リハビリテーション医学をすべての患者さんに

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STORIES

リハビリテーション医学をすべての患者さんに

不足するリハビリテーション科医の育成に尽力する中村健先生のストーリー

横浜市立大学 リハビリテーション科学教室 主任教授
中村 健 先生

恵まれた環境が、今の私をつくっている

私がリハビリテーション科医を志したのは、ごく自然ななりゆきだったかもしれません。

高校の頃に「人の役に立つことのできる仕事がしたい」と思ったことをきっかけに、地元の産業医科大学に進学しました。

産業医科大学は、企業などで働く人々の健康を管理する医師である産業医養成を主な目的とした大学です。私の出身地であり、産業医科大学の所在する福岡県北九州市は、かつて工業により発展してきた地域です。労働災害によりリハビリテーションを必要とする人々のニーズが高かったこともあると思いますが、北九州市は、九州労災病院や日本で2番目に古いセラピスト養成校である九州リハビリテーション大学の設立など、リハビリテーション発祥の地とされています。

そのような背景から、産業医科大学では1978年の大学設立当初からリハビリテーション医学講座が設置されており、私が在学していた当時リハビリテーション医学講座は所属医師も多く活気のある教室でした。当時、リハビリテーション医学を専門とする講座が設置されている医学部は、全国80医学部のうち10数医学部にしかありませんでした(現在でも、30医学部にも達していません)。つまり当時の産業医科大学は、リハビリテーション医学の分野では中心的な存在でした。

「この分野なら、自分も何かできることがあるかもしれない」

障害について興味があったこともあって、医学部卒業後すぐにリハビリテーション医学講座に入局しました。そこで出会った恩師が、日本のリハビリテーション医学の第一人者のひとりでもある産業医科大学リハビリテーション医学講座初代教授の緒方甫(はじめ)先生でした。

自分にできることは、ないのではないだろうか

「リハビリテーション医学は、障害を持った人々の全人間的復権(再び、その人が人らしく生きがいを持って生活できるようにすること)を目指す医学である。そのためには患者さんの病気ではなく全身を診て評価し、何をすべきか判断しなければならない」

緒方先生は、我々リハビリテーション科医を志す若い医師にいつもこう教えていました。私はその教えに深く感銘を受け、この教えが私のリハビリテーション科医師としての基本となっています。

しかし、これまでの私のリハビリテーション科医師としての医療が全て思い通りに、何の迷いもなく進んだわけではありません。

自分の力不足もありますが、ベストを尽くして患者さんの治療に励んだもののうまく結果が出せないこともありました。

リハビリテーションは他の診療科の手術治療などとはちがい、治療を行ってすぐに結果は出ません。ある程度の期間、患者さんにリハビリテーションを続けてもらわなければ機能回復や新たに能力を獲得することはできないのです。つまり、リハビリテーションは先が長く、成果もすぐには見えにくい治療法でした。

他の診療科の、特に外科系の先生が、手術をしてすぐに結果を出し、患者さんが喜んでいる姿を目の当たりにすると「私のやっていることは正しいのだろうか。リハビリテーション科医には向いていないのではないだろうか」と思い悩む時期もありました。

「医師として、本当に患者さんのためになるリハビリテーション治療ができるだろうか」

そう考えていたころ、もう一人の恩師である現・和歌山県立医科大学リハビリテーション医学講座教授の田島文博先生から、大切なことを教えられました。

リハビリテーション科医とは、何だ?

