愛と情熱を持って病気を治すサポートをする

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愛と情熱を持って病気を治すサポートをする

あえて厳しい環境に身を置き、常に挑み続ける安斉俊久先生のストーリー

北海道大学大学院 医学研究院 循環病態内科学 教授、心不全低侵襲先進治療学 教授(兼任)、心不全遠隔医療開発学 教授(兼任)、心不全医薬連携開発学 教授(兼任)
安斉 俊久 先生

好奇心旺盛な少年時代を経て、医学の道へ

自学自習を重んじる小学校に通っていた私は、その環境からさまざまなことに興味を持つ好奇心旺盛な少年時代を過ごしました。ときには無限小数の研究に夢中になっていたこともあります。自分がまだ知らない世界に心が惹かれ、夢を求める毎日でした。

小学3年生のとき、当時の担任の先生から海外の無医村で村民に医療を無償で提供する日本人医師の話を聞きました。自分もそのような人になりたいと、子どもながらに思ったのをよく覚えています。それが、医師を志したきっかけでした。

その後、慶應義塾大学 医学部に進学。幼い頃から抱いていた夢への第一歩を踏み出しました。入学当初は、身近な医療よりも宇宙医学に興味を持っていました。宇宙医学に没頭するあまり、NASAのマイクロフィルムを眺めるために国会図書館へしばしば通っていたことが、とても懐かしい思い出です。

しかし、家族が病気を患ったことを機に、身近な医療の大切さを再確認しました。それまでは、1つ1つの疾患名をただ単語としてひたすら暗記していただけでしたが、医療を行う者は患者さんの命だけではなく、その方の幸福度を大きく左右する立場であることに気づいたのです。中途半端な姿勢では、命を救うどころか逆に患者さんの身体だけでなく心をも苦しめる原因になってしまう。そう痛感し、医療とまっすぐ向き合うことを決意。以降は、医学を学ぶことに尽力しました。

「循環器内科は天職だ」——無我夢中で自己研鑽を積んだ若手時代

循環器内科医を志すことになったきっかけは、当時自衛隊の航空医学実験隊長(その後、日本宇宙航空環境医学会 名誉会員)だった故・大島正光先生との出会いでした。大学2年生のころ、宇宙医学に夢中になっていた私は、マイクロフィルムを眺めるだけでは飽き足らず、宇宙医学に尽力されていた大島先生に連絡して、お会いする機会を作っていただいただき、宇宙医学の話を伺いました。そこで、宇宙医学と循環器内科には関連性があると教えていただきました。宇宙という重力のない環境では、血液を重力に逆らって頭部まで循環させる力が落ちてしまったり、心臓の血液を送り出す力が少なくて済むために心臓の筋肉が衰えたりしてしまうなど、循環器に関連した症状が多くみられるようです。このことが、潜在的に頭の中に残っていました。

私は人から「おとなしい人」という印象を持たれることが多々ありますが、実はアグレッシブな一面もあります。研修医時代、循環器内科の医師が超急性期の患者さんに対して素早く処置を施し、一気に患者さんの状態をよくする過程を目の当たりにしました。そのアグレッシブで勢いのある治療をする循環器内科の仕事に強く憧れを抱き、その道に進むことを決意したのです。

それからは、休日にも積極的に三次救急の病院で当直をし、手技の修練を重ねていきました。「どんな患者さんが来ても大丈夫だ」というある程度の自信を持てるようになり、循環器内科医は私にとって天職だと思いました。

「愛と情熱」の大切さを教えてくれた患者さん

先生

これまで診てきた患者さんの中で一番強く印象に残っているのは、慶應義塾大学病院に勤めていたときに、劇症型心筋炎*で搬送されてきた30代の女性です。一時は心肺停止したほど大変重篤な状態で、私の今までの医師人生の中で一番重症な患者さんでした。当時、留学先から帰国したばかり私は、好きなことを研究していた留学時代と比べて思うようにやりたいことができず、人間関係にも悩み、大きなストレスを抱えていたため、大学病院を辞めようと考えていました。そんなときにこの女性が運ばれてきて、その重篤さに「この患者さんをなんとか救ってから辞めよう」と決めたのです。

約2週間、私は毎晩病院に泊まり込んで必死に治療にあたりました。「こっちの治療法のほうがよりよいかもしれない」と治療戦略を練り直すことも。そして、患者さんは無事意識を回復。しかし、目を覚ました患者さんから発せられた言葉に、大きな衝撃が走りました。

