インタビュー

転移のある進行がんや骨転移に伴う痛みの緩和に有用-β線を使ったRI内用療法

転移のある進行がんや骨転移に伴う痛みの緩和に有用-β線を使ったRI内用療法
織内 昇 先生

福島県立医科大学 先端臨床研究センター 教授

織内 昇 先生

目次
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この記事の最終更新は2018年07月05日です。

β線(ベータ線)を使ったRI内用療法は、全身に転移した進行がんの治療や、骨転移に伴う疼痛の緩和を目的として行われる放射線療法のひとつです。日本では、再発した悪性リンパ腫甲状腺がんに対するRI内用療法が保険診療として行われています。

β線を使ったRI内用療法の適応疾患や入院治療、外来で行われている治療について、福島県立医科大学核医学科教授の織内昇先生にご解説いただきました。

放射性核種には、α(アルファ)線やβ(ベータ)線、γ(ガンマ)線といった異なる性質の放射線を放出するものがあります。治療効果のあるα線やβ線を放出する核種を製剤化し、静脈注射や経口投与で体内の病巣に取り込むことで、がん細胞などを駆逐する治療法を、RI内用療法といいます。

RIとは放射性核種(ラジオアイソトープ)のことです。

現在、日本で保険収載されているRI内用療法の大半はβ線を利用したものです。人体組織の透過率の高いγ線とは異なり、β線は体内で数mmしか飛ばないため、周囲の人には影響を及ぼしません。この距離のことを飛程といいます。甲状腺がんに対して使用されるヨウ素131は、治療効果のあるβ線のほかにγ線も放出するため、周囲の人への影響を考慮し、専用のRI病棟(放射線治療病室)に入院していただく必要があります。一方、悪性リンパ腫に対して用いられるイブリツモマブ チウキセタン(遺伝子組換え)という放射性核種はγ線を放出せず、β線だけを放出するため、イブリツモマブ チウキセタン(遺伝子組換え)による悪性リンパ腫の治療は外来で行うことができます。

なお、記事1『α線を使ったRI内用療法とは?福島県立医科大学における新規放射線治療開発』でお話ししたα線は、β線よりさらに飛程が短く、公衆被ばくのリスクは小さいため、理論上は外来で治療することが可能です。実際に、2016年より日本で使えるようになった塩化ラジウムによる前立腺がんの治療は外来で実施されています。今後、治療開発が進められていくα線核種についても、一つ一つ使用方法をガイドラインで定めていく必要があります。

透過した人体

一般的には、転移がみられる進行がんが、β線を使ったRI内用療法の対象となります。ただし、がんのなかには放射線治療に向いているものと、不向きなものがあります。放射線に対する感受性が高いがんであれば、薬物治療よりも有効で副作用の懸念も少ない場合があります。次項に述べる悪性リンパ腫がその例です。

悪性リンパ腫は、放射線の感受性が高い悪性腫瘍のひとつです。そのため、全身に転移していなくても、従来の抗体による治療や化学療法との併用による治療の効果が不十分な場合にはRI内用療法の適応となります。悪性リンパ腫のRI内用療法としては、β線を放出するイットリウム-90を用いる方法があります。

がん」として広く認識されている一般的な固形がんの多くは、放射線の感受性が高いわけではありません。そのため、原発巣は手術で取り除き、転移巣をRIで治療するという方法が取られます。

現在開発が進められているα線を使ったRI内用療法も同様で、α線が強力とはいえ原発巣は可能な限り切除したうえで治療を行います。放射線感受性の低いがんを根治することは困難ですが、RI内用療法は副作用が少ない治療法ですので、治療中や治療後のQOL(生活の質)の維持にも寄与するものと期待されています。

「骨」「痛み」

がんが骨に転移することで、患者さんが抱えることになる厳しい症状のひとつに「疼痛(痛み)」が挙げられます。放射性医薬品のひとつである塩化ストロンチウム(ストロンチウム-89)は、骨転移により生じる疼痛を緩和する治療薬です。