「リハビリテーション科医は医師であり、医学的な技術と科学的根拠に基づいて治療を行わなければならない。そして、臨床だけでなく研究もしっかり行うことが重要である」

田島先生は思い悩む私に対し、そう教えてくれました。そして田島先生に指導を受け、リハビリテーション医療・医学の力に気づくことができたのです。

「医学には人を治す力がある。そして、リハビリテーション医学には、障害を持った人が再び活動を行い人が人らしく生きがいを持って生きることができるようにする力がある―」

今でも、すべての治療がうまくいくとは限りません。それでも私は、自分がリハビリテーション科医としてベストな治療ができるという自信を持って診療にあたっています。

歩くことができなかった患者さんが再び自分の足で歩いて退院していく姿。ふとした瞬間に「ありがとう」と言ってくれる患者さん。このような瞬間に立ち会うと、私は本当にリハビリテーション科医でよかった、頑張ってきてよかったと心から思います。

リハビリテーション科医はとても素晴らしい仕事であり、私はリハビリテーション科医であることに誇りを持っています。しかし、世間一般には(なかには同じ医師でも)、リハビリテーション科医の必要性についてあまり認知されていません。

リハビリテーションには、医師のほかにも看護師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士など多くの職種のスタッフが関わります。リハビリテーションという言葉を聞くと、理学療法士が歩行器を使っての歩行の訓練をする、などを想像する方が多いのではないでしょうか。では、リハビリテーション科医の役割は、と聞かれるとピンとこない方が多いと思います。

臨床におけるリハビリテーション科医は、まずリハビリテーションの対象となる疾患患者さんの評価(全身の診察と障害の診断)を行い必要なリハビリテーション治療を判断し、訓練計画を立て(リハビリテーション処方)、セラピストに指示を出して治療を行います。セラピストが行う訓練は、リハビリテーション治療の最も重要な部分の治療となりますが、さらにリハビリテーション科医は、患者さんの障害を克服して活動を取り戻すために、薬物治療や外科的手術も含めあらゆる医療手法を使用して治療を行います。

また、リハビリテーション治療にどれくらいの期間がかかるのか、どの程度機能が回復するのか、将来どのような生活ができるようになるのか、なぜこのリハビリテーションを行うのか、医学的な根拠をもとに患者さんに提示し、「だから一緒に頑張りましょう」と声をかけます。

しっかりとした医学的な判断のもと今後の目標を示さなければ、患者さんは努力できませんし、リハビリテーションの効果も上がりません。

このように患者さんの全身の評価をして、適切な治療法を判断し、きちんとした治療の根拠と目標を示し、医学的な知識と技術を使いながら患者さんの機能回復・社会復帰のお手伝いができるのが、リハビリテーション科医です。

リハビリテーション医学が、すべての患者さんに貢献できる世界にするために

リハビリテーション科は確かにメジャーな診療科ではないかもしれません。半数以上の大学医学部には、リハビリテーション科の講座はありません。これはリハビリテーション医学とはどのような医学であるのか、その重要性を学ぶ機会がないまま多くの医学生が医師になってしまうということです。

その一方で、リハビリテーションの需要は増しています。医療の進歩で昔は助からなかった命が助かるようになった今、病気や治療の後遺症に悩み、障害を抱える患者さんは増えてきています。たとえ命が助かっても、寝たきりで人らしい生活が送れなくなることを不安に思う患者さんはたくさんいます。

命は、救って終わりではありません。救って、そして元の生活に戻れるよう支えることまでが医療だと、私は思います。

私は医療従事者を含めた多くの人にリハビリテーション医学を広めるため、今は後進の医師の育成に腐心しています。若手医師たちはみな意欲的で、優秀です。かつての恩師が私を育ててくれたように、私も彼らを一人前のリハビリテーション科医に育て、そして彼らがそれぞれの場所でまた後進の医師にリハビリテーション医学を教える、という世界をつくることが目標です。

リハビリテーション科医が増えれば、医学的根拠に基づいたリハビリテーション医療を受けられる患者さんも増えます。そうしてすべての病院にリハビリテーション科医がいて、リハビリテーション医療を受けられる世界ができれば、リハビリテーション医学が認められ、より患者さんが人らしく幸せに生きられるようになるのではないでしょうか。

私はそのような世界を実現したいと思っています。

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