大分県中津市に位置する川嶌整形外科病院では整形外科領域の医療を提供しています。国際交流を積極的に行い、患者さんによりよい医療を提供するためにさまざまな取り組みを実施しています。また、歴史から多くのヒントを得て病院運営や医療従事者の育成に役立てています。川嶌整形外科病院で実施している治療や同院が取り入れている思想について、社会医療法人玄真堂 理事長 川嶌眞人先生にお話を伺いました。
川嶌整形外科病院は1981年に川嶌整形外科医院として開院し、施設の充実と共に法人内で新たに『かわしまクリニック』や『かわしま介護ケアセンター』などを開設しています。患者さんを断らずに受け入れる体制の整備はもちろん、スタッフも断らない医療の実現を目指す意識を持って日々の業務にあたっています。目の前にいる患者さんに対して、自分ができることを行うことが医療従事者の使命だと考えています。
医療は教科書から基礎を学び、患者さんからより複雑な病状を学びます。また、患者さんの心の機微を感じ取り、献身的に看護、治療にあたらなくてはならないと思います。また、そういった考え方は患者さんに対してだけでなく、同じ医療従事者に対しても持って接していきたいと思っています。たとえば、当院では20年近くにわたり中国の医師と交流を行っています。
当院では骨髄炎に対する治療を提供しており、骨髄炎の治療方法を勉強し中国で骨髄炎に苦しむ患者さんを救いたいと見学・研修にいらしたり、論文を送ってくださる医師がいます。そういった医師への協力は今でも続いています。
診療では外傷や人工関節置換術、スポーツ障害などから、整形外科領域の感染症、骨髄炎の治療に力を入れています。骨髄炎とは3つのケースで細菌や抗酸菌、真菌などが骨に感染することで引き起こされる感染症です。開放骨折(骨が皮膚の外に露出している骨折。複雑骨折ともいう)や手術後に侵入するケース、別の部位から血流に乗って骨に感染するケース、人工関節や軟部組織などの感染をきっかけに骨まで感染するケースが考えられています。
骨髄炎は細菌などに感染することで、その部位が化膿性の炎症を引き起こします。慢性化すると手術で骨髄内や骨膜に溜まった膿を取り除かなくてはなりません。現在はチューブを用いて骨髄内を洗浄する局所持続洗浄療法を実施することで、手術回数の減少や再発の可能性を低くしています。当院では局所持続洗浄療法を行う前に高気圧酸素治療も実施しています。高気圧酸素治療は、高気圧の環境の中で濃い酸素を吸入し、低酸素状態にある組織の改善を図る治療方法です。重症の火傷や凍傷、減圧症などにも使用されることがある治療方法です。
高齢者の増加にともない、糖尿病の患者さんや寝たきりによる褥瘡(床ずれ)が原因で骨髄炎に発展することも報告されています。
当院の理念や治療方針、スタッフの意識は歴史から学び、どのように現代の医療に適応させていくか、ヒントを得て実践しています。たとえば、医学の父と呼ばれているヒポクラテスの行った医術だけでなく後世に残した言葉、看護教育者マルセラの弟子ファビオラの看護の精神、クリミアの天使と呼ばれたフローレンス・ナイチンゲールが実施した衛生環境の革新など、歴史から学ぶことはたくさんあります。
また、当院のある大分県中津市は、黒田孝高(黒田官兵衛)が治めていたこともある中津藩に位置します。中津藩は蘭学の里として、日本での蘭学を普及させた『解体新書』の出版にも大きく関係があります。『解体新書』というと杉田玄白を中心に数名で訳しています。しかし、『解体新書』の出版には中津藩で医師をしていた前野良沢が関わったといわれています。前野良沢は『解体新書』の翻訳、出版に尽力しましたが、『解体新書』の序文を書くことや自身の名前を明記することを辞退していたのです。
中津市は日本の蘭学の普及に尽力した場所でもあり、この歴史的な背景から学ぶことは多くあります。
以下では、フローレンス・ナイチンゲールの行った衛生環境の改善、ファビオラ精神についてご説明します。
フローレンス・ナイチンゲールは、現在「クリミアの天使」として知られています。彼女はドイツで看護師教育を受け、看護師として従事するかたわらで医療施設へ深い関心を持っていました。1854年にクリミア戦争のことを知り、彼女自身も看護師として従軍するために数十名の看護師を引き連れ野戦病院に向かいます。
