恩師との出会いこそ運命だった

横浜市立大学大学院医学研究科 顎顔面口腔機能制御学 准教授
光藤 健司 先生

恩師との出会いこそ運命だった

恩師・藤内先生との日々で形作られた光藤健司先生のストーリー

公開日 : 2017 年 08 月 10 日
更新日 : 2017 年 08 月 10 日

恩師・藤内祝先生と共に歩んだ若き口腔外科医としての日々

横浜市立大学口腔外科で准教授を務める私が、同大学現教授の藤内祝先生に出会ったのは、北海道大学歯学部を卒業して名古屋大学口腔外科の入局試験を受けた1989年のことでした。

藤内先生は当時名古屋大学口腔外科の医局長で、入局後最初に配属された研究グループである腫瘍グループでは直属の上司にあたり、先生から様々な指導を受けました。

この名古屋大学での出会いから、2017年現在に至るまで、藤内先生とは30年近くに渡って一緒に働かせていただいています。

私は高校卒業後、歯科医師を目指して歯学部に入学しました。歯学部を卒業する直前になって、歯学部ではなかなか学ぶ機会のなかった口腔外科的な処置、手術など口腔外科領域でより幅広い知識を身につけたいと思いました。また高齢化社会を迎えるにあたり全身疾患などの知識を得ることも必要と考えました。そして口腔外科を学びたいと考えた私は名古屋大学口腔外科の門を叩きました。

藤内先生は昔から真面目で人あたりが良く、教えることが好きで部下を大切にする先生でした。名古屋大学在籍時から藤内先生の指導を受けた私は、口腔外科的な知識や技術のみならず、上司、同僚、部下への接し方、仲間への気遣いなど、「後進の育成」について学ぶことができました。そして、チームのリーダーでありながら独りよがりにならず、常にスタッフのことを考えながら行動する藤内先生に憧れ、「私自身も部下を指導する立場になったら、藤内先生のような上司になりたい」と思うようになりました。その後2001年から念願であったアメリカへ2年間留学し、帰国後も名古屋大学で臨床と研究に明け暮れていましたが、2006年のある日、転機が訪れます。

名古屋から横浜へ

藤内先生が横浜市立大学口腔外科の教授になり、2006年名古屋から横浜へ移られましたが、2006年の年末になり藤内先生から「横浜市立大学口腔外科の准教授の席が空くので、こちらに来ないか」という連絡が届きました。当時は名古屋大学で講師を務めていましたが、じっくりと考えた末に横浜市立大学に行くことを決断し、2007年7月から横浜市立大学口腔外科准教授に就任しました。

患者さんの命を救い、患者さんに満足してもらう医療を

私は口腔がんを専門にしていることから主に口腔がん患者の診療を行っていますが、「どうすれば命を救えるか?」「口腔がんの治療の質をいかに保つか?」「治療後のQOLの維持するための治療法は何か?」ということを考えて日々の診療にあたっています。

私が名古屋大学に入局した当時、藤内先生が進行口腔癌に対し臓器温存療法である超選択的動注化学放射線療法を開始したことから口腔がんの「切らずに治す」治療を知ることになりました。超選択的動注化学放射線療法は進行口腔癌に対する臓器温存療法として注目され、現在では日本各地から多くの患者さんが横浜市立大学口腔外科で治療を受けています。またこの治療法の有用性については国内・外の学会あるいは論文等で発表することによって日本のみならず世界各地から問い合わせ、手術・治療の見学に来るようになりました。藤内先生は口腔がんの「切らずに治す」治療の世界的なトップランナーとなっています。

以前進行舌癌の患者さんで、この動注化学放射線療法による治療を行ったものの、残念ながら遠隔転移で亡くなってしまった患者さんがいました。その後ご主人から、遠隔転移で亡くなったことは残念ですが、本人は「口の中を切らなかったことは本当によかった。」と仰っていたということを聞きました。どうしても「切りたくない」という患者さんは多く、切らずに口腔がんを治す方法としてこの治療法は患者さんにとって有効な治療法であると確信しました。

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横浜市立大学大学院医学研究科 顎顔面口腔機能制御学 准教授

光藤 健司 先生

歯科医師。名古屋大学口腔外科や米国留学を経て、2007年より横浜市立大学口腔外科准教授。同科の藤内祝教授のもとで進行した口腔がんに対する超選択動注化学放射線療法(切らない治療)を行い、患者さんのQOLを第一に考えた診療を行っている。

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