出生直後は元気な様子をみせているものの、生後6か月頃までに「手足が動かない」「呼吸が浅く、ミルクをうまく飲めない」といった症状が現れるウェルドニッヒ・ホフマン病。これらの症状は、遺伝子変異により手足や体幹、呼吸を司る脊髄の運動神経が障害され、筋力が低下することで起こります。ウェルドニッヒ・ホフマン病の特徴的な症状と、遺伝する確率や遺伝形式について、東京女子医科大学附属遺伝子医療センター所長の齋藤加代子先生にわかりやすくご解説いただきました。
ウェルドニッヒ・ホフマン病とは、進行性に手足や体幹の筋力が低下する病気「脊髄性筋萎縮症 (せきずいせいきんいしゅくしょう/spinal muscular atrophy: SMA)」の病型のひとつです。ウェルドニッヒ・ホフマン病という病名は、1900年前後にこの病気を初めて報告した2名の医師の名前に由来しています。
脊髄性筋萎縮症には0型から4型の病型があり、ウェルドニッヒ・ホフマン病はこのうち最も多い1型に相当します。
0型は症状が最も重い病型を指しますが、世界的にみても患者さんはほとんどいません。母親の胎内にいる時から、そして生まれたときもほとんど動くことができず、関節が固くなった状態で出生し、自力で呼吸をすることも難しい場合が多く、人工呼吸管理を必要とします。
脊髄性筋萎縮症の中心となるウェルドニッヒ・ホフマン病は、出生後0か月~6か月に発症する病気です。出生直後は健康な赤ちゃんと同じように元気な状態にみえますが、1か月健診や2か月健診で手足を動かせず、体が柔らかいことがわかり、診断されます。
多くの赤ちゃんは寝ているとき、肘を曲げて万歳をするようなポーズをとりますが、ウェルドニッヒ・ホフマン病の赤ちゃんは手をおろしたまま動かさないという特徴があります。この特徴的な手のポジションは水差しの取っ手のように見えるので「ジャグハンドルポスチャー(ポジション)」と呼びます。
また、膝を曲げた状態で両足を開くように伸ばしていることが多く、これをカエルのポーズになぞらえて「フロッグポスチャー(ポジション)」と呼んでいます。これらの特徴は、ウェルドニッヒ・ホフマン病の診断のための重要な手がかりとなります。
ウェルドニッヒ・ホフマン病の症状のうち、最も注意が必要な症状は呼吸障害や嚥下(飲み込み)障害です。呼吸のための筋肉や嚥下を司る筋肉の力が低下していくため、生後段々と「ミルクが飲めない」「泣き声がか細い」といった症状がみられるようになります。このような場合は、ミルクの誤嚥(ごえん)や肺炎に注意が必要です。
1型のなかでも症状がより重い1aの患者さんは、気管内挿管・気管切開を行い人工呼吸器をつながなければならないこともあります。1aの患者さんは、成長しても首が座らないことがほとんどです。
一方、首が座るようになる1bの患者さんのなかには、気管切開を必要としないお子さんもいらっしゃいます。1bの場合は1aより症状も軽いですが、夜間の鼻マスクによる人工換気は必要な場合が多いです。
1歳6か月までに発症する2型の脊髄性筋萎縮症は、英国の医師の名前をとりデュボビッツ病と呼ばれています。2型はおすわりができるか否かにより、2aと2bに分けられます。
通常、赤ちゃんは遅くとも8か月頃までにおすわりができるようになりますが、2aの患者さんは8か月を過ぎてもおすわりができません。一方、2bの患者さんは8か月の段階でおすわりができるようになっています。しかしながら、その後立ったり歩いたりすることはできないため、幼児期頃からは車椅子を使い生活されています。手は動くものの筋力は十分ではないため、皆さん電動車いすを利用されています。
脊髄性筋萎縮症は脳には影響を及ぼさない病気ですので、知能や言葉の獲得には問題は生じません。知的な患者さんが多く、海外では弁護士になられ、車椅子を活用しながら法廷で活躍している方もおられます。
1歳6か月から20歳までに発症する3型は、別名クーゲルベルグ・ウェランダー病と呼ばれます。立つことや歩くことができる3型は、段差を昇れるか否かで3aと3bにわけられます。比較的重い3aの患者さんは階段を昇ることはできませんが、3bの患者さんは階段昇降ができます。ただし、立ち上がるために労力がいる、早く走ることができないといった自覚症状から、診断がつく以前に「何らかの足の病気かもしれない」と感じていたという3bの患者さんもいらっしゃいます。
