肝移植(かんいしょく)は、肝臓が大きなダメージを受け、ほかに治療法がない患者さんにとって「最後の砦」ともいえる治療法です。臓器移植にはいくつかの方法がありますが、日本で肝臓を移植する際に多く行われるのは、健康な方から肝臓の提供を受ける「生体肝移植(せいたいかんしょく)」です。
生体肝移植とはどのような方法で進められ、提供の際にはどのような条件を満たす必要があるのでしょうか。神戸大学医学部附属病院 教授 肝胆膵臓外科診療科長の福本 巧先生にお話を伺いしました。
生体肝移植とは、肝臓の機能が低下している人に対して、健康な人の肝臓の一部を移植することです。肝臓の一部を提供する人は「ドナー」、移植を受ける人は「レシピエント」とよばれます。
肝臓はとても多様な機能を持つ臓器であるため、現在(2018年2月)の科学技術をもってしても、代わりとなる「人工臓器」を作ることはできません。そのため肝臓の機能を著しく低下させてしまった人を救う方法としては、いまのところ肝移植のみと考えられます。
臓器の移植には、ふたつの種類があります。生きている方から臓器が提供される「生体臓器移植(せいたいぞうきいしょく)」と、亡くなった方から臓器の提供を受ける「死体臓器移植(したいぞうきいしょく)」です。
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・生体臓器移植 :生体ドナーから臓器が提供される
・死体臓器移植
└脳死臓器提供 :脳死※の方から臓器が提供される
└心停止後臓器提供:心臓が停止した方から臓器が提供される
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「肝臓の移植」を行うときには、生体肝移植、もしくは脳死臓器移植のどちらかの方法で行われることが一般的です。
※脳死(のうし):呼吸・循環機能の調節や意識の伝達など、生きていくために必要なはたらきを司る脳幹を含む、脳全体の機能が失われた状態
日本肝移植研究会の報告によると、2015年末までに日本で行われてきた肝移植の総数は8,387件であったと報告されています1)。このうち、脳死移植は321件、生体移植は8,066例でした。日本では脳死ドナーの数が少なく、欧米と比べると生体臓器移植の割合が高いということが特徴といえます1)。
年間の例数をみてみると、生体肝移植は2005年の566例がピークであり、以降はやや減少傾向となり、近年では年間400例前後を推移しています1)。
本記事では、肝移植のなかでも生体移植について詳しく解説していきます。
生体肝移植を行う上で重要となるのが「自主性」です。まず患者さん本人の意志でしっかりと提供を受けることを希望していること、また臓器の提供をする人(ドナー)が間違いなく自身の意思で「提供したい」という気持ちを持っていることが、移植を行う上で大前提となります。
生体肝移植は、進行性の肝疾患で末期状態にあり、従来の治療方法では余命1年以内と推定される場合が対象となります。
※ただし先天性肝・胆道疾患、先天性代謝異常症などの場合には必ずしも余命1年にこだわりません。
具体的には以下のような病気が移植の対象となります。
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など
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1 遠隔転移と肝血管内浸潤を含めないもので、腫瘍の直径が5cm以下のもの、または直径3cm以下が3個以内のもの
脳死移植、生体移植ともに年齢に関する国の基準はなく、対象年齢は病院ごとの方針によって異なります。生体移植はおおむね65歳まで、脳死肝移植の登録は60歳までとしている施設が多いようです。
大人の患者さんの場合、子どもの患者さんの場合を比べて条件に大きな違いはないと考えられます。しかし、生体肝移植ではドナーから提供できる肝臓の大きさに制限があり、レシピエントに必要とされている肝臓の大きさに足りず、移植が成立しないことがあります。子どもでは、大人と比べると体が小さく、そうしたミスマッチが起きにくいと考えられます。こうしたことから、子どもは大人よりもドナーの対象者が広がりやすいと考えることができると思います。
以下のような場合には、生体移植が困難と考えられることがあります。
移植を受ける方(レシピエント)が、感染症やなんらかの悪性疾患を発症しているときには臓器移植が難しいと考えられます。
提供いただく肝臓の大きさでは足りない場合、移植を行うことが困難となります。
