小腸は、私たちの生命活動に欠かせない働きを持つ消化管です。小腸はこれまで、その複雑な内壁構造から、検査と治療が非常に難しい臓器と認識されていました。(小腸とその疾患については記事1『小腸はなぜ検査と治療が難しいのか?—小腸の構造と機能について』でご紹介しています)しかし2000年に開発された「ダブルバルーン内視鏡」によって、小腸疾患に関する検査・治療は飛躍的に進歩を遂げました。小腸疾患に対する検査・治療について、ダブルバルーン内視鏡の開発者である自治医科大学の山本博徳先生にお話を伺いました。
ダブルバルーン内視鏡検査を実施するタイミングとして頻度の高いケースは、消化管出血が明らかな状態にもかかわらず、上部内視鏡検査(食道・胃・十二指腸)や大腸内視鏡検査をしても出血の原因となる疾患がみつからず、小腸からの出血を疑う場合です。
2つ目に多いケースは、狭窄(きょうさく:狭くすぼまった状態)症状を伴う腹痛です。狭窄症状を伴う腹痛の要因はおもに、クローン病(大腸・小腸に慢性の炎症または潰瘍をひきおこす疾患)の炎症などによる良性狭窄と、がんやリンパ腫などの腫瘍による悪性狭窄が考えられます。
またCT検査(X線を用いて体の断面図を撮影する)などの画像診断によって小腸に腫瘍の疑いがみつかったときも、ダブルバルーン内視鏡による検査を行います。
<ダブルバルーン内視鏡を用いた検査を行うケース>
1・消化管出血
2・狭窄症状を伴う腹痛
3・小腸に腫瘍の疑いがある
小腸からの出血は、おもに以下の3つの要因によって引き起こされます。
1・血管性病変
小腸内の血管に何らかの異常が発生し、出血する
2・炎症性病変
消炎鎮痛剤やアスピリンの慢性的な服用により炎症・潰瘍が発生し、出血する
3・腫瘍性病変
腫瘍(悪性・良性)やリンパ腫などから出血する
前述の通り、小腸は非常に長く曲がりくねった構造であることから、内視鏡検査が難しい臓器のひとつでした。ダブルバルーン内視鏡が開発される前の長い内視鏡(プッシュ式)を挿入しても、小腸の可動性によって内視鏡が進まず、深部までの到達が困難だったのです。
しかしダブルバルーン内視鏡は、バルーンによって小腸を固定しオーバーチューブ(内視鏡を通すチューブ)を小腸内に挿入することで、安定的な操作性を実現しました。ダブルバルーン内視鏡は、それまで非常に難しかった小腸の全域の検査と治療を可能にしたのです。
小腸の検査法としては、ダブルバルーン内視鏡の開発とほぼ同時期にカプセル内視鏡(約2cmの内視鏡を内蔵したカプセルを飲んで行う検査)も開発されました。カプセル内視鏡は患者さんの肉体的な負担を軽減することはできますが、操作性が低いこと、治療まではできないことが問題です。狙いを定めて小腸の病変をみつけ、さらに処置までできるという点において、ダブルバルーン内視鏡は非常に画期的な方法なのです。
ダブルバルーン内視鏡による検査のデメリットは、ほかの消化管内視鏡検査と同様に、小腸内における粘膜損傷や出血、穿孔(穴が開くこと)などの合併症のリスクがあることです。また通常はあらかじめ鎮静剤・鎮痛剤を投与し、数日間の入院を伴って検査を行う必要があります。
ダブルバルーンによって以下のような小腸疾患に対する治療が可能になりました。
・小腸内出血
・小腸内腫瘍
・小腸ポリポーシス(粘膜に多数のポリープが繰り返し発生する遺伝性疾患)におけるポリープ切除
・良性狭窄:消炎鎮痛剤の慢性的な服用や、クローン病(粘膜に慢性の炎症または潰瘍をひきおこす疾患)による炎症に伴う小腸の閉塞
ダブルバルーン内視鏡による治療の最大のメリットは、開腹の必要がないため低侵襲(患者さんの身体的な負担が少ない)であることと、腸の切除をしないため治療を繰り返し行えることです。
これまで、おもに行われていた開腹手術による治療は患者さんの身体的な負担が大きく、手術を繰り返すうちに腸の癒着(くっつくこと)が起こり得ます。また、腸を切除する手術を繰り返した場合、腸が短くなっていくため、短腸症候群(腸の切除などによって消化吸収能力が低下し、栄養欠乏、下痢、脱水、体重減少などが起こる)のリスクが高まります。ダブルバルーン内視鏡は、こうしたリスクを伴わない治療といえます。
小腸の疾患には、根治の難しいものが多く存在します。たとえばポリポーシスは粘膜に多数のポリープが繰り返し発生する遺伝性疾患で、ポリープの発生を止めることはできないため、対症療法的にポリープを切除し続ける必要があります。また血管性病変による出血に関しても、止血治療後に再び出血するリスクは一定以上存在します。
このような根治の難しい小腸疾患に対しても、開腹や腸の切除を必要としないダブルバルーン内視鏡による治療は、低侵襲で繰り返し治療を行えるという点において非常に画期的です。
