1型糖尿病と聞くと“子どもの病気”とイメージする方が多いのではないでしょうか。しかし、1型糖尿病は大人でも発症する可能性がある病気です。大人になってから1型糖尿病を発症した場合、今まで当たり前のように送ってきた日常生活のなかに治療を取り入れ病気をコントロールしなくてはなりませんが、そこには大人の患者さんだからこそ必要とされるサポートや工夫があるといいます。自らも1型糖尿病の患者の1人である国立国際医療研究センター病院 糖尿病内分泌代謝科 小谷 紀子先生に、大人の1型糖尿病についてご解説いただきました。また記事の後半では、同じ病気を抱える患者の1人としてのメッセージもお話しいただきました。
1型糖尿病は小児期~思春期に発症することが多い病気ですが、子どもだけの病気ではありません。なかには80歳代で発症する方もいらっしゃいます。まず、1型糖尿病は小児に限らずどの年代でも発症する可能性がある病気だということを知っておいていただきたいと思います。
成人期以降に1型糖尿病を発症した患者さんは、今まで当たり前のように送っていた生活スタイルを大きく変えなければならなくなります。そのため、小児期発症の1型糖尿病の患者さんに比べると「自分が病気になったこと」をすぐには受け入れられない方も多く、仕事などを優先して血糖管理をおろそかにしてしまったり、食事のバランスが乱れてしまったりしがちです。ここに、大人の1型糖尿病における治療の難しさがあります。治療に対する心理的負担が大きくなることが予測されますから、治療を無理なく継続するための心理的なサポートが重要になります。
大人の患者さんは自分以外の1型糖尿病の患者さんと接する機会があまりないので、医師や外来スタッフ、看護師などの医療関係者が患者さんとうまくコミュニケーションを取りながらサポートをする必要があると考えます。その方法は十人十色であり、年齢やバックグラウンド、合併症などに応じて、その方に適した方法を探していくことが大事です。
また、慢性疾患である1型糖尿病は長年にわたる治療が必要な病気ですので、患者さんが年を重ねるに伴い起こるさまざまな体調の変化に備えて、さまざまな診療科が連携することも重要です。当院では内分泌・代謝科を始め、精神科や心療内科、腎臓内科、眼科、神経内科、循環器科、心臓血管外科、産婦人科などの診療科が連携し、チームとなって1型糖尿病の患者さんのサポートを行っています。
原則として、1型糖尿病において就労に制限はありません*。仕事が忙しいことが原因で血糖コントロールがおろそかになってしまわないように、一人ひとりに適した治療方針を選択します。患者さんが自身の血糖管理に対してネガティブな気持ちを持たないよう、まずは血糖コントロールの成功体験を感じていただくことが大切であると考えます。患者さんと一緒に、試行錯誤しながら対策を考えていきます。
不規則な時間帯の仕事に就いている方に対して、医師側からシフト変更などを職場に依頼することはありません。ただ体内時計のリズムが乱れやすい分、夜勤が多い方は血糖コントロールが難しくなることがあるため、それに対応できるインスリンの使い方の対策を考えていきます。
*ただし、日本ではパイロットになることは残念ながらかないません。また、公共交通機関の運転手や高所での作業を伴う職業、潜水士になることは、低血糖などの症状のときに周囲の人にも危険が及ぶ可能性があるため難しいです。
妊娠中は空腹時血糖を95mg/dL未満、食後2時間の血糖値を120mg/dL未満にすることが糖尿病診療ガイドライン2019にて定められています。しかし、少しでも何かを食べたらすぐに血糖値が200mg/dLを超えるような患者さんが食後2時間の血糖値を常に120mg/dL未満に保つというのは、簡単なことではありません。血糖値を下げたいからといってたくさんインスリンを使用しすぎてしまうと、今度は低血糖になります。
