インタビュー

救急医療からみる医療連携の重要性―「病を抱えた人」として生きる人々の支援のために

救急医療からみる医療連携の重要性―「病を抱えた人」として生きる人々の支援のために
行岡 哲男 先生

東京医科大学 救急・災害医学分野 主任教授

行岡 哲男 先生

この記事の最終更新は2016年08月20日です。

人は誰でも、いつでも、事故や急な病気に襲われることがあります。そのとき、それ以降、その方は治療が完了してもと通りに社会復帰を果たすまで、「病気を抱えた人」として生きていかなければなりません。人が病気を抱えた状態でより良く生きていくためには、地域医療のあり方をしっかりと構築する必要があります。地域医療を構築するためには、医療機関が機能分化して連携することが重要です。医療連携の重要性について、救急医療の観点から、東京医科大学理事・日本救急医学会長の行岡哲男先生にお話しいただきます。

Patient Journey(ペイシェント・ジャーニー)は、海外でも様々な意味で使われているそうです。例えば、大病院内での採血・画像診断・診察と院内をあちこち巡ることに対しても使われます。しかし私はPatient Journey(ペイシェント・ジャーニー)を、急性期の診療から回復期、慢性期の地域での生活を含み、「病気を抱えた人」として医療機関や地域社会で生きるプロセスを表す言葉として使っています。

入院を要するような場合、特に初めての方にとって病院は「異界」という表現が適切かもしれません。救急に運ばれた患者さんは、好むわけもなく、ましてや望んだこともないのに、気づけば「異界」に運ばれたご自身を見出します。

無事に退院しても、これまで健康に過ごしてきた生活は退院後から大きく変化します。たとえば足に障害が生じた場合、軽々と昇り降りできていた階段で足を取られてしまったり、平坦な道を歩きづらかったりと、今までの生活空間が大きく様変わりしてしまうのです。

病気にかかってからは、住み慣れた世界が「異郷」ともいえる状態となり、そこから長い期間この「異郷」で生きていかなければなりません。このことは、その方にとって新たな「旅」といえます。これをPatient Journey(ペイシェント・ジャーニー)と表現しています。

患者さんへの医療ケアは、Patient Journey(ペイシェント・ジャーニー)に沿って連続性をもって提供されるべきです。この考えは、「地域包括ケア」や次項で述べるような「地域医療」に大きく関わってきます。

(地域包括ケアについては熊川寿郎先生記事「高齢化対策と地域包括ケアシステム」を参照)

では、地域とはどの範囲を指し、Patient Journey(ペイシェント・ジャーニー)に対する地域医療はどこで行われるのでしょうか。

そこで、社会を大きく「地方」「地域」「地区」の3つに分けて考えてみます。

「地区」は一番身近で、いわば「向こう三軒両隣」の生活臭や息遣いが聞こえる領域であり、人はここで生活を営みます。それぞれが顔と名前、過去や未来を持ち、この過去と未来の間の「今」を生きています。

「地方」は制度が網の目のように張りめぐらされた世界です。現代の医療はこの網の目の一つとして人に提供されますが、ここでは個人はIDで識別され、経歴・既往歴や予後の確率がこのIDに紐づけされています。ここには、「地区」のような生活感や人の息遣いはありません。しかし、現代医学/医療の恩恵はこの「地方」が持つシステムの中でこそ、その力を発揮します。

「地域」は、「地方」と「地区」の狭間にあり、人の生活と規則や制度が出会う渚のような場所ということになります。

現代の医療は、制度に基づいて提供されます。この制度や規則は社会にくまなく医療の恩恵を行き届かすツールです。しかし制度や規則は、人が生きている場の全てを支配するわけではありません。現代医療の恩恵は、「地区」という個々人の生活空間から、制度・規則が届き得る「地域」にまで出向く必要があります。

例えば、病院という場はこの「地域」に存在します。病を得た人は「地域」に存在する病院に、そこまで行き届いた制度・規則を守ることを条件に入院し、治療を受けることになります。そして、病院は患者さんをIDだけで識別するのではなく、そこで生きる人として向き合う姿勢を持つことが可能です。

