
女性の骨盤内で臓器を支えている筋肉や靭帯(じんたい)が出産や加齢などの原因によって緩み、骨盤内の臓器が膣の中に落ち込んだり、膣の外に出てくることがあります。この状態を総称して骨盤臓器脱(こつばんぞうきだつ)といいます。下垂する部位によって子宮脱(しきゅうだつ)・膀胱瘤(ぼうこうりゅう)などいくつかに分かれますが、その中でも多くみられるのが子宮脱です。高齢化にともなって骨盤臓器脱の患者さんは近年増加傾向にあるといわれています。子宮脱をはじめとする骨盤臓器脱とその治療について、昭和大学医学部産婦人科学講座の石川哲也先生にお話をうかがいました。
子宮や膀胱、直腸など骨盤内の臓器は通常、骨盤底筋群(こつばんていきんぐん)という筋肉や内骨盤筋膜(ないこつばんきんまく)と呼ばれる靭帯などの組織によって支えられ、一定の位置にとどまっています。
ところが、たび重なる出産や加齢のためにこれらの筋肉や靭帯が緩んでくると、骨盤内にある臓器の位置が下がってくることがあります。その結果、それぞれの臓器に接する膣(ちつ)の一部とともに膨らんで膣の中に落ち込んでしまったり、あるいはさらに下がって膣外に飛び出し、脱出と呼ばれる状態になったりします。
下垂する臓器が子宮であれば「子宮脱(しきゅうだつ)」と呼ばれますし、膣の前面が緩むと膀胱が落ちてくるので「膀胱瘤(ぼうこうりゅう)」や「膀胱脱(ぼうこうだつ)」、後ろであれば「直腸脱(ちょくちょうだつ)というように呼び方が変わります。子宮脱や膣脱が主となるため性器脱(genital prolapse)と呼ばれることもありますが、近年では肛門から直腸が脱出する直腸脱(ちょくちょうだつ)も含めて、骨盤臓器脱(Pelvic Organ Prolapse; POP)と表現されることが多くなっています。
子宮脱を中心とする骨盤臓器脱は、出産によって骨盤底支持組織の靭帯が伸びたり断裂したりすることがそのきっかけとなります。また、高齢になると筋肉が弱くなるということも大きな要因です。したがって、年齢的には高齢の方に多くみられます。50歳代や60歳代の比較的若い患者さんもおられますが、やはり60代以降の方のほうが多いという傾向です。今後高齢化が進むにつれて、ご高齢の患者さんの割合がさらに増えてくると考えられます。
その他にもいくつかの要因があり、肥満もそのリスクファクターのひとつとなります。また、腹圧がかかることにより内ヘルニアといって、裂孔(れっこう)と呼ばれる穴が空き、そこへ臓器が通り抜けるという形になるといわれています。
腹圧がかかることが要因になるといっても、ただいきむだけで臓器が落ちてくるというわけではありません。経産婦の方に多くみられるのは、出産によって骨盤内で臓器を支持する組織が弛緩するためだと考えられます。初産婦の方にもないわけではありませんし、実際に私自身もそのような患者さんを診たことはありますが、全体的にはやはり経産婦の方のほうにより起きやすいといえます。

患者さんが自覚する症状は、頻度の高い順に以下のようになります。
痛みはあまりなく、どちらかというと違和感を覚える方が多い傾向があります。子宮が下がってくるときに生じる違和感や、ものが挟まっている感じです。進行すると尿がもれることもありますが、逆に尿が出にくくなり排尿困難となる場合もあります。これは尿道が折れ曲がることによって尿閉(にょうへい)になるからです。そのほか、おりものが出ることや、脱出した子宮が擦れると出血の原因になることもあります。
患者さんの訴えとしてよく聞かれるのは、膣に何かピンポン球みたいなものが触れるというものです。患者さんの中には子宮が完全に脱出して極端に外へ出ている方もいらっしゃいますが、その前の段階では少しずつ下がって、何かおかしいなという違和感に気づいておられるのだろうと思われます。
最初に受診するときには膣の違和感や何かが触れるという自覚症状を訴えて来られる方が多いのですが、受診先は病院の産婦人科だけでなく、泌尿器科の場合もあります。先に述べた排尿困難のため、泌尿器科でおしっこが出にくいというところから始まって診断される場合もあるからです。我々のような大学病院の産婦人科の場合、一般的にはすでに子宮脱の診断がついた上で来られる患者さんが中心となっています。

