自分でインスリンを分泌できない1型糖尿病における治療の基本となるのは、インスリン製剤を用いて体外からインスリンを注射で補充する“インスリン治療”です。近年では新しいインスリン製剤、インスリンポンプ、持続血糖測定器などの登場により1型糖尿病の治療のあり方は大きく進歩してきているといえます。1型糖尿病の治療と日常生活の体調管理のポイントについて、国立国際医療研究センター病院 糖尿病内分泌代謝科小谷 紀子先生にお話しいただきました。
インスリン治療におけるインスリン製剤の補充の方法は、ペン型の注入器を用いてインスリン製剤を手動で注射する“頻回注射法”や、インスリンポンプ(インスリンを持続的に注入する小型医療機器)を用いてインスリンを持続的に注入する“持続皮下インスリン注入法”があります。
現在国内で使えるインスリン製剤は、超速効型インスリンからゆっくり効果が現れるインスリンまで、非常に多様な種類があります。そのため、さまざまなインスリン製剤を組み合わせてその患者さんの生活スタイルに応じた治療を選択することが可能です。もちろん必ず複数のインスリン製剤を組み合わせなければいけないというわけではなく、高齢の方などには極力シンプルな治療法を選択するなど、柔軟に対応します。
インスリンポンプを用いる場合は超速効型インスリン製剤を使用します。インスリンポンプの特徴は、その日の活動量や体調に応じて細かくインスリン量を調整できることです。自分でインスリン製剤を注射する頻回注射の場合は0.5単位か1単位での調整となりますが、インスリンポンプを使えば追加インスリンは0.1単位、基礎インスリンの注入は0.025単位での調整が可能となります。夜間と日中ではインスリン必要量が異なる場合もありますので、時間帯に応じた調整も可能です。
リアルタイム持続血糖測定(CGM)搭載型インスリンポンプ(Sensor Augmented Pump:SAP)では、グルコース値*をリアルタイムでモニターしながら、インスリン注入量を調整することができます。食後にグルコース値が急上昇するようであれば食事に対するインスリンが不十分だったと分かります。運動時などにグルコース値が下がってきていることを確認できれば、低血糖を起こす前に補食するなどの対策を取ることができます。このようにSAPを使うことで、患者さんの血糖コントロールは著明に改善します。
さらに、現在のSAPには、血糖が下がってきた時点で低血糖になることを予測し、自動的にインスリン注入が止まり、血糖が回復したら再びインスリン注入が始まるという機能がついています。この機能により、低血糖の頻度は著明に改善します。
*グルコース値:間質液中のグルコース(ブドウ糖)の濃度。
第一に費用がかかることが挙げられます。たとえば、3割負担でSAPを使う場合、診察代や薬代などと合わせると1か月あたり3万円ほどかかってしまうケースもあるため、誰もが気軽に選択できる方法とは言えません。
次に、定期的なチューブ交換が必要など器械の管理が煩雑であること、チューブ詰まりなどのトラブルが発生しやすくその都度対応しなければならないこと、チューブやセンサーを装着するために着る服を選ぶ必要があることもデメリットといえるでしょう。
このように、SAPにはメリットだけではなくデメリットもいくつかあるため、インスリンポンプの導入を医師側から強くすすめることはありません。どちらの方法でインスリン治療を行うか、最終的には患者さん自身で選択していただきます。もちろん、デメリットも理解したうえでSAPを使いたいという患者さんには、問題なく治療が続けられるようにサポートします。
1型糖尿病の治療の大原則はインスリン治療であり、そのほかの内服薬をファーストチョイスで使うことは基本的にありません。
ただし、インスリン量を増やしても血糖コントロールがうまくいかない方には、血糖降下薬であるSGLT2阻害薬による治療選択を検討することがあります。
SGLT2阻害薬は尿からの糖の排泄を促進することで血糖値を下げるはたらきがあります。高血糖を改善する効果がある一方で、ケトン体を生成しやすくなるためSGLT2阻害薬を使った患者さんは正常血糖ケトアシドーシスを起こしやすくなります。
