嚥下障害とは、食べ物などをうまく飲み込めない状態をいいます。リハビリテーションを中心とした治療によって症状の改善がみられず、かつ誤嚥や窒息のリスクが高い場合には手術も検討されます。今回は、嚥下障害に対する治療の進め方や手術の方法について、嚥下障害の診療を専門とされている国立国際医療研究センター病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 診療科長 兼 音声・嚥下センター長の二藤 隆春先生にお話を伺いました。
嚥下障害の治療の目標は、経口摂取能力(口から食べ物を摂取する能力)の回復、誤嚥性肺炎や窒息の防止です。そのための治療選択肢としては、嚥下リハビリテーション(リハビリ)や栄養管理などの保存的治療と、外科的治療(手術)があります。軽度~中等度の嚥下障害では、保存的治療で回復に向かう患者さんも多いため、まずは嚥下リハビリや栄養管理などを実施しながら経過を観察します。
3~6か月ほど保存的治療を行っても改善がみられない場合には手術を検討します。詳しくは後述しますが、手術は大きく分けて“嚥下機能改善手術”と“誤嚥防止手術”の2つがあり、それぞれ目的や手術方法が異なります。いずれの場合においても実施するかどうかはご本人やご家族とよく相談のうえ決定していきます。
ここでは、嚥下障害治療の基本となる“保存的治療”について詳しく解説します。保存的治療と一口に言ってもそのアプローチ方法は多岐にわたるため、前のページで述べた検査・評価の結果から患者さんに適した治療を判断し行っていきます。
嚥下障害の治療において主体となるのは、嚥下リハビリです。多種多様な方法がありますが、大きく分けて、食物を使わない訓練(間接訓練)と、食物を使って行う訓練(直接訓練)があります。
間接訓練には、嚥下に必要な筋肉をほぐす“嚥下体操”や舌骨上筋を鍛える“頭部挙上訓練”、氷の冷刺激によって嚥下反射を促す“氷なめ訓練”などがあります。また、嚥下時の呼吸リズムを整えたり、誤嚥時の喀出能力(異物を咳と共に吐き出す力)を鍛えたりするために“呼吸トレーニング”を行うこともあります。
一方の直接訓練では、食品の形態や一口の量を調整したり、体位を工夫したりして誤嚥防止を図りながら、段階的に経口摂取能力の回復を目指します。
嚥下障害の治療においては全身状態の管理も重要です。低栄養状態が原因で嚥下の筋力が低下するケースなどもあるため、栄養不足に陥っている場合は経管栄養(胃ろうなど)も検討します。また、誤嚥性肺炎の発症を防ぐため、口腔内の衛生状態を改善させる“口腔ケア”を行うこともあります。
ここでは、嚥下障害に対して検討される手術について詳しく解説します。先述のとおり、手術方法には、“嚥下機能改善手術”と“誤嚥防止手術”があります。それぞれ複数の手術法があるため、どの治療方法を選択するのかは医師とよく話し合って決定いただくことをおすすめします。
嚥下機能改善手術は、食物の咽頭(のど)の通過をスムーズにしたり、誤嚥を減らしたりするための手術です。手術法にもよりますが、手術後も嚥下リハビリを行う必要があります。そのため、この手術の対象となるのは、咽頭や喉頭などの感覚がしっかりしており、誤嚥しそうになったときにむせたり意識的に咳をして吐き出したりできる方です。
嚥下機能改善手術にはさまざまな手術法があり、“輪状咽頭筋切断術”と“喉頭挙上術”が代表的です。必要に応じて両者を組み合わせて行います。
輪状咽頭筋とは、食道の入り口にあたる場所の粘膜の周囲を覆っている筋肉であり、ピンチコックのようなはたらきをしています。ものを飲み込まないときは収縮して、空気が胃へ流入したり、胃の内容物が逆流したりすることを防ぎ、飲み込むときは緩んで食物が食道まで入るように調節する役割を担っています。延髄外側症候群(ワレンベルグ症候群)*により適切なタイミングで筋が緩まなