中国労災病院は、広島県呉市に位置する急性期病院です。救急医療・高度専門的医療・周産期医療の3本柱に加え、勤労者の健康・安全を担う病院として“治療と仕事の両立支援”を掲げています。同院の特徴や今後の展望について院長の栗栖 薫先生にお伺いしました。
当院は、“働く人と地域の人のために患者中心の良質な医療を提供します”という理念のもと、労災病院としての役割を大切にしながら、働く人や地域の人のために幅広い医療を提供しています。現在、26の診療科に加え、ロボット手術支援センターや人工関節センターなど、より専門的な治療を提供するさまざまなセンターを擁しています。
また、広島県より地域周産期母子医療センターや災害拠点病院としての指定を受けており、地域医療の要となれるよう努めています。地域中核病院として、災害に強い地域造りをめざす労災病院となり、地域の安全に積極的関わっていくことを(独)労働者健康安全機構はミッションとしており、被災地へのDMAT(災害派遣医療チーム)の派遣も行っています。
当院は交通アクセスがよく、JRでは“新広駅”の連絡通路から直結しています。この新広駅は当院と地域のニーズから2002年3月に開業しました。バスは5路線が利用可能です。また、東広島・呉自動車道の開通などもあり車でも来院しやすくなっていることから、呉二次医療圏を超えた広い地域から患者さんが来られます。
当院の救急外来には、年間13,000人を超える*救急患者が訪れます。救急搬送の救急応需率は90%を超えることもあり、“断らない医療”を目標に日々患者さんを受け入れています。救急医療は、初療を担当する救急部のスタッフをはじめ、多くの専門集団がチームとなり支えています。日勤帯ではICU・救急医療専門の常勤医師を含め2名、さらに毎日4名の医師が当直し、全科が常に待機しています。加えて、当院では放射線技師や検査技師、薬剤師、事務職も交代勤務体制を敷いており、強固なチームで診療にあたれるよう体制を整えています。また、集中治療部にはICU(特定集中治療病床)8床を備えており、ICU担当医師が勤務しています。脳や循環器の病気をはじめ、多発外傷や呼吸不全などさまざまな重症疾患に対応しています。
当院の屋上には救急搬送用のヘリポートが設備されており、遠方からの搬送や災害時において非常に重要な役割を果たしています。2022年度には年間で20件の搬入を行いました。
*救急外来患者数……2020年度:11,895人(コロナ禍当初は減じました。)/2021年度:13,980人/2022年度 :14,888人のように増加しています。
当院では、呉圏域では初となる手術支援ロボット“hinotori™”を導入しています。腎泌尿器外科での前立腺がんに対する治療から開始し、消化器外科での直腸がん、さらに大腸がん全体の手術にまで進んできています。2024年(令和6年)6月以降上部消化管の手術も可能となる見込みがつきました。ロボット支援下手術は、より安全で精緻な手術を目指すことができ、これにより疼痛の軽減や早期離床・社会復帰へつなげることが可能となります。
整形外科では、労災病院として長年の治療実績で得た知見に加え、新たな治療法も取り入れながら診療を行っています。早期の社会復帰を目指し低侵襲な鏡視下手術や、新しい治療である“切らない治療法(PRP<多血小板血漿>療法)”なども積極的に行っています。また、2012年より人工関節センターを開設し、膝や股関節、肩関節などに対する人工関節手術を行っています。
前述のとおり、当院は地域周産期母子医療センターとして指定を受けており、産婦人科と小児科の連携により正常妊娠の場合はもちろん、合併症のある妊娠などにも対応しています。また、臨床研究にも取り組んでおり、近年問題となっている妊婦さんの“痩せ”について、睡眠、食事、血糖値などの観察研究を開始しています。
当院では、妊娠中はもちろん産後のサポートも重視しています。出産前には、ファミリー学級を開催しており、妊娠中の過ごし方や出産に向けての準備などについて、当院の助産師がお話しています。また、出産を終え退院後には通常の健診に加えて助産師外来を開設しており、乳房トラブルや育児への不安などさまざまな相談を受け付けています。
さらに、2021年6月より、当院で出産された方を対象とした“育児外来”も開設しています。育児外来では、母性看護専門看護師(日本看護協会認定)、国際認定ラクテーション・コンサルタント(IBCLC)の資格*をもつ助産師に、育児の不安や育児と仕事の両立についての問題など、さまざまな相談をすることができます。
*母性看護専門看護師……周産期を中心に母子およびその家族への支援や、女性のさまざまなライフステージでの悩みに水準の高い看護ケアを提供できるよう活動する資格をもった看護師。
