高齢化に伴い、日本ではがんの罹患率が高くなっています。しかし、それに伴い診断や治療、緩和ケアの分野で医療も進歩してきています。
東京女子医科大学 がんセンター長の林和彦先生は正しいがんの基礎知識を一般の方に伝えるため、教員免許も取得して日本各地で授業や講演を行なっています。がん教育・啓発活動に尽力され、この分野のトップランナーでもある林先生にがんの基礎知識や現状についてお話しいただきました。
みなさんは「がん」という疾患名を耳にしてどのようなイメージを持たれるでしょうか。「治らない」「死んでしまう」「怖い」ほとんどの方がそのようなイメージをお持ちではないかと思います。確かに、どんなに治療を尽くしてもがんが治らず亡くなっていく方はおり、メディアなどではこのようにがんで亡くなってしまった方ばかり取り上げられます。しかしその一方で、がんを克服して社会復帰する方も多くいらっしゃいます。
がんは確かに死亡率の高い疾患ですが、基礎知識や正しい情報を知らずに過度に不安がったり、怯えたりするのは余計に身体や心の負担を増やします。まずはがんがどのような疾患なのか、正しい基礎知識を身につけることが大切です。
まずはがんに罹患する方の基本的なデータをご説明します。2012年のデータでは、がんに罹患する方の男女比は男性63%、女性47%と男性のほうがやや多いことが特徴です。日本の人口のうち、男性で3人に2人、女性で2人に1人の方が生涯に一度はがんに罹患するといわれています。つまり今やがんは誰でもかかる恐れのある、珍しくない疾患であるといえます。
では日本国民の大半が考えているように、がんは治らない、罹患すれば死んでしまう疾患なのでしょうか。実は必ずしもそうとは限りません。がん患者さんの6割以上はがんを克服しています。2016年の予測では日本人のがんの罹患数は101万人ほどで、がんで亡くなった方の数は37万4000人ほどといわれています。
実際にはがん患者さんの6割以上ががんを治し、社会復帰しているにもかかわらず、「がんは治らない」「がんは死んでしまう」というイメージが先行しているせいで、患者さんやそのご家族は病気そのものだけでなく、社会的にも苦しい思いをしています。ここではその一例を挙げます。
がんと診断された方の35%が職を失っています。「がんは治らない」「がんに罹ると死んでしまう」というような誤解があることが、その大きな理由の一つだと思います。会社にとってがんの患者さんをいつまでも雇っておくのは損失になってしまうと考えるからです。
また最初はサポートしてくれていた会社でも、抗がん剤治療の副作用などで体調を崩し、会社を休むことを繰り返していると徐々に患者さんへの風当たりが強くなり、結果的に辞職せざるを得ないケースもしばしばあります。病気によって弱気になってしまうこともあり、「会社に迷惑をかけたくない」とご自分から会社を辞めてしまう方が非常に多くいらっしゃいます。
たとえば、大腸がんの標準治療である、手術後の抗がん剤による治療には、約半年の期間が必要です。根治手術が終わった患者さんは、半年間辛い抗がん剤治療を耐えれば、その後は元気になって今まで通り働ける方も多いのです。そして、一度死を覚悟し、病気に打ち勝ったがんサバイバーは精神的にも強く、元気になればモチベーション高く企業に貢献してくれるのではないかと考えています。
がんは身近な疾患になりつつあるにもかかわらず、正しく理解されていないために必要以上に不安を抱えてしまう方もいます。ここではがんがどのようにして発生するか、そのメカニズムについて簡単にご説明します。
がん細胞は特別な細胞ではなく、ヒトが本来持っているごく普通の細胞から生じます。ご存知の通り、私たちの体のなかでは常に細胞分裂が起こり、新しい細胞が生み出されています。がんはその細胞分裂のなかで細胞のミスコピーが何回も重なることにより発生します。歳をとればとるだけ細胞分裂の回数も多くなりますから、がんに罹患するリスクは高まりますが、若い方でもがんに罹患してしまう可能性はあります。
細胞のミスコピーは誰にでも起こっています。しかし、免疫力が強い健康的な方は、ミスコピーを起こした細胞を自分の力で退治することができます。強い免疫力を身につけるには日頃の生活習慣が何より大切です。
特に喫煙、飲酒などはがんに直接結びつく危険因子であるため、注意が必要です。
細胞のミスコピーが重なって生じたがん細胞は、検査で発見される大きさになるまで10〜20年近く体内に潜んでいます。しかしながら、その後は急速に増大し、わずか数年のうちに命を脅かすがんになります。できるだけ早く発見し、効果的な治療を行えば、がんを克服する確率も非常に高くなります。
がんを早期発見するためには検診を受けることが大切です。しかしながら、日本は先進諸国に比べがん検診の受診率が低いことが問題視されています。
日本人ががん検診を受診しない理由には次のようなことが挙げられています。
<日本人ががん検診を受診しない理由>
上記のようにさまざまな理由でがん検診を定期的に受けすに生活している方が日本にはたくさんいらっしゃいます。しかしこれらの理由はわれわれがん専門医にとっては、どれも苦しい言い訳のように思えます。
繰り返しになりますが、がんは早期に発見し早期に治療することができれば、それだけ治る確率も高くなります。治すことができれば、今まで通りの暮らしをすることも可能なのです。
東京女子医科大学 がんセンター長 /化学療法・緩和ケア科 教授/診療部長
東京女子医科大学 がんセンター長 /化学療法・緩和ケア科 教授/診療部長
日本臨床腫瘍学会 がん薬物療法専門医・指導医日本がん治療認定医機構 がん治療認定医日本外科学会 外科認定医日本消化器外科学会 消化器外科認定医日本消化器内視鏡学会 消化器内視鏡専門医・消化器内視鏡指導医日本医師会 認定産業医
1986年千葉大学医学部卒業。東京女子医科大学 がんセンター長として患者さんの診療を行っている。長年がん患者さんやそのご家族と触れ合うなかで、国民ががんについて正しい知識を持つことが大切であると感じ、がん啓発やがん教育に傾注するようになった。2017年には教員免許を取得した。小中学校や高等学校でのがんの授業だけでなく、医師や教員対象の講演も積極的に行っている。
林 和彦 先生の所属医療機関
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