国立研究開発法人国立がん研究センターでは、網羅的な遺伝子診断に基づく診療を本格的に導入するため、中央病院の「遺伝子診療部門」を2015年11月に開設しました。がんの遺伝子診療における個別化予防と個別化治療について、国立がん研究センター中央病院遺伝子診療部門の部門長である吉田輝彦先生にお話をうかがいました。
診療のためにゲノム検査を行う目的は、がんの場合には大きく分けて2つあります。それは「個別化予防」と「個別化治療」です。個別化予防というのは、生まれつきがんになりやすい体質を持った方のためのものです。近年ではアメリカの女優、アンジェリーナ・ジョリーさんの例が知られていますが、すべてのがんの5%未満といわれる、遺伝性腫瘍と呼ばれるがんのリスクがある方たちが、遺伝子診療部門での診療の対象となります。
もうひとつの個別化治療は、むしろもっと多くの人たちが注目している部分であるといえます。これはがん組織のゲノムを調べて、そのがんの特効薬となるような薬を使う個別化治療を意味しています。したがってゲノム検査には、一方は治すため、もう一方は予防するためという2つの目的があるということになります。
遺伝性腫瘍とは異なり、一般のがんは遺伝しないといわれています。しかし、家族の中に糖尿病の方が多い、あるいは肥満になりやすいといったことと同じように「うちはがん家系だ」とおっしゃる方もいます。その中には遺伝ではなく、たまたま家族がみんなタバコを吸う・食生活に偏りがあるといった生活習慣の問題があったり、あるいは親子間で肝炎ウイルスの感染があったりというケースもあるでしょう。しかし、そういったものとは別に、やはり本当にがんが遺伝しやすい体質というものもあります。
ただし、一般のがんの遺伝的体質については、いわゆるDTC(Direct to Consumer)と呼ばれる部分で、YahooやDeNAなどが行っている体質検査がカバーしていますが、それは我々の医療の範囲ではありません。我々が行っているのは遺伝性腫瘍の部分であるということになります。
また、治療における「副作用の出やすさ」も、その個人差の一部は、がん細胞の性質ではなくて持って生まれた性質によります。アルコールを飲んで赤くなる人とそうでない人がいるように、ある薬物が体に入ったときにその反応が違ってくるということです。これらも正常細胞のゲノム情報を調べることでわかります。
その一方で、がん治療の有効性という部分ではがん細胞のゲノムを調べなければなりません。がんはまさにゲノムの病気であり、ゲノムに異常があるからがんになるという特徴があるからです。その異常になったところだけを狙えば、正常な細胞は殺さずにゲノムに異常が生じているがん細胞だけを殺せるだろうと考えられます。
従来の抗がん剤は、分裂する細胞をすべて殺すというものです。したがって髪の毛・皮膚・骨髄・腸管粘膜など細胞分裂が活発なところでは正常な細胞もダメージを受けます。そこでがん組織のゲノムを調べてその悪いところだけを狙い撃ちすれば、副作用がなくがん細胞だけを効率よく退治できるだろうというのが分子標的薬の考え方です。
しかし実際には副作用がまったくないという、夢のような薬はなかなかありません。分子標的薬といえども、それなりの特徴的な副作用があります。それでも従来の抗がん剤などによる標準治療が効かなくなった方が、臨床試験として新しい薬を試したいという場合は、ここでいう個別化治療から創薬への流れとなります(下図参照)。
また、一人ひとりの副作用の出やすさへの対応も個別化治療のひとつの側面です。したがって個別化治療では正常細胞(固形がんでは血液細胞など)とがん組織の両方を調べなくてはいけないということになります。
※画像はすべて国立がん研究センター中央病院「遺伝子診療部門」の概要(PDF)より引用
国立研究開発法人国立がん研究センター研究所 遺伝医学研究分野 分野長 /同研究支援センター センター長/基盤研究支援施設 施設長
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