患者さんにはこのことを事前に説明しますが、いざケトアシドーシスが起こってしまったとき、患者さん自身が体調の変化に気付くことは容易ではありません。ですから、1型糖尿病患者さんへのSGLT2阻害薬への投与は慎重に判断し対応する必要があります。
当院では、ドナーの膵臓から採取した“膵島*”を点滴で肝臓に移植する“膵島移植”の実施への取り組みを進めてきました。1型糖尿病に対する膵島移植は2020年から保険適用となったため、現在、膵島移植を希望される患者さんの登録を開始しています。
膵島移植は体を切らずに行えるので患者さんの肉体的負担が少なく、自分の膵臓からインスリンを分泌できない1型糖尿病にとって有用な治療法の1つと考えられます。
ただし、ドナーの膵臓から採取した膵島を移植するため、移植後は免疫抑制剤の服用が必要です。また、移植した膵島からのインスリン分泌量は少しずつ低下するので、数年単位で再び膵島移植をしなければなりません。
*膵島:インスリンを分泌するβ細胞を含む細胞の島状の塊。
膵島移植をするためには年単位でドナーを待つ必要があります。そこで、患者さん自身のiPS細胞からインスリンを分泌するβ細胞を用いた治療の研究が進められています。
2020年12月現在、β細胞の役割を担うiPS細胞の開発には成功していますが、これを臨床応用できる段階まで発展させるにはまだ時間を要するでしょう。
1型糖尿病は、病原体から体を守る免疫細胞がインスリンを作るβ細胞を敵と誤認してしまい、自らの細胞を攻撃する“自己免疫”によって起こることをこちらのページで解説しました。現在、この自己免疫を抑える免疫療法の研究が進められています。臨床への実用化に至るにはまだ多くの課題が残されていますが、開発に成功すれば、1型糖尿病の治療成績を向上させることが期待できます。
肥満にならないよう健康的な食生活を送ってくだされば、特別な食事制限は不要です。特に成長期の子どもの場合、3食はしっかりと食べていただく必要がありますし、適量ならばおやつも我慢せず食べてよいでしょう。
唯一述べるとすれば、甘いジュースなどの糖分を多く含んだ飲み物には注意してください。低血糖のとき、すぐに血糖値を上げたいときに飲むことは問題ありませんが、正常血糖時に飲むと急激に血糖が上がって、インスリンをいつも以上にたくさん使用しなければならなくなります。
安全な血糖コントロールのためには、糖分の多く含まれる食事をしたとき自分がどのくらいのインスリンを補充しなければならないのかを、患者さん自身が理解していることが重要であり、主治医と一緒に考えていきます。
お酒についても、適量であれば制限はありません。
お酒にはビールや日本酒など、血糖の上がりやすい醸造酒と、焼酎などの血糖が上がりにくい蒸留酒があります。患者さんの多くは自分自身で血糖が上がりにくいタイプのお酒を自然と選択するようになります。血糖コントロールおよび肝機能が良好であれば、血糖が上がりやすい醸造酒を一切飲んではいけないということはありませんが、量には注意が必要です。
運動にも制限はありません。子どもの場合、学校の体育やスポーツ行事も同級生の子たちと同じようにしていただけます。ただし、運動すると血糖値は下がりますから、体育に備えて直前の食事のときのインスリンを普段よりも減らす、インスリンポンプを使用している場合は運動中のインスリンの注入量を減らす、低血糖症状に対して早めに補食を取るなどの低血糖予防対策をしっかりと取るようにしましょう。
国立国際医療研究センター病院 糖尿病内分泌代謝科 医師
国立国際医療研究センター病院 糖尿病内分泌代謝科 医師
日本内科学会 認定医・指導医日本糖尿病学会 糖尿病専門医・糖尿病研修指導医
1型糖尿病治療への取り組み
大阪大学理学研究科修士課程修了後、武田薬品工業(株)医薬開発本部にて研究、臨床開発に従事。結婚、長女の出産の後、1型糖尿病を発症する。医師を志し同社を退職し、2003年慶應義塾大学医学部に入学。同大学腎臓内分泌代謝内科にて診療にあたり、自身の患者としての経験も踏まえ糖尿病の患者さんと向き合うとともに、糖代謝機構解明のための研究に取り組んだ。2020年4月からは国立国際医療研究センター病院 糖尿病内分泌代謝科において1型糖尿病の臨床に携わっている。
小谷 紀子 先生の所属医療機関
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