縦隔腫瘍とは、体の中心に位置する縦隔に形成されたできものをさします。縦隔腫瘍は良性から悪性まで多数の種類が存在しますが、縦隔は重要な臓器に隣接するため、いずれの場合も早期に診断・治療を行う必要があります。縦隔腫瘍の分類や症状について、国際医療福祉大学三田病院 呼吸器センターの小鹿雅和先生にお話を伺いました。
縦隔とは、体の中心に位置する領域をさします。縦隔は、前後を胸骨と椎体(ついたい:脊椎を形成する骨の前部分)に、左右を肺に囲まれています。縦隔のなかには、心臓・食道・気管・気管支・大動脈・胸腺・背骨・脊髄・神経など、生命活動に必要なあらゆる臓器がおさまっています。
縦隔腫瘍とは、縦隔に形成された、通常では認められないできもの(腫瘍)です。縦隔腫瘍には良性から悪性までさまざまなケースが存在し、進行速度・症状の重さはケースによって異なります。先述のように縦隔には重要な臓器がいくつも存在しているため、縦隔腫瘍がそれらの臓器まで広がっているかを含め、画像診断によって慎重に病状を診断する必要があります。
縦隔腫瘍は小児から高齢者まで幅広く発症のリスクがあり、なかでも40〜70歳での発症がもっとも多いとされています。
2012年に発表された日本胸部外科学会の学術委員会の調査によれば、呼吸器外科手術総数72,899例のうち縦隔腫瘍手術数は4,578例と、全体の6.3%にあたります。この数字が示すように、縦隔腫瘍は比較的まれな疾患です。しかしながらCT検診、診断率の向上などにより、縦隔腫瘍の患者数は増加の傾向にあります。
当院においては2005年からの呼吸器外科手術例855例中57例(6.6%)が縦隔腫瘍の手術件数であり、同様の割合を示しております。当院の縦隔腫瘍57例中、胸腺上皮性腫瘍の発生頻度は40%、その中で胸腺がんは12%です。また縦隔腫瘍における先天性嚢胞疾患(胸腺のう胞、心膜のう胞、気管支原生のう胞)の発生頻度は26%の割合でした。
縦隔腫瘍にはいくつかの分類がありますが、胸腺上皮性腫瘍(胸腺腫・胸腺がん・胸腺カルチノイド)は発生頻度が多く、縦隔腫瘍手術総数のおよそ半数を占めています。なかでも胸腺腫は、低悪性度から胸腺がんと診断の難しい悪性度のケースまで、非常に幅広いタイプが存在します。縦隔腫瘍のなかで発生頻度の高い胸腺腫と胸腺がんのステージ分類と治療については、記事2『縦隔腫瘍(胸腺腫・胸腺がん)の検査・治療・タイプ・ステージ分類』でご説明します。
【縦隔腫瘍のおもな分類】
胸腺腫とは、肋骨の裏側にある胸腺にできた腫瘍で、比較的進行速度が遅いという特徴があります。胸腺は白血球の一種であるTリンパ球を生成し、体の免疫機能をつかさどる臓器で、成長とともに小さくなり成人になると退化します。胸腺腫は、良性から悪性まで幅広いタイプが存在し、進行すると胸腺がんとの鑑別が難しいこともあります。手術で組織を摘出するまではっきりとした判別ができないケースもありますので、胸腺腫を疑う場合には詳細な検査を経て、慎重に治療方針を決定する必要があります。
胸腺がんは、先に述べた胸腺にできる悪性腫瘍です。胸腺がんは、胸腺腫よりも進行スピードが速く悪性度が高い傾向にあるため、早期の診断・治療が望まれます。
胸腺カルチノイドは、胸腺を由来とする神経内分泌細胞(ホルモンを産生する細胞)から発生する悪性腫瘍です。
交感神経(分泌腺・血管・内臓などをコントロールする神経)や肋間神経(肋骨に沿ってある神経)を由来とし、後縦隔(胸の後方)に発生する腫瘍です。
胚葉(骨、筋肉、血管、生殖器官などをつくる細胞)を由来とした成熟した組織から構成される腫瘍です。奇形種のうち、悪性腫瘍は10〜20%です。
先天性嚢腫(のうしゅ)とは、先天的に存在する体内の腺管が拡張して袋状になった嚢腫をさします。おもに気管支嚢腫と、心膜(心臓を密着して覆っている組織)嚢腫があります。
縦隔甲状腺腫とは、甲状腺(喉仏の下にありホルモン分泌を行う器官)腫の一部あるいは全部が縦隔に発生したものです。
縦隔腫瘍は通常、初期症状がほとんどありません。しかし症状が進行して腫瘍が肥大するとともに、縦隔が炎症を起こしたり、周囲の臓器を圧迫したりすることがあります。さらに縦隔腫瘍が周囲の臓器に浸潤(広がること)した場合には、胸の痛み、上大静脈の圧迫による顔のむくみ、気管の圧迫による呼吸困難、咳、血痰(血の混ざった痰)、嚥下(飲み込むこと)困難など、さまざまな症状となってあらわれます。
しかしながら上記のように明らかな症状が出るまで放置するケースはまれで、多くの場合には定期検診で行うレントゲン検査によって異常を発見します。縦隔腫瘍は周囲の臓器への浸潤がない、もしくは少ない早期に発見することが重要ですから、定期的に健康診断を行うことをおすすめします。
縦隔腫瘍の1つである胸腺腫の場合、重症筋無力症や赤芽球癆(せきがきゅうろう)を合併するリスクが高まります。また胸腺腫の合併症には、シェーグレン症候群やグロブリン血症がありますが、発生頻度はまれです。
重症筋無力症は、胸腺腫の16〜24%の患者さんに起こりうる合併症です。重症筋無力症は筋肉量の低下をおもな症状とし、眼瞼下垂(がんけんかすい:上まぶたが正常位置より下がる)・倦怠感・呼吸困難などを引き起こします。胸腺腫によって重症筋無力症が進行することを防ぐために、胸腺の切除手術を行うこともあります。
重症筋無力症の治療にはステロイド投与が有効ですが、ステロイド治療を急に停止すると離脱症状が起こります。離脱症状とは、継続的なステロイド投与によって副腎が機能を低下している状態でステロイド投与を中断すると、体内のステロイドホルモンが急激に低下してしまうことです。そこで胸腺腫によって重症筋無力症を発症した場合には、神経内科医と連携をとり、慎重に治療を行います。
赤芽球ろうとは、骨髄にある造血幹細胞(赤血球・白血球・血小板を生成する細胞)の異常により赤血球が生成されなくなり、貧血を引き起こす疾患です。
シェーグレン症候群は、目・口・鼻腔の乾燥をおもな症状とし、唾液腺の腫れや全身倦怠感、めまいなどを引き起こします。
低ガンマグロブリン血症は、血液の液体成分を構成する血漿(けっしょう)に含まれるガンマグロブリンが異常に低下し、免疫不全をきたすことによって、細菌感染症などにかかりやすくなる病気です。
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