私の幸せな医師人生を、後進の医師たちにも!

東京大学大学院医学系研究科 腎臓・内分泌内科 教授
南学 正臣 先生

私の幸せな医師人生を、後進の医師たちにも!

腎臓内科の研究を先駆し、教育に情熱を注ぐ南学正臣先生のストーリー

公開日 : 2017 年 05 月 30 日
更新日 : 2017 年 05 月 31 日

年齢に左右されず経験が糧になる、一生の仕事として選んだ医師という道

今は亡き私の叔父は消化器科の医師で、東京慈恵会医科大学の教授を務めていました。そのため幼い頃から医師という仕事はとても身近な存在であり、私は叔父が治療によって人を救い、誇り高く仕事する姿を見て、漠然とした憧れを抱いていました。

しかし、高校の進路選択までは医師になろうとは考えていませんでした。当時は理系分野が得意で、どの領域に進むかを迷っていました。そんなとき叔父から「数学や物理の世界は、脳の構造的に20代までが勝負。しかし医学なら、年齢に左右されず経験を積むほどによい仕事ができますよ」とアドバイスをもらったのです。「なるほど。ずっと成長し続けられる世界はとても魅力的だ」と叔父の言葉に従い、私は医師を志すことにしたのです。

研修医2年目、治療で患者さんを苦しみから救うため腎臓内科医を志す

医学部を卒業し、診療科を選択するときがやってきて、学生時代から興味を持っていた内科・神経内科での研修を選択しました。しかし、実際に研修医として臨床現場に出てからというもの、机上の勉学では知り得なかった様々な事実に直面することになるのです。

現在とは違い、当時は各領域において有効な治療法が知られていたわけではありません。特に神経内科では、それが顕著でした。患者さんを根治する代わりに、リハビリで症状を緩和することが唯一の対処方法だったのです。

「人を救うため医師を志したのに、リハビリしか解決方法がないなんて……。どうにかして、患者さんの苦しみを根本から取り除けないものか。」

この時期、私は初めて、医師としての歯がゆさを味わうことになったのです。そして、疾患を根本的に解決できる診療科に進み、臨床および研究の両面で人を救える医師になりたいと思ったのです。

腎臓内科をローテーションしているときのこと。腎不全の患者さんに透析療法(人工的に血液を浄化する治療法)を施すと、患者さんの顔色がスーッとよくなり、苦しみから解放される姿を目の当たりにしたのです。さらに腎臓内科は、他の内科分野に比べて努力次第で様々な技術を短期間で習得できることを知ります。

「腎臓領域は臨床と研究を両立するには理想的な分野ではないか!」

こうして私は、研修医2年目で腎臓内科医への道を志したのです。

研究に明け暮れる日々。理想とする医師像との隔たりを感じ始めた大学院時代

それから時が流れ、1992年、大学院に進学しました。研修医時代には「研究によって人を救える医師になりたい」と強い気持ちを持っていたにもかかわらず、私は日々研究に明け暮れる自分に疑問を持ち始めます。

「このまま研究ばかりに没頭していたら、患者さんを救うことからどんどん離れていってしまうのではないか」

しかし、自分のもとに敷かれたレールから大きく逸脱することは簡単ではありません。漠然とした不安を抱えつつも、1994年、腎臓内科の客員研究員としてワシントン大学に留学を果たしました。今となって考えると、この留学は自分にとって非常に重大な経験になりました。

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東京大学大学院医学系研究科 腎臓・内分泌内科 教授

南学 正臣 先生

1988年、東京大学医学部を卒業。東京大学医学部附属病院内科研修医、公立昭和病院、東京船員保険病院での勤務を経て、1994年よりワシントン大学腎臓内科に客室研究員として留学。低酸素、HIFシグナルを中心とした低酸素研究により腎臓病の病態生理の解明と治療法の開発を行う。2012年より現職。

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