なかでも、ポリポーシスの一種であるポイツ・イエーガー症候群は、小腸内に発生したポリープによって腸重積(腸の一部が重なり、腸の閉塞や壊死につながる)を起こしやすく、その場合には緊急手術が必要になります。一度だけではなく、生涯のうちに幾度も手術が必要になるのですが、ダブルバルーン内視鏡によるポリープの治療であれば、患者さんの負担が大幅に軽減されます。
さらに、ダブルバルーン内視鏡による治療を定期的に行うことで、腸重積を回避することも可能です。
ポリープの成長速度には個人差がありますが、一般的には2〜3年に1回、ポリープのできやすい方の場合でも1年に1回ほどのペースで治療をすれば、腸重積を回避することができるのです。
ダブルバルーン内視鏡による治療のデメリットは、高度な技術と経験を要する点です。特に繰り返し治療を施している患者さんの場合、小腸の癒着などにより、患部に到達することが難しくなったり、患部へ到達できても可動性が低かったりすることがあります。このように難易度の高い治療は、医師の経験と技術を必要とするため、よりダブルバルーン内視鏡を用いた治療について症例経験豊富な医療機関にかかることをおすすめします。
我々が2000年にダブルバルーン内視鏡を開発してから徐々に導入施設は増加し、現在では国内で少なくとも200箇所以上の医療施設でダブルバルーン内視鏡検査が可能です。
現在、炎症性腸疾患のひとつであるクローン病の発症が増加しています。今後さらに高齢化社会が進行していくと、血栓性疾患(血管内で血液が固まることによって起こる疾患の総称)が増え、抗血栓剤の服用に伴う小腸内出血が増加するでしょう。また、人の寿命が伸びていくことで必然的にがんが増加し、それに伴って小腸内の腫瘍性出血も増加すると予想されます。
これらの疾患に対してもダブルバルーン内視鏡は有効な治療が可能であるため、今後さらにそのニーズは高まっていくと予想されます。
ダブルバルーン内視鏡は小腸疾患の治療に大きく貢献しました。しかし開発から日の浅い治療法であるため、今後さらに安全で有効性の高い治療へと発展する可能性を大いに秘めています。
たとえば小腸の狭窄については、現在の対症療法的な治療のさらに先を目指し、より治療効果を持続させる方法について研究を進めています。
ダブルバルーン内視鏡は今後の活用に大きな期待がされています。
ダブルバルーン内視鏡は小腸内部に直接アプローチできるため、小腸疾患の治療だけではなく、小腸の病態研究などにも活用できるでしょう。小腸は消化機能のみならず、免疫(アレルギーなど)や体型コントロール、ホルモン、神経系など人の全身にかかわる臓器です。ダブルバルーン内視鏡によって小腸の病態解明が進めば、それらの問題にもアプローチできると考えられます。
私はダブルバルーン内視鏡を開発してから、世界各地に赴きデモンストレーションを含めた啓発活動を積極的に行っています。すると時折、ダブルバルーン内視鏡によって小腸疾患の治療に成功した患者さんから感謝の言葉をいただく機会があります。
「ダブルバルーン内視鏡のおかげで病気が治り、子どもの人生が変わりました」などの声を聞くたびに、私は非常に嬉しくなります。自分が直接その患者さんの治療をしていなくとも、開発したダブルバルーン内視鏡が世界に普及することによって喜んでくれる人々がいるのは、一人の臨床家として幸せなことです。
ダブルバルーン内視鏡によって、小腸疾患に対する治療はもちろんのこと、未解明なことの多く残る小腸の病態を解明し、人々の健康を少しでもサポートしていきたいと考えています。
自治医科大学 内科学講座消化器内科学部門 教授
自治医科大学 内科学講座消化器内科学部門 教授
日本内科学会 内科指導医日本消化器病学会 消化器病指導医日本消化器内視鏡学会 消化器内視鏡指導医
1984年、自治医科大学卒業。卒業後高知県で地域医療に従事。1990年、米国メイヨークリニック、テキサス大学に臨床留学。自治医科大学教授、シンガポール国立大学客員教授、自治医科大学附属病院消化器センターのセンター長などを経て、2014年より現職。ダブルバルーン内視鏡及びヒアルロン酸ナトリウムを用いた内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)の開発者である。ダブルバルーン内視鏡によって、それまで非常に難しかった小腸の検査、治療が可能になった。この先進技術は、その有効性によって現在70か国に普及している。
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