「性感染症」というテーマは、日常生活の中ではなかなか話題にしにくいものかもしれません。しかし、性感染症の知識は、私たちがきちんと身につけておかなければならないものです。
さまざまな性感染症について、性感染症学会の代議員としてわが国における性感染症予防・治療を牽引し、ご自身の診療所でも長きに渡り性感染症の患者さんと向き合われてきた尾上泰彦先生に伺います。今回は「軟性下疳(なんせいげかん)」についてのお話です。
軟性下疳とは、「軟性下疳菌(Haemophilus ducreyi)」によって引き起こる性感染症です。軟性下疳は幻の性病とも言われており、最近は日本ではほとんど報告がありません。また、病名は知っていても実際に病気を見たという医師はめったにいません。もともとは東南アジアやアフリカといった熱帯地方で多く発生している性感染症でした。日本では昭和20~25年の終戦直後の多くの性病が流行した時期に流行りましたが、だんだんと報告数は減少しており、今ではめったに見ることのできない病気になりました。
最近では東南アジアや南アフリカで感染した患者さんが日本に帰ってきてから見つかるというケースがまれに見られるという程度です。日本人は海外旅行が好きなのでこれからも流入する可能性は十分にあり、注意が必要な性感染症の一つと言えるでしょう。
症状としては、性器に強い痛みを伴う壊疽性潰瘍が生じることや、鼠径リンパ節の化膿性炎症が起きることが特徴的です。
また、軟性下疳と梅毒トレポネーマとの同時感染の場合を混合下疳と呼びます。混合下疳も、専門医でさえめったに見ることがない疾患です。
軟性下疳は激しい痛みを伴うため性交は不可能です。また潜伏期間が短いため、パートナーへ感染することはめったにありません。発症するのも早く、梅毒やクラミジアと違ってすぐに発見されます。もしもこの病気が発見されたら、他の性感染症にかかっている可能性を考慮しましょう。特に軟性下疳では潰瘍ができてしまうので、HIV感染のリスクも高まります。症状が治まった後にHIVの検査も受ける必要があります。
軟性下疳菌の潜伏期間は2日から1週間です。男女共に潰瘍が生じますが、男性の好発(よく発生する)部位は亀頭や冠状溝周辺、女性の好発部位は大小陰唇や腟口です。潰瘍の辺縁は鋸歯状で掘り込みが深く、接触により強い痛みを生じます。その後、鼠径部のリンパ節も大きく腫れていきます。この部位は自発痛(なにもしていなくても痛むこと)や圧痛(圧迫したときに感じる痛み)が強く出ます。
専門医による視診、触診で容易に診断されます。
確定診断には、染色鏡顕や培養法による軟性下疳菌の検出が必要です。しかし、どちらの検査の実施も困難で、成功率は低いです。
ミノサイクリン、エリスロマイシン、ST合剤、クラブラン酸カリウムアモキシシリン水和物などの薬を7日間内服します。また、潰瘍部位にはゲンタマイシン軟膏を塗ります。
プライベートケアクリニック東京 院長
尾上 泰彦 先生の所属医療機関
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