ストロンチウムは、カルシウムと類似した性質を持ち、体内に投与すると骨の構成成分として取り込まれます。骨転移が生じた部位では、骨を破壊する細胞が活性化されるため、がん細胞の増殖とともに激しい痛みが起こります。このとき、生体は骨の破壊を食い止めるために骨を再構築すべく、カルシウムを骨に取り込みます。先述の通り、ストロンチウムはカルシウムとよく似た性質を持つため、がん細胞が増殖する骨転移の最前線で骨の再構築部位に取り込まれますが、ストロンチウム89という放射性核種はそこで崩壊する際にβ線を放出します。

ストロンチウム89が放出するβ線は、がん細胞を完全に破壊するほどのエネルギーは持っていないものの、痛みを弱める効果があります。なぜ塩化ストロンチウムの投与により痛みが弱まるのかという疑問については、現在も完全には解明されていません。

塩化ストロンチウムの注意すべき副作用は骨髄抑制(こつずいよくせい)です。骨髄抑制とは、骨髄の中で作られる白血球や赤血球、血小板数が減少してしまうことを指します。ストロンチウムは正常な骨にも取り込まれる性質があるため、骨髄にも影響が及んでしまうのです。治療を受ける予定の患者さんに骨髄抑制による貧血や出血傾向などの副作用が危惧される場合には、慎重にRI内用療法を行います。

がんの治療に放射線医薬品を用いる場合は、ある程度の強さ、つまり十分な量の放射能が必要です。しかし、外来では500メガベクレル(500×106ベクレル)以上の放射能量のヨウ素131を投与することはできません。これは、公衆被ばくを防ぐための制限です。ヨウ素131からは、β線だけでなくγ線も放出されます。γ線は透過率が高いため、治療を受けた患者さんの周囲の人にまで放射線の影響が及ぶリスクがあります。そのため、甲状腺がんのRI内用療法は、専用の病室に入院して行います。ただし、遠隔転移のない甲状腺がんで、甲状腺を全摘した後に残存甲状腺組織を破壊するアブレーション治療は、1.11ギガベクレル(1.11×109ベクレル)の投与量までなら外来で実施することができます。

テレビ電話

入院期間中は、ご家族の面会や看護師による生活の介助ができなくなります。そのため、食事や着替えなど、身の回りのことをご自身で行えることが、この治療を受けていただくときの条件となります。

RI内用療法を行なう病棟には、このような治療の特性を考慮し、テレビ電話やカメラなどを設置しています。

遠隔転移のある甲状腺がんに対するRI内用療法は、1回で根治を目指す治療とは異なります。そのため、退院後も外来で経過を観察し、効果を確認して必要な治療を繰り返します。

一方、残存甲状腺組織に対するアブレーション治療は、破壊が達成された時点で治療終了となります。甲状腺がんは長期の経過観察中に再発することがあり、その際には入院してRI内用療法を行います。

放射線の感受性が高い悪性リンパ腫であれば、治療開始後、比較的早い時期に腫瘍の縮小がみられ、数月後には消失するケースをよく経験します。

一方、一般的な固形がんであれば治療効果は徐々に現れ、腫瘍はゆっくりと小さくなります。なかには、RI内用療法の効果が不十分で、増大はしないものの小さくもならない症例も存在します。このように、効果が現れるまでの期間や効果そのものも、がんの種類や個人で大きく異なります。しかし、腫瘍は小さくならない場合でも、多くは痛みなどの症状や腫瘍マーカーなどの指標が良くなります。

織内先生

本記事では、β線とα線を使うRI内用療法についてお話ししました。この記事でご紹介した治療の多くは既に保険診療として行なうことができます。しかし、他の先進諸国と比べると、日本におけるRI内用療法の実施件数は少なくなっています。その一因として設備面の不足があります。再発甲状腺がんに対するRI内用療法の項目では、入院の必要性について解説しました。入院治療を行なうには、放射線を安全基準に則って使用できる専用の病室が必要になります。しかし、現在の日本には、RI内用療法を行なうことのできる放射線治療病室が不足しています。

今後、放射性核種を医療に使うことへの理解が広がり、RI内用療法の有効性が医療従事者や製薬企業、行政府などに広く認知され、設備投資をして放射線治療病室を増やすとともに、外来で実施可能なα線核種やβ線核種による新しい治療の安全性や有効性を確認して患者さんに届けられるよう、研究開発を推進していきたいと考えています。

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