「こんな状態なら生かさないでほしかった」

患者さんは、心機能が低下していたために妊娠・出産することが難しい体になってしまったのです。意識を失って目が覚めたときにはその状態になっていたのですから、混乱するのもやむを得ません。そこで、色々と考え、海外での代理母出産であれば可能かもしれないと提案し、準備を進めました。

その後、女性は代理母出産によって双子のお母さんになり、あるとき、物心が付く年齢にまで成長したお子さんたちを連れて外来にいらしてくださいました。「この先生がいなかったら、あなたたちはこうして産まれていないのよ」とお子さんたちに声をかけていたことは、特に思い出深い出来事です。

この患者さんとの出会いをきっかけに、私は大学病院を辞めることを思いとどまりました。この経験以来、治療も研究も、愛情と情熱を持って行うことが一番大切だと思っています。それは、何事にも自分の強い思いが反映され、よい結果につながる、自分が命がけで愛情と情熱をかければかけるほど、患者さんは回復すると考えているからです。この患者さんに対して病気を乗り越えるサポートができたことは、私にとって大変よい経験になりました。

劇症型心筋炎…心筋炎の中でも非常に短い時間の中で劇的に症状が悪化し、補助循環装置などが必要になるまでに深刻化するもの

「やりたいことはやりきらなければいけない」

2011年3月、東日本大震災が発生。震災によって思いを遂げることができずに亡くなられた方がたくさんいらっしゃいました。私はこの震災で、「自分は生きているのだから、やりたいことはやりきらなければいけない」と強く感じました。

当時、私は心不全を専門にしていましたが移植に携わったことがなく、心不全に関する治療を、より包括的に習得したいと考えていました。ちょうどそのときに、国立循環器病研究センターから、心不全科部長へのオファーをいただいたのです。国立循環器病研究センターは大阪府にあり、家族のいる私は単身赴任をしなければなりませんでした。それまでの私であれば二の足を踏んでいたと思いますが、震災の経験があったことで、私は思い切って国立循環器病研究センターに赴任することを決意したのです。

国立循環器病研究センターでは教育研修部長も兼任し、さまざまな大学と連携して連携大学院というシステムを作り、学位を取りながら臨床の研修もできるような環境の整備に励みました。

現在は北海道大学大学院 医学研究院で教授を務めています(2019年10月現在)。もともとスキーが好きだった私は、雪国である北海道大学 医学部の受験を考えていた時期もあり、とても思い入れのある大学です。

今の夢は、心不全の患者さん一人ひとりに合わせた個別化医療を実現することと、北海道大学に将来の心不全治療法開発につながるゲノムを含めた研究基盤データベースを残すことです。数年で実現できるようなことではありませんが、従来のしきたりや制度などの型にはまらず、夢を語って仲間と一緒に一歩ずつ、着実に歩んでいきたいと思います。

簡単な道と困難な道、どちらか一方なら大変な道を選ぶ

医師として生きるうえで、研修医時代の恩師からいただいた教えがあります。

「自分を成長させたいなら、厳しい環境に身を置きなさい」

今でも胸に刻んでいる言葉です。この言葉をいただいてから、荒波に揉まれてみようと無給覚悟でアメリカへ留学したり、単身赴任で国立循環器病研究センターに行ったりするなど、あえて自分へ厳しい課題を課すように歩んできました。

そうするうちに分かってきたことは、全身全霊で患者さんに情熱と愛情をかけ、共に病気と闘うことで得るものは大きく、必ず身になるということです。何事も腐らずに、愛と情熱をもってやり遂げてほしい。愛と情熱を持ち続けるためにも夢を持ち、諦めない。そして、諦めない勇気を持つ。そうすると、どんな経験も自分の自信や知恵となり、無駄になることはありません。

「絶対に患者さんを救う」という熱い情熱を次世代へ

先生②

私は、後進の医師たちに、情熱を持って医療に取り組む医師としての姿勢を背中で見せられるように心掛けています。また、それぞれのよい面を見つけ、伝えることも大切だと思っています。そうすることで、個々の想いが育まれ、情熱をもつ立派な医師へと成長していくと信じています。

医師でいる限り、いくら尽力しても患者さんの命に関わる場面にたくさん直面していくでしょう。壁が立ちはだかったときに決して諦めず、「絶対に患者さんを救う」という熱い情熱を持った医師たちを育てていきたいと考えています。そして、彼らがまた、後進の医師たちに情熱を伝えていくことで、この先さらに熱い情熱を持つ医師たちが増えていってほしいと願うばかりです。

私はこれからも、愛と情熱を持って全力で患者さんと向き合っていきたいと思います。

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