現代の医療は、制度や規則が張り巡らされ医療提供システムが存在する世界(地方)と、人の息遣いと情や思いが重なった世界(地区)の両者が出会い、重なる場に存在します。Patient Journey(ペイシェント・ジャーニー)は、この「地域」というレベルでの出来事ということです。ですからPatient Journey(ペイシェント・ジャーニー)を支援するには、地域レベルでの医療(地域医療)が必要ということになります。

疾患の病期は高度急性期、急性期、亜急性期、慢性期の4つに分類されます。

高度急性期

病気やけがが発生した直後、救急救命処置を行うことが求められる時期

急性期

病気やケガが発生して間もなく、手術などが必要な時期

回復期

急性期は脱したものの、まだ入院して治療が必要な時期

慢性期

長期にわたる療養や介護などを行う時期

まずは医療需要のニーズを予測・把握し、続けてこれに応じた病床機能別の必要量を想定します。この数的な把握を踏まえ、各病床を有機的に連携することで、需要と供給の最大効率化を図る管理または経営戦略が可能となり、地域医療構想の骨格を支えます。地域医療構想では、この4区分で病床機能を分化し、この分化した機能を連携させることにその核心があります。

このとき、「高度急性期―急性期―回復期―慢性期」という区分が、基本的にPatient Journey(ペイシェント・ジャーニー)の体験の流れと重なることがポイントになります。

つまり制度として「地域」のニーズに応じた病床が用意され、これがPatient Journey(ペイシェント・ジャーニー)に沿って区分されているということです。

私たちがこの地域医療構想の核心部分を理解するか否かが、制度と人の息遣いが交じり合う渚としての「地域」を瑞々しく活かすかどうかの分かれ目になると考えます。

20世紀の臨床医学は、解剖学的区分に従い分化・発展しました。これに並行しつつ、20世紀の医療は診療科を分化・専門化してゆきます。大病院の診療科表は、この分化・専門化を反映しており、10を遥かに超えることも多くあります。神経、循環器、消化器の専門病院もありますが、これも医学/医療の分化・専門化の帰結だといえます。

こうした分化・専門化によって、患者さんへの対応も単一臓器・単一疾患を基本にしています。むしろ、単一臓器、単一疾患を前提に、それぞれの診断と治療を研ぎ澄ましてきたというべきでしょう。

専門医の場合、担当する臓器・臓器系の病気について、その医師が高度急性期から慢性期まで、起こりうるすべての医療に対応する能力を持っていることが要求されます。専門医とは基本的に「単一臓器・単一疾患を一貫して診療できる医師」を指します。

たとえば骨折で病院にかかわった方への対応の場合、専門医は高度急性期の手術、急性期の合併症(骨髄炎などが挙げられます)を予防し、リハビリや数十年後の慢性期における変形性膝関節症の診療といった、その方の骨に生じるあらゆる疾患を診ることになります。

このような臓器・臓器系による区分を基本とする分化・分業システムは、20世紀の現代医学/医療の大きな特徴であり、患者さんに対する高度急性期から慢性期まで一貫性のある診療の提供を可能にしました。

このように、20世紀の医学/医療は、臓器・臓器系による区分を基本とする医療に到達します。連携に関しては、臓器別の専門医間の連携に焦点が当てられます。

しかし、社会が高齢化するに伴い、医療ニーズは単一臓器・単一疾患から多臓器・多疾患へとシフトしていきます。

多臓器・多疾患では、臓器ごとに病期が異なる場合があります。この場合、臓器別の専門医が担当する臓器の障害に、高度急性期、急性期、回復期、慢性期という違いが生じ得ます。それぞれの臓器や障害への診療間の連携と調整は複雑であり、また患者さん本人のPatient Journey(ペイシェント・ジャーニー)への配慮は誰が持つことになるのかが曖昧です。これは曖昧というよりも、むしろ臓器別の医学/医療の原理的な弱点といえます。特に、高度急性期・急性期のように時間的余裕のない時期には、この弱点が大きくなります。

我が国において、この問題は1960年代の交通戦争といわれた時代に、多発外傷への診療の弱点としてあらわれました。日本救急医学会を立ち上げた先生方が、外傷診療の専門家であったこともこの経緯と関係します。