1日何度も血糖を測定して頻回注射でインスリンを注入し血糖値を調整する方法もありますが、毎日続けるのはやはり大変です。そのため妊娠希望の方、あるいは妊娠中の方には、こちらのページで説明したリアルタイム持続血糖測定(CGM)搭載型インスリンポンプ(Sensor Augmented Pump:SAP)が有用です。これを使うことで血糖の推移をCGMから常に確認できますし、もし値が乱れたらその時点で対処できますから、妊娠中の血糖コントロールの負担が大きく軽減されると考えます。しかし、医療費の問題は無視できません。全ての患者さんがSAPを選択できるわけではありませんが、妊娠中だけ使用するという方法もありますので、患者さんと相談しながら適切な方法を探します。
私は糖尿病の患者さんを診察する医師であり、1型糖尿病の患者の1人でもあります。日頃から「私も1型糖尿病です」と大々的に言っているわけではありませんが、診療を行う流れのなかでそのことをお伝えしたほうがよい場合は、患者さんに私自身の病気を伝えることがあります。
そのような立場において日々意識していることは、“患者さんとの関係”です。自分が1型糖尿病であるからこそ、同じ病気である患者さんの見本にならないようなことをしてしまわないように意識しています。「1型糖尿病でも普通の人と同じように生活できる」ということを私自身の姿で示せるような生活を送ろうと常に思います。普段医師として患者さんを診察したり、血糖コントロールの指導を行ったりしていますが、こう考えると私自身、患者さんの存在があるから、病気と向き合いながら生活できているのかもしれません。
どうか自分一人で抱え込まないで、病気に関する悩みや不安を話せる相手を見つけてください。
私は大人になってから1型糖尿病を発症し、同じような方の力になりたい一心で、患者会の存在も知らないまま医師になりました。低血糖で倒れたこともあれば、インスリンを適切に打てておらず高血糖状態が続いてしまったこともあります。医師になったばかりの頃は「自分の体調管理すらままならないのに、患者さんの指導なんて本当にできるのだろうか」という思いが消えなかったのも事実です。
しかし、同じ1型糖尿病の医師にお会いし、初めて自分の症状や悩みについて相談したとき、気持ちがとても楽になりました。今は、いろいろな方とお話しする機会に恵まれ、情報交換や相談をさせていただきます。
同じ病気の方と交流することに抵抗感があるという方もいると思いますが、困ったときや悩んだとき、支えになるのはやはり、この病気を理解してくれる人の存在です。それは友人でも、家族でも、医療者でもよいと思います。そのような相手を見つけるために、患者会などに参加してみるのもよいかもしれません。
インスリンの打ち方や管理の仕方など、最初は戸惑うこともたくさんあるかもしれませんが、そうした医学的な面は我々医療者がしっかりとサポートさせていただきます。1型糖尿病患者さんにとって、インスリン注射は“治療”というよりも“生活”そのものです。1型糖尿病はインスリンが出ない病気ですが、裏を返せば、インスリンさえ正しく体内に補充できていれば健康な人とほとんど変わらない生活を送ることができます。
私たちは、1型糖尿病の患者さんが、普通の人と同じように生活できて何でも好きなことに取り組める、と思っていただけるようにサポートさせていただきます。一緒に頑張って取り組んでいきましょう。
国立国際医療研究センター病院 糖尿病内分泌代謝科 医師
国立国際医療研究センター病院 糖尿病内分泌代謝科 医師
日本内科学会 認定医・指導医日本糖尿病学会 糖尿病専門医・糖尿病研修指導医
1型糖尿病治療への取り組み
大阪大学理学研究科修士課程修了後、武田薬品工業(株)医薬開発本部にて研究、臨床開発に従事。結婚、長女の出産の後、1型糖尿病を発症する。医師を志し同社を退職し、2003年慶應義塾大学医学部に入学。同大学腎臓内分泌代謝内科にて診療にあたり、自身の患者としての経験も踏まえ糖尿病の患者さんと向き合うとともに、糖代謝機構解明のための研究に取り組んだ。2020年4月からは国立国際医療研究センター病院 糖尿病内分泌代謝科において1型糖尿病の臨床に携わっている。
小谷 紀子 先生の所属医療機関
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