脊髄性筋萎縮症は進行性の病気ですので、思春期に差し掛かるあたりから歩行バランスが崩れ始め、車椅子を使うようになる3型の患者さんもいます。また、体幹の筋力も弱いために、側弯症になるリスクもあります。
成人後に発症する脊髄性筋萎縮症は、最も軽い4型に分類されます。4型の患者数は少なく、発症したとしても生活に大きな支障は生じません。原因はALS(筋萎縮性側索硬化症)とは異なり、人工呼吸器が必要となることはありません。
●SMN遺伝子の変異が原因で下位運動ニューロンが障害される
ウェルドニッヒ・ホフマン病に限らず、脊髄性筋萎縮症のすべての病型の原因は、運動神経細胞生存(survival motor neuron:SMN)遺伝子の変異あるいは欠失です。
大脳から出された司令を受け取る筋肉は、運動ニューロンという神経細胞に支配されています。この運動ニューロンは、大脳から脊髄内の前角細胞までの「上位運動ニューロン」と、脊髄前角細胞から筋線維へと連なる「下位運動ニューロン」の2つにわけられます。
脊髄性筋萎縮症は、上位運動ニューロンと下位運動ニューロンが切り替わる部分にある脊髄前角細胞が、SMN遺伝子の変異を原因として消失することで起こります。
そのため、脊髄前角細胞以下の下位運動ニューロンの支配を受ける筋肉にのみ症状が起こるのです。ALSとは異なり上位運動ニューロンは障害されないため、表情が乏しくなるといった症状は現れません。(※)また、脳も障害されていないため、遺伝子の病気にしばしばみられる精神発達遅滞なども起こりません。
(※1型は進行すると表情が乏しくなることがあります。)
なお、SMN遺伝子の変異は血液を調べることでわかるため、当センターでは筋肉の組織を採取する生検などの侵襲的な検査は行わず、血液検査のみで確定診断をつけています。
ウェルドニッヒ・ホフマン病は、SMN遺伝子変異を原因とした遺伝子疾患です。常染色体劣性遺伝という遺伝形式をとるため、保因者同士のお子さんがこの病気を発症する確率は4分の1です。
常染色体は2本で1セット(一対)となっており、一方にのみ遺伝子変異があっても、もう片方の遺伝子が正常であれば病気を発症することはありません。このように、一つだけ遺伝子変異を持っている方を「保因者」といいます。保因者同士のお子さんは、お父さんとお母さんからそれぞれ一つずつ遺伝子を受け継ぐため、変異のある遺伝子を二つ受け継ぐ確率は4分の1、一つだけ受け継ぎ保因者となる確率は2分の1、正常な遺伝子を二つ持つ確率は4分の1となります。保因者は現在も将来も、ご自身は全く脊髄性筋萎縮症の症状を示しません。
お子さんがウェルドニッヒ・ホフマン病を発症した場合、ご両親ともに保因者である場合が大半です。このとき、下のお子さん(患者さんの弟や妹)が同じ病気を発症する確率は、前項で述べた通り4分の1です。
東京女子医科大学附属遺伝子医療センターでは、次の妊娠・出産に対して不安や疑問点を抱えていらっしゃる親御さんに対する遺伝カウンセリングを行い、情報提供やケアに力を注いでいます。
ガイドラインでは、上のお子さんが1aに分類される重症例で一定の基準を満たしている場合、次のお子さんの遺伝学的な検査(出生前診断)を行なうことも認めています。実際に出生前診断を受けるかどうかは各家庭の状況や人生観などによりますが、当センターでも希望があった場合には適切な検査を行なえるよう環境を整備しています。しかし、妊娠してからあわてて検査を受けるのでは、限られた時間しかないので、結果を出すことが困難です。出生前診断を受けたいと希望する方は、妊娠なさる前に十分な遺伝カウンセリングと準備の検査をお受けになることが必要です。
次の記事『ウェルドニッヒ・ホフマン病の治療-2017年7月、新薬が製造販売承認を取得!』では、ウェルドニッヒ・ホフマン病をはじめとする脊髄性筋萎縮症の治療と患者さんの社会生活を支えるためのさまざまな体制についてお話しします。
東京女子医科大学 附属 遺伝子医療センター 所長・特任教授
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