産婦人科で診る場合には、まず問診と内診を行い、尿検査や採血による一般的な血液検査も行います。そのほかには超音波検査やがんでないことを確認するためのがん検診などが一般的な検査内容です。子宮脱そのものは目視で診断がつきますので、先に述べた検査はひと通り行いますが、あとは内診を行うことで一般的にはほぼ診断がつくと考えていただいてよいでしょう。
ただし、尿失禁や排尿障害など泌尿器の症状が合併している場合には、尿の出方など細かな検査が加わってきます。それらについては泌尿器科とどこまで連携するかによって変わってきます。膣の前側が緩むことによって膀胱が下がってくると膀胱瘤や膀胱脱になり、それが原因で尿失禁になることもあります。
いずれにせよ基本的には位置の矯正、つまり元の位置に戻すことが大切なのですが、どこの症状が重いかということによってどの診療科が受け持つかということも変わってきます。たとえば最初のきっかけが尿失禁であれば泌尿器科に行く方もいらっしゃるでしょうし、何かが膣に触れるということであればがんを疑って産婦人科に来られる方もいらっしゃいます。
もしもがん検診を含めるということになれば、たとえば子宮体がんではないかどうかといったことをチェックしますが、そうでなければ単に見るだけで診断は可能です。したがってそこでは患者さんの体に負担があるような、特に侵襲のある検査を行うことはありません。
臓器脱の進行の程度は、POP-Q法によるステージ分類でIからIVまでの4段階に分類されます。
|
Stage |
定義 |
|---|---|
|
0 |
下垂なし |
|
I |
最下垂部位が膣口より1cm奥まで達しない |
|
II |
最下垂部位が膣口より1cm〜1cm脱出の間 |
|
III |
最下垂部位が膣口より1cmを超えて脱出(全膣管長-2cmを超えない) |
|
IV |
最下垂部位が全膣管長-2cmを超えて脱出、または完全脱出 |
骨盤臓器脱は命にかかわる病気ではないため、治療の目的は患者さんのQOL(Quality of life:生活の質)を向上させることであり、ある意味「やってもやらなくてもいい治療」であるということもできます。治療をすれば確実に生活の質は向上しますが、その違和感を我慢することができる、あるいは特に困っていないということでそのままにしているという方も実際におられます。軽度の方であれば、次のような方法による保存的治療も可能です。
程度が軽く、前項の重症度分類でStage I以下に相当するような方であれば、筋肉を鍛える骨盤底筋体操も有効です。
子宮脱の保存的治療法としてはもうひとつ、ペッサリーという大きなリング状の器具を膣に入れ、押し込んで奥に固定するという治療法があります。
ペッサリーは患者さん自身で入れて使うことも可能です。昭和大学病院の産婦人科でも患者さんが入れて使うタイプのものを今後導入予定です。
医師が挿入して使う場合には、通常2~3か月程度は入れたままにして使用しますが、膣の粘膜が圧迫されるため擦れて出血したり、その部分がびらんといってただれたような状態になったりすることがあります。それを防ぐために自分でペッサリーを出し入れする方法を選択する方もいらっしゃいます。
その一方で、ペッサリーを自分で出し入れすることに違和感があるという方や、手間がかかって大変だという方もいらっしゃいます。もちろん膣内に異物があるため性交渉はできません。また、ペッサリーのリングの大きさにも限界がありますので、いきむと抜けてしまうという場合には手術が唯一の選択肢となります。保存的治療ではなく手術を選択する場合には、症状や患者さんの全身状態なども考慮する必要があります。
手術による外科的治療では、従来は膣を縫い縮める手術などが行われていましたが、再発率が高いという問題がありました。そのため、近年では膣の中にポリプロピレン製のメッシュと呼ばれるインプラントを入れる手術が主流となっています。
昭和医科大学江東豊洲病院 産婦人科 准教授
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