救急科専門医は臓器別や疾病による区別ではなく、Patient Journey(ペイシェント・ジャーニー)の高度急性期と急性期を主に担当します。もちろん、単一臓器・単一疾患や多臓器・多疾患の別も問いません。病院到着前の時点、すなわち発症や事故の現場での医療(病院前救護/医療)にも関わります。これはドクターヘリやドクターカーの活動、また災害現場での医療への関与として実践されています。また、消防機関との連携としては、メディカルコントロール(MC)活動として、救急科専門医の対応能力が求められます。

病院搬送よりも前の時点では消防機関との密な連携が必要であり、これが病院内での高度急性期・急性期の医療をより活かすことになります。また、高度急性期・急性期から後方に目を転じれば、回復期・慢性期の専門家との連携も必要です。

高度急性期・急性期を担当する救急科専門医の活動を活かすうえでは、「地域」におけるPatient Journey(ペイシェント・ジャーニー)の流れに沿って、前方(病院前)と後方(回復期・慢性期)との連携が必須になります。そして、この連携は「地域」において成立するものです。

このように、救急科専門医は地域医療に当必然的に根ざす専門医だということができます。

Patient Journey(ペイシェント・ジャーニー)の流れにそった医療連携の重要性は、日本社会の情勢からもみることができます。

今後、医療に対する社会資本の投入額は減少する一方で、高齢化の進展によって医療のニーズは増加していき、同時に複数の病気・臓器障害(多臓器・多疾患)を抱えた患者さんの増加が予測できます。20世紀的な単一臓器・単一疾患の考え方では医療が行き届かなくなる可能性もありますし、経済的負担も増大していくでしょう。

今後、社会の負担を減らすには、医療効率化が必要不可欠です。高度急性期・急性期・回復期・慢性期という病床の機能分化を土台に各機関が連携し、それぞれで高めてきた力量を発揮して医療効率を上げるには、この状況を乗り切る方策以外に選択肢はないように考えられます。

さて、先に紹介したメディカルコントロール(MC)とは、救急救命士が救急現場(病院外)で行う医療行為の質を保証する方策として1990年代はじめに導入された制度です。

本来の役割(救急救命士の医療行為の質の担保)に加え、まずは救急業務の高度化にいかに対応するかを協議する場としての役割が加わりました。さらに、消防機関、行政、救急医療に関わる医師等が、地域の病院前救護/救急医療のあり方を議論する場としてもその活動の範囲を広げつつあります。

救急科専門医にも、必須の対応能力としてMCへの関与が重視されています。

視点を今後の救急科専門医の育成に移すと、MCは「地域」におけるPatient Journey(ペイシェント・ジャーニー)が始まる場に救急科専門医が関わることを可能にする、プラットフォーム的な役割を果たすものと思われます。これは「地域」で生きる救急科専門医にとって極めて重要なものと位置づけられます。

繰り返しますが、20世紀の医学/医療は、臓器別の分化・分業を基本に、単一臓器・単一疾患の診療を洗練させることで兆速の進歩をとげました。この医学/医療が開発した診療力は制度的にも洗練されて、その恩恵が広く社会に行き渡るようになりました。

しかし、21世紀前半の我が国の少子高齢化の進展は、多臓器・多疾患の医療ニーズを増大させています。医療現場への社会資本の投入が制限される状況を踏まえつつ、21世紀的な分業と連携が必要な時代に我々は足を踏み入れているのです。

「地域」におけるPatient Journey(ペイシェント・ジャーニー)を支える医療と、この医療の枠組みを支える医学が社会から求められているといえるでしょう。

救急医学は、急性疾患に襲われた方への関わりをその場から開始し、そこから始まるPatient Journey(ペイシェント・ジャーニー)の高度急性期・急性期医療を支える学術的根拠を提供する、臨床医学の一分野と位置づけられます。この救急医学に支えられた救急医療は、単一臓器・単一疾患や多臓器・多疾患の区別なく、「地域」でのPatient Journey(ペイシェント・ジャーニー)に寄り添えるものだと考えます。

これが21世紀の医学/医療の本流になるかどうかはまだ不明ですが、救急医はこの道の先導的役割を担うことになると思っています。

 

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