国際認定ラクテーション・コンサルタント……母乳育児の支援に必要な技術・知識・心構えを学び、ラクテーション・コンサルタント資格試験国際評議会(International Board of Lactation Consultant Examiners:IBLCE)の試験に合格することにより資格を取得した人を指す。
当院の循環器内科では、循環器の専門医(日本循環器学会認定)による24時間体制での受け入れを行っています。循環器疾患には、急性心筋梗塞や心不全、致死性不整脈など命にかかわるような病気も多々あるため、そうした病気にもスムーズな受け入れや対応ができるよう、このような体制をとっています。
広島県では、心不全診療の向上を目的に“広島県心臓いきいき推進事業”を行っており、広島大学病院の心不全センターを事務局として、県内の7病院に“地域心臓いきいきセンター”を設置しています。当院はそのうちの1つであり、急性期の治療だけでなく心不全の再発防止を目的とした心臓リハビリテーションにも積極的に取り組んでいます。また地域の連携施設も協働で定期的にセミナーを開催しています。
当院は、 “一次脳卒中センター(PSC)”として日本脳卒中学会の認定を受けています。脳神経内科と脳神経外科が連携してスムーズに診療を行える体制を整えており、状態が安定した患者さんについては地域のかかりつけ医に逆紹介するなど、地域での連携も図っています。2024年4月から脳神経血管内治療の専門医(日本脳神経血管内治療学会認定)が常勤となりましたのでより対応が強固になりました。
当院は労災病院として、治療だけでなくその先の社会生活に向けた支援も行っています。治療就労両立支援センターは、両立支援部門と予防医療部門から構成されており、両立支援コーディネーターによるサポートや、勤労者の健康を守るための予防観点からのサポートを行っています。
また、当院では初期研修医対象の初期臨床研修プログラムに“社会復帰支援・治療と仕事の両立プログラム”を必修として独自に組み込んでおり、研修の段階から治療と就労支援について学べるようにしています。
私は常々“ガバナンスが強い組織づくり”を意識しており、職員にも伝えています。ガバナンスの強さとは、トップがリーダーシップを取って進めていくという一方通行なものではなく、職種や立場に関わらずきちんと双方向性のコミュニケーションを取っていける“風通しのよさ”からつくられるものだと考えています。医療職だけでなく、事務職の方も含め皆プロフェッショナルに仕事をする仲間としてお互いをリスペクトすること。それを大切にすることでコミュニケーションもスムーズになり、ヒューマンエラーも減らせるのではないかと思います。
また、そうしたお互いの評価を深めていくためには、学びや教育の機会が重要だと考えています。当院は人材育成という面にも力を入れており、私自身が全職員に向けたオリエンテーションを行うこともありますし、定期的に研修も開催しています。さらに全職員が互いに刺激し合えるような学び・教育を行えるよう、もともとあった研修センターを改修して“総合実習・研修センター”を立ち上げました。このセンターは、医師を中心とする全職種を対象とした実習、臨床研修、教育の統括部門としてワンストップ窓口の機能をもち、人材育成に関する教育関係の管理をここで全て行っています。
さらに、第三者からの評価として日本医療機能評価機構による病院機能評価の一番新しいバージョン3を受け、認定をいただいています(2023年7月)。認定を受けるうえで表出した問題は、プロジェクトチームを立ち上げ解決できるよう取り組んでいます。初期臨床研修に関してもJCEP(卒後臨床研修評価機構)の認定を受けております。広島県で3施設しか認定されていません。
毎年、年始の仕事始めにはいつも職員に向けてその年の目標や、方針などを共有しています。今年(2024年)の挨拶では、“快食快眠快通”まず体調管理をしっかりして健康を大切にするということ、また“人生エンジョイ計画”として、限られた時間をどう有効活用するかという話をしました。これは医師の働き方改革にも通じますが、有限である時間をどう使っていくのかという非常に重要なことだと考えています。
当院は労災病院として、病気を治すということだけでなく、その先にある社会復帰を見据えたサポートを行っています。きちんとクオリティの高い医療を提供することはもちろんですが、患者さんに寄り添い、責任をもって医療を提供する“面倒見のよい病院”であり続けたいと思います。
*医師数、診療科、提供する医療の内容などについての情報は全て2024年4月時点のものです。