DOCTOR’S
STORIES
総合内科での経験を生かし、よりよい心臓病治療を追求する八戸 大輔先生のストーリー
医師を志したのは、幼い頃から“将来は人助けできる仕事がしたい”と思っていたからです。何か特別大きなきっかけがあったわけではありませんが、小学生の頃に初めて医師という職業を意識しました。高校では、進学校にいながらも部活や遊びに多くの時間を費やし、進路選択の段階で幼い頃の夢を思い出したのです。もちろん、どのような仕事も間接的には人助けにつながるとは思うのですが、当時の私は、医師という職業は病気やけがを治すことでより直接的に人を助けることができるのだろうと想像していました。
循環器内科医を目指した根底には、“かっこいい”という憧れに似た感情がありました。たとえば目の前で患者さんが心肺停止になっているとき、その方を自らの手で助けられる可能性がある。まさに人の生命に関わる“人助けの仕事”だと思いました。
実際に循環器内科医として診療にあたるなかで、さまざまな症例を担当してきました。病状が悪くベッドから一歩も動けない患者さんや、ときに生死の淵をさまよう患者さんもいらっしゃいます。しかし、しっかりと治療を行うことで患者さんが無事に回復され、やがて元気になって日常生活に戻っていく姿を見たり、患者さんから「本当に助かりました」という言葉をいただいたりすると、心底 “医師をやっていてよかった”と思います。
いつも心の中にあるのは、目の前の患者さんをよくしたいという思いです。それを忘れたことは一度もありません。そして、日々の診療や研究を通じて得たことを、いかにして患者さんや社会に還元するか。その思いが私のモチベーションになっています。
循環器内科医として働く前に、3年間総合内科で経験を積みました。このような経歴はあまり一般的ではありません。しかし、そのような選択をしたのは、 “循環器内科を専門とする前に全身を診られる医師になろう”という確固たる意思があったからです。
初期研修2年目、へき地医療に携わったことがきっかけとなりました。赴いたのは徳洲会グループ(離島・へき地医療に力を入れる民間医療法人)発祥の地である、鹿児島県の徳之島徳洲会病院。着任してすぐに40人の患者さんを受け持ち、救急・外来問わず朝から晩まで診療を続けました。
自分は医師になってまだ1年ほどの若手で、複数の併存疾患やさまざまな背景を持つ患者さんをどのように診たらよいのか、試行錯誤を繰り返す鍛錬の日々。そのようななか、総合内科の先生が2名応援に来てくださり、彼らの持つ幅広い知識と鋭い洞察力に幾度となく助けられました。そのときの経験を通して私は、“専門領域の垣根なく患者さんの全身を診られる医師にならなければ”と強く思ったのです。そして、初期研修修了後には、このお二人の下で総合内科を学ぶことを決意しました。
総合内科での経験は、医師としての奥行きを大きく広げてくれました。患者さんの全体像を見て治療に臨むことは、よりよい診療を行ううえで非常に重要です。たとえば、心臓病の患者さんはほかにも何らかの病気を抱えている可能性が高く、特に高齢の方は1つの病名では片付けられないケースも多々あります。さまざまな病気・病態の知識を幅広く備え、そのうえで循環器内科という自分自身の専門性を“武器”にする。研修医時代に目指した医師としての姿に、今の自分が少しでも近づけていたら嬉しいです。
2010年には韓国のChonnam National University Hospital(全南大学校病院)へ留学の機会をいただき、異国での診療と臨床研究に没頭しました。留学先の候補としてアメリカや中国も挙がっていたのですが、一番厳しい環境に身を置きたいと思い、韓国へ。留学が決まって2週間後に日本を出発。あまりにも急で就労ビザの発行が間に合わず、初めは観光ビザで入国しました。
全南大学校病院は非常に多くの症例を扱っており、それらに基づく臨床研究が盛んに行われていました。現地の医師やコメディカル、私と同じく留学等で在籍しているインドの方は皆とても貪欲で、自分の考えをきちんと主張しますし、競争も激しいものでした。日本には控えめであることが美徳とされる文化がありますが、それは全く異なり、主張しなければ“考えのない人”と認識されてしまいます。そのような異文化のなかで自分が持っていた価値観や医師としての技術を更新し、磨き続ける日々は当然ながら非常に過酷なものでした。しかし今振り返れば、自分が生まれ育った日本という国を外から眺め、そのよさと悪さを理解できたことは、とても貴重な経験になりましたね。何より、さまざまな症例を担当し、医師としての研鑽を積むことができました。
2017年には、イタリアのSan Raffaele Scientific Institute/Columbus Hospital(サン・ラファエレ科学研究所/コロンバス病院)に留学の機会を得ました。そのきっかけは2016年、カテーテル治療の分野で知らない人はいないであろうAntonio Colombo(アントニオ・コロンボ)先生という方に会い、それまでの研究経緯を見ていただいたことです。
コロンボ先生はサン・ラファエレ科学研究所の教授で、私が留学した当時67歳でしたが、数多くの論文を発表し、研究へ傾ける情熱はいつでも少年のようでした。たとえば午前3時にメールを送ったとしても、その内容が面白いと思ったら10分後くらいに返信があるのです。“この人は一体いつ寝ているのだろう”と驚きましたね。面白い研究や価値のある研究に対する嗅覚の鋭さには目を見張るものがありました。コロンボ先生のような素晴らしい研究者の下でカテーテル治療の研究に従事できたことは、非常に価値ある経験です。
こうして振り返ると、自ら厳しい環境に身を置きがちですね。自分のなかでは、ある程度成長したら次のブレイクスルーを見つける必要があると考えています。そうでなければ、成長曲線がゆるやかになってしまうからです。慣れ親しんだ環境を離れて新しい環境に飛び込めば予想外のことも起こりますし、つらいこともある。しかし成長し続けるためには、その痛みが必要なのかもしれません。
日本で患者数が増加している心臓弁膜症の治療に関して、カテーテル治療の分野では世界で新しいデバイス(医療機器)が次々に登場しています。今の目標は、それら新しいデバイスを日本でも使えるよう臨床研究に貢献すること。そして、教育の面では、自分の技術だけでなくチームの技術力を向上させ、ひいては病院全体、地域、日本のスタンダードを向上させることです。それが、目の前の患者さんを助けること、そしてより多くの患者さんによりよい治療を提供することにつながると確信しています。
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札幌心臓血管クリニック
医療法人 札幌ハートセンター 理事長 兼 CMO
藤田 勉 先生
医療法人札幌ハートセンター札幌心臓血管クリニック 循環器内科
北井 敬之 先生
医療法人 札幌ハートセンター 札幌心臓血管クリニック 心臓血管外科 低侵襲心臓手術センター長
橋本 誠 先生
医療法人 札幌ハートセンター 札幌心臓血管クリニック 循環器内科 末梢動脈疾患センター長
原口 拓也 先生
医療法人札幌ハートセンター札幌心臓血管クリニック 心臓血管外科 副院長、札幌医科大学 医学部 臨床教授
光島 隆二 先生
医療法人 札幌ハートセンター札幌心臓血管クリニック 心臓血管外科部長/大動脈瘤センター長
黒田 陽介 先生
札幌心臓血管クリニック 循環器内科 医師
堀田 怜 先生
札幌心臓血管クリニック 循環器内科部長/デバイスセンター長
森田 純次 先生
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