ドナーの方と血液型が合うかどうかも確認が必要です。下記の図をみていただくとわかりますが、ドナーとレシピエントの方は、輸血と同じように適合性のある血液型同士であることが求められます。
ただし、血液型不適合であっても特定の薬剤を使用することで拒絶反応が起こることを抑え、移植を可能にする場合もあります。可能であれば血液型の一致、または適合であることが望ましいですが、ひとつの方法としてはこうした薬剤を使うことで移植を可能にするという方法が選択されるケースもあります。
肺がんを発症としている患者さんの場合、肝移植は「ミラノ基準」という基準のなかにおさまる場合であることが必要と考えられます。ミラノ基準とは、生体肝移植の適応としてイタリアのミラノ大学の研究者が発表した基準で、世界的に用いられているものです。この基準では、がん腫瘍の直径が5cm以下1個、もしくは3cm以下3個以内であることが定められています。日本で生体肝移植を行うときには、この基準内であることが健康保険適応の基準となっています。
こうした条件を考慮しながら、生体肝移植ができるかどうかを判断していきます。
また、臓器を提供する方(ドナー)になるためにもいくつかの条件があります。
生体肝移植のドナーになるためには、レシピエントの方との親族関係を確認する必要があります。
日本移植学会では、「親族」の範囲*2(6親等以内の血族、3親等以内の姻族[配偶者・配偶者の3親等以内])の方がドナーになることを倫理指針の原則としています。この原則を基本として、実際にはそれぞれの病院によってドナーについての方針が変わってきます。たとえば、神戸大学では原則として「4等身以内の親族」とした上で、患者さんごとのケースでイスタンブール宣言に反するような倫理的な問題がないか院内の適応評価委員会および倫理委員会で慎重に検討していくこととなっています。
2 民法上で定められている親族の範囲を指す
ドナーの方の年齢についても確認が必要です。病院により異なりますが、たとえば神戸大学では原則60歳までとしています。ほかの病院の方針によっては65歳、70歳までと判断している場合もあると考えられます。肝移植を行うにあたって、ドナーの方が健康であることが重要となるため、特に高齢の方では健康状態を確認の上で判断を行います。
肝臓を提供するときには、ドナーに残る肝臓の大きさが3割~3割5分以上になるようにします。肝臓の形や大きさは人によって異なるので、場合によってはレシピエントに十分な大きさの肝臓を提供することが難しいこともあります。
レシピエントと同様、ドナーが感染症やなんらかの悪性疾患を発症されているときには臓器移植が難しいと考えられます。また、肝臓に通う「血管の形」が移植のときに分けることが困難な形であるときも、ドナーとなれないことがあります。
記事の前半でもお話したように、ドナーが間違いなく自分の意思で臓器提供を希望していることが大前提となります。
ドナーは必要な検査を終え、手術の前日もしくは前々日より入院いただくことが一般的です。ドナーは、普段と変わらずに過ごしていただいて問題ないといえますが、体調管理に注意を払い、風邪を引かない、タバコやお酒を避ける、寝不足にならないといった点に気を付けることが大切です。
手術に向けて体調を整える必要があり、一週間前には入院いただくことが一般的と考えられます。患者さんの体の状態によっては、術前の検査後からそのまま1か月以上入院されていることもあります。
ドナーから必要な大きさの肝臓を摘出します。ドナーから肝臓摘出後にレシピエントに植える手術を行うので、午前中の早い時間から行うことが一般的です。ドナーの手術はレシピエントの手術より早く終わります。手術時間は場合によって異なりますが8時間ほどとなることがあります。
ドナーの手術の経過に合わせて、レシピエントの病気の肝臓を摘出する手術を始めますがドナーと同時に始めることが多いです。そのときの状態にもよりますが、当日の夕方ぐらいに手術が終えられるのが一般的だと考えられます。手術時間は場合によって異なりますが、10時間を超えることは少ないと考えられます。
手術後にはドナー、レシピエントそれぞれ必要な検査を行い、術後の経過をみながら退院に向けて療養を行います。
生体肝移植ではどのような合併症※に注意すべきでしょうか。
ドナーではこのような合併症に注意が必要と考えられます。
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など
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手術を行うため、術後の感染症には注意が必要です。また生体肝移植によって肝臓を切除するため、胆管が傷つき、胆汁が漏れやすい状態になることがあります。
