体表から放射線を当てるのではなく、放射性医薬品を体内に投与することで、がんやバセドウ病などを治療する「RI内用療法」。従来は、主にラジオアイソトープ(RI/放射性核種)から放出されるβ線(ベータ線)が治療に利用されてきましたが、現在、より副作用の少ない治療を目指し、α線(アルファ線)を用いたRI内用療法の開発が全国で進められています。β線とα線の違いとRI内用療法の基礎知識、治療開発の現状について、福島県立医科大学核医学科教授の織内昇先生にお話しいただきました。
放射線治療は、大きく外照射と内照射の2つに分けることができます。一般的に知られている放射線治療は、体の外から病巣に放射線をあてることで、がん細胞などの死滅をはかる外照射です。
一方、内照射とは放射性核種(ラジオアイソトープ:RI)を結合させた注射剤や内服薬を体内に投与する放射線治療です。放射性核種を製剤化した治療薬(放射性薬剤)としては、選択的に病巣のみへと向かう性質があるものを用います。そのため、全身に転移があるがん患者さんの静脈内に治療薬を注射した場合、薬剤は血液にのって多数の転移病巣それぞれに届きます。このような多発性転移がんの治療は外照射では難しく、内照射だからこそできる強みといえます。
また、治療薬は、体内のがん病巣にのみ取り込まれるため、放出される放射線が周辺組織を傷つけるリスクが小さいという特徴があります。
内照射は、「RI内用療法」とも呼ばれます。また、がん細胞に特異的な目印に結合する薬剤を使用するため、標的RI治療ということもあります。
RI内服療法の主な方法は上述した静脈注射、あるいは経口投与ですが、症例によっては病巣に直接注入することもあります。
日本では、バセドウ病や甲状腺がん、悪性リンパ腫、骨転移のある去勢抵抗性前立腺がん、がんの骨転移に伴う疼痛(痛み)緩和に対するRI内用療法が保険診療で行われており、当院でもこれらすべてのRI内用療法を外来あるいは専用の病棟で実施しています。
※甲状腺がん、悪性リンパ腫、骨転移に伴う疼痛緩和に対する治療の詳細は、記事2『転移のある進行がんや骨転移に伴う痛みの緩和に有用-β線を使ったRI内用療法』をご覧ください。
RI内用療法のうち、バセドウ病(甲状腺機能亢進症)に対するアイソトープ治療は、古くから行われています。バセドウ病とは、甲状腺からホルモンが過剰に産生されることで、身体にさまざまな症状が現れる疾患です。
甲状腺の細胞は、放射性核種であるヨウ素131を通常の非放射性のヨウ素127と同じように取り込みます。ヨウ素131は、通常のヨウ素とは異なり、過剰なエネルギーを有する不安定な核種です。崩壊して安定化する際に過剰なエネルギーを放射線として放出します。バセドウ病に対するアイソトープ治療は、ヨウ素131が崩壊の際に放出するβ線で甲状腺の細胞のDNAを切断して細胞を死滅させることで、過剰に産生されている甲状腺ホルモンを減らす治療法です。
甲状腺がんのうち分化型甲状腺がんは、ヨウ素131を取り込む性質を維持しているため、ヨウ素131を治療薬として用いることができます。バセドウ病や甲状腺がんの場合はヨウ素131そのものが治療薬となりますが、これは特殊な例であり、その他のがんに対するRI内用療法の場合には、がん細胞に選択的に結合するような放射性薬剤をつくるところから始める必要があります。
バセドウ病や甲状腺がんに対するアイソトープ治療とその他のがんに対する治療の概要からもわかるように、RI内用療法では、病巣の細胞にのみ取り込まれる放射性薬剤を選定し、製剤化するというプロセスが非常に重要です。現在進めている種々のがんに対するRI内用療法の治療開発においても、特にこの過程に難しさや課題を感じています。
放射性核種から放出される放射線には、α(アルファ)線、β(ベータ)線、γ(ガンマ)線といった種類があります。先述したバセドウ病や分化型甲状腺がんに対するRI内用療法は、このうちヨウ素131から放出されるβ線を利用した治療です。
保険診療で行われている悪性リンパ腫のRI内用療法なども、同様にβ線を利用した治療であり、過去には「α線を使ったRI内用療法」は実現が難しいと考えられてきました。
α線はβ線に比べてエネルギーが格段に大きく、がんに対する治療効果には期待が寄せられています。しかし、技術的な側面として、α線核種はβ線核種に比べて製造が難しく、化合物と結合させて安定な製剤を合成することも難しく、これらが治療開発の壁となっていたのです。
α線を使ったRI内用療法の利点は、治療効果が大きいことの他に副作用が少ないことがあります。α線は飛程(飛ぶ距離)がβ線よりはるかに短いため、骨髄や腎臓などの組織を傷害してしまうリスクが小さい利点があります。
エネルギーが大きいため治療効果は高くなり、副作用も少ないという点に多くの研究者が注目し、技術的な課題を解決すべくα線を使ったRI内用療法の開発が行われるようになりました。
α線核種の薬剤開発ができれば、既存の治療が効かなくなった患者さんに対しても新たな治療の選択肢を提示できるという期待があります。
前にも述べたように、α線はその特性上、安定的に製剤化することが難しいという難点があります。また、治療の実用化のためには、安全基準の策定などレギュラトリー・サイエンスの整備も平行して行っていく必要があります。α線放出核種を実際の患者さんに投与することは、法規制の面からみても容易なことではありません。安全管理や使用後の放射性核種の廃棄法なども、ひとつひとつ定めていく必要があります。基盤となるルール策定がα線を使ったRI内用療法の課題といえますが、最近では国が安全管理や法的整備の推進に力を入れており、この治療法への期待値の高さが伺えます。
日本では2016年以降、α線を放出する放射性医薬品が使えるようになりました。
また、当センターでは、α線を使った新規RI内用療法の開発を一大目標に掲げています。今、α線を用いた治療開発は国内外のトレンドとなっていますが、RI病棟と研究施設を一所に併せ持つ本学は、国内の中心となる意気込みで開発に臨んでいます。現在はα線放出核種であるアスタチン211を主な開発候補として製剤化に向けた研究を進めています。当施設には、アスタチン211を製造できる加速エネルギーの大きい中型サイクロトロンがあるため、こうした装備面での強みも活かしていきたいと考えています。
新規治療の開発には、創薬、非臨床試験(動物実験)、臨床試験といった複数のプロセスを踏む必要があるため、数年~10年という長いスパンで計画を立てていかなければなりません。現在は、医師の他に薬学研究者や非臨床試験の専門家、診療放射線技師など、多職種で構成されるチームが整備されてきた段階にあります。今後は、原子力規制庁の安全管理研究に基づくガイドラインの策定などとも並行して臨床研究に向けた研究開発を行っていく予定です。
本学が位置する福島県は、東日本大震災と原発事故を経験し、放射線の問題に直面した地域です。その福島で、放射線が新しい医学・医療に有用であることを示し、復興のシンボルとすることは、大きな意義があると信じています。
福島県立医科大学 先端臨床研究センター 教授
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