そこで彼女が目にしたのは、外傷で苦しむ兵士だけでなく、十分な治療や看護がされず感染症を併発している兵士でした。さらに、彼女が驚いたのは病院内が不衛生だったことです。そのため、彼女はまずトイレ掃除から行いました。ナイチンゲール率いる看護師たちの献身的な看護の結果、ナイチンゲール着任時には高かった死亡率が、衛生環境の改善によって兵士たちの病状は好転し、死亡率も下がったといわれています。
ナイチンゲールは「病気よりも病人を知ることが重要である」「治療されなければならないのは病人であって病気ではない」など、医療従事者が医療を提供する際に必要な思想を残しています。この考えは現代医療にも通じるところがあると私は思います。
ファビオラは看護教育者マルセラの弟子でもあり、ローマキリスト教の聖女でもあります。もともとローマ貴族であった彼女はキリスト教に改宗し、修道生活に入りました。390年、彼女はローマ巡礼者のために救護所を設置し、町で困窮する方や病気に苦しむ方の看護にあたります。
患者さんを運ぶことや、患者さんに食べ物を食べさせるなど、彼女自らが看護にあたっていました。いまわの際の患者さんの口元を水で湿らせることもありました。彼女は慈愛と思いやりを持ち、人間愛のもと患者さんの立場に立った看護を実践したといわれています。
ファビオラの看護に対する姿勢を「ファビオラ精神」と呼びます。この精神を持って看護にあたる看護師を育成したいと思い、中津ファビオラ看護学校の開校の際にファビオラの名を学校名に組み入れました。
当院のスタッフは日々の診療だけでなく、著書や論文の執筆にも精力的に力を入れています。私も今まで骨髄炎の治療に関する論文を200以上執筆し、発表しています。当院は医師だけでなく、看護師も教科書作成や著書の執筆に尽力しさまざまなことにも挑戦し続けています。
当院はスタッフのやりたいことを制限していません。自身が「やりたい」と思ったことは後世の医療従事者や患者さんに還元することができると考えているからです。
また、さまざまなことに挑戦することで、医師であれば自分の専門性を磨くことができます。医師としてのキャリアを積むことにもつながります。
整形外科領域やリハビリテーションを提供しながらスタッフへの育成もしていかなくてはならないと考え、特に看護師の育成に力を入れています。先ほど少しお話しをした中津ファビオラ看護学校での看護師の育成もそのひとつです。
学生時代からファビオラ精神に触れ、看護とはどのようなことをするのか、技術だけでなく患者さんと接するときにはどういった姿勢でいるべきなのかなども併せて教育しています。患者さんの治療は医師だけではなく、看護師やリハビリテーションスタッフなど、多くの職種の知識と技術が必要です。スタッフの教育やこれから医療に従事する学生には、今までご紹介した考え方を身に付けたうえで、今後の医療を担ってもらわなくてはならないと考えています。
医療従事者は患者さんから学問や診療を学んでいきます。医師は手技や知識はもちろん、患者さんから病状に対して学ぶことが多くあります。ひとつの病気をきっかけに受診しても、中にはいくつかの基礎疾患を持っている場合や、何かの合併症を併発することもあります。そういった患者さんへの治療方法を模索することで、医師としての経験や手技につながります。
「患者さんは教科書、病室は研究室」とよく言っています。悪い意味ではなく、医師を成長させるには患者さんと接することが大事だからです。もちろん、研究を専門で行っている医師もいます。彼らには彼らにしかできないこともありますが、我々のように一般病院の医師は患者さんから学ぶことが多くあります。
エビデンスに基づいた医療の提供をしていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
社会医療法人玄真堂 川嶌整形外科病院 理事長
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