レシピエントでは上記の合併症に加えて下記の合併症に注意が必要と考えられます。
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など
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レシピエントでも、ドナーと同じように感染症に注意が必要です。特にレシピエントは移植後の拒絶反応を抑制するために「免疫抑制剤」を投与されていることから、体の免疫機能が低下しやすく、ドナーの場合では感染しにくい「カビ」や「ウイルス」による感染症を発症することもあります。免疫機能が低下していることを考慮して、よりいっそう感染症に気を付けることが大切といえます。
また、臓器の移植を受ける上で気をつけなければならないのが「拒絶反応」です。これは患者さんの体に備わっている「免疫機能」が、移植された臓器を異物と捉えて攻撃してしまうことで引き起こされます。
拒絶反応を起こさないよう、肝移植では術後に免疫の機能を抑える「免疫抑制剤」を投与しますが、その投与量は「拒絶反応を起こさず、かつ感染症にかからない程度」に調節する必要があります。
拒絶反応が起きているかどうかは判断が難しい場合もあり、さらに起きていたとしても軽症でおさまる場合から、重症化して命の危険に及ぶものまでさまざまです。必要な頻度で検査を行い、状態に合わせて対処を行うことが必要となります。
※合併症:ある病気の発症や治療に伴って引き起こされる症状
特にないと考えられますが、肝臓が元の大きさまで回復していく過程をきちんと追っていくことが大切です。ドナーの肝臓は、場合にもよりますが約1年で元の大きさの九割五分ほどまでは回復していきます。そのため、退院後は1か月、3か月、6か月、12か月ごとといった目安で、約1年間CT検査※などを行い、状態を確認していきます。
※CT検査:エックス線を使って身体の断面を撮影する検査
退院後、患者さんの状態に合わせて通院や定期受診などを行います。容体が安定しているようであれば、1か月に1度ほどで定期的に検査を行っていきます。
検査では感染症が起きていないか、拒絶反応が起きていないか、また使用している免疫抑制剤の量は適切か、などを確認していきます。
また、免疫抑制剤の使用によって引き起こされることがある腎機能低下のリスクなどには注意が必要と考えられます。免疫抑制剤を適切な投与量にコントロールして、副作用のリスクを抑えていくこと、また腎臓への負担を抑えられるように血圧のコントロールをしっかりと行っていくことなどの重要性についても、近年学会などで注目されています。
ひとつあげられることとしては、「術後の通院のコンプライアンス(受容度)」だと考えています。子どもだけに限ったことではないかもしれませんが、5~10歳といった若いときに移植を行った場合、その後に症状が落ち着いてくると移植したことを忘れていき、通院し続けることの重要性を感じにくくなることがあります。こうしたことで通院したがらなくなる場合もあります。
しかし、通院で状態を定期的にみていくことはとても大切です。特に小児の場合、親などの大人から移植を受けることが多いと考えられますが、患者さんが5歳のときに50歳の方から臓器の提供を受けたとすると、40年経てば、患者さんが45歳のとしても移植された肝臓は90歳といえます。そうした視点も持ちながら、異常がないかどうか定期的にきちんと通院をしていただくことがとても大切といえるでしょう。
【参考】
1)日本移植学会. Fact book 2016 of Organ Transplantation in Japan 「我が国における各臓器提供の現状と移植実績 」
神戸大学 大学院医学研究科 外科学講座 肝胆膵外科学分野 教授
神戸大学 大学院医学研究科 外科学講座 肝胆膵外科学分野 教授
日本外科学会 外科専門医・指導医日本消化器外科学会 消化器外科専門医・消化器外科指導医・消化器がん外科治療認定医日本消化器病学会 消化器病専門医・消化器病指導医日本肝臓学会 肝臓専門医・肝臓指導医日本移植学会 移植認定医日本肝胆膵外科学会 肝胆膵外科高度技能指導医
2017年より神戸大学大学院 外科学講座 肝胆膵外科学分野 教授に就任する。神戸大学大学院 外科学講座肝胆膵外科は、難治性肝胆膵疾患の国内における最終治療拠点の一つとして重要な役割を担っている。全国各地から患者さんを受け入れ、日々、難治性肝胆膵疾患の治療に取り組んでいる。
福本 巧 先生の所属医療機関
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