした薬(血管新生阻害薬)”があり、それぞれ特徴が異なります。
がん細胞においては、ドライバー遺伝子の変異がみられます。分子標的治療薬の多くは、その遺伝子変異を標的としてがん細胞の増殖を抑える薬です。従来の抗がん薬と異なり、がん細胞のみをターゲットとして作用する特徴があります。
現在、非小細胞肺がんにおいては、EGFR遺伝子、ALK遺伝子、ROS1遺伝子、BRAF遺伝子、MET遺伝子、RET遺伝子、KRAS遺伝子、HER2遺伝子、NTRK遺伝子という9個のドライバー遺伝子異常に対応する薬があります(2024年9月時点)。肺がん遺伝子検査でこれらの遺伝子変異が見つかれば、その変異を阻害する薬を使って治療していきます。
日本人の肺がん(特に非小細胞肺がんのうち腺がん)ではEGFR遺伝子変異が陽性となることが多い一方、どの遺伝子変異も確認できない場合もあります。そのようなときには、後述する免疫チェックポイント阻害薬や抗がん薬を使って治療を行います。
この薬はがんの増殖に直接関与する遺伝子変異に作用するため、高い確率でがんの縮小効果が期待できます。実際、私がこれまで治療を行った患者さんの中にも、分子標的治療薬がよく効いた方が複数いらっしゃいました。副作用について細心の注意を払う必要はありますが、その有用性から高齢の方や全身状態があまり思わしくない患者さんに対して使用することもあります。
大きなメリットがある一方で、命に関わり得る副作用があるということは知っておかなければなりません。特に注意すべきは、EGFR阻害薬に代表される薬剤性の間質性肺炎*です。使用する薬によって注意すべき副作用が異なるため、治療を行う前に患者さんへ丁寧に説明することはもちろん、投与中・投与後は慎重にモニタリングを行いながら治療を進めていきます。
*間質性肺炎:肺を支える役割を担う間質という組織に炎症をきたす病気。
がんは増殖・転移するために正常な血管から自ら専用の血管を形成する性質があります(血管新生)。この血管新生を阻害してがん細胞に栄養が行き届かなくする、いわば兵糧攻めにする薬が血管新生阻害薬です。
ドライバー遺伝子を標的にする分子標的治療薬は特定の遺伝子変異がある場合にしか使用することができませんが、血管新生阻害薬については遺伝子変異の有無にかかわらず使用することができます。抗がん薬にこの血管新生阻害薬を併用することにより効果の上乗せが期待できる点がメリットといえます。また、ドライバー遺伝子異常(EGFR遺伝子変異)がある場合にも、ドライバー遺伝子変異に対する薬と血管新生阻害薬を併用するケースがあります。
血管に作用するため出血や高血圧、タンパク尿などの副作用が起こり得ます。血管新生阻害薬に限らず、どのような薬も期待できる効果と副作用のバランスを考えて選択しなければなりません。副作用の度合いによっては投薬を中止し、適切な処置を行う必要があります。
免疫チェックポイント阻害薬を使う治療法を免疫療法といいます。この薬はがん細胞に直接作用する薬ではなく、患者さんの免疫細胞を活性化させてがん細胞への攻撃を促す薬です。
私たちの体は、異物の侵入を防いだり入ってきた異物を排除したりする免疫のはたらきによって守られています。免疫において大切な役割を担っているのが、免疫細胞です。通常、がん細胞を異物として認識し攻撃するT細胞(免疫細胞の一種)がしっかりはたらいていれば、がん細胞は排除されます。しかし、がん細胞はT細胞のはたらきにブレーキをかけることがあり、そうすると免疫はがん細胞を排除できず、その結果がん細胞の増殖(がんの発症・進行)につながります。免疫療法はこのブレーキがかかることを防ぎ、本来のT細胞のはたらきを保つことでがん細胞を攻撃する治療法です。
なお、免疫チェックポイント阻害薬の使用は非小細胞肺がん・小細胞肺がんのどちらでも検討できますが、非小細胞肺がんの場合はドライバー遺伝子異常があればまず分子標的治療が優先されます。
非小細胞肺がんでは、PD-L1*というタンパク質を持つがん細胞がどのぐらいあるかが免疫療法の有効性に影響を与えます。PD-L1検査という検査でPD-L1の発現率が高ければ、効果が期待できると判断し、免疫チェックポイント阻害薬(PD-1阻害薬、あるいはPD-L1阻害薬)単独での治療を選択します。一方、PD-L1の発現率が低い場合は、PD-1/PD-L1阻害薬にCTLA-4**阻害薬という別の免疫チェックポイント阻害薬を加えたり、抗がん薬を加えたりしながら治療を進めていきます。
なお、小細胞肺がんの場合は、PD-L1の発現率に関係なく免疫チェックポイント阻害薬の使用を検討します。
* PD-L1:細胞の表面にあるタンパク質で、免疫細胞の表面にあるPD-1という受容体と結合すると免疫細胞の攻撃を逃れる。
** CTLA-4:がん細胞を攻撃するT細胞のはたらきを抑制するタンパク質。
進行した非小細胞肺がんに対する薬の選択肢が増えたことは、何よりのメリットといえるでしょう。中には、免疫チェックポイント阻害薬によって長期間にわたって病状が安定し、抗がん薬しか治療法がなかった時代には想像し得なかったほど長く生存する方もいらっしゃいます。
新たな治療選択肢が増えた反面、化学療法や分子標的治療では起こらなかった副作用が起こり得る点には注意が必要です。免疫療法によって活性化された免疫細胞ががん細胞だけでなく正常な細胞をも攻撃してしまった場合、全身に影響が及ぶ可能性があります。免疫は“全身”にかかわるものですから、1型糖尿病や皮膚障害、大腸炎など起こり得る副作用は実に多様です。そのため、免疫療法を行う際はこれらの副作用の可能性を常に頭に入れ、適切にマネジメントしながら、治療を進めていかなければなりません。
国立国際医療研究センター病院 がんゲノム科 診療科長、第三呼吸器内科 医長、外来治療センター 医長、がん総合診療センター 副センター長
日本内科学会 認定内科医日本がん治療認定医機構 がん治療認定医日本緩和医療学会 認定医日本結核・非結核性抗酸菌症学会 結核・抗酸菌症認定医日本医師会 認定産業医医薬品医療機器総合機構 専門委員日本臨床腫瘍学会 協議員日本肺癌学会 評議員日本がん分子標的治療学会 評議員
肺がんをはじめとした胸部悪性腫瘍の薬物療法を専門としている。国立がん研究センター中央病院で長く診療と研究に従事し、肺がんに対する薬物療法の知識と経験を持つ。治験などの臨床研究にも携わり、治療の進歩のために積極的に臨床研究に取り組んでいる。患者さんに治療選択肢を説明し、患者さんと一緒に適切な治療を常に考えている。
軒原 浩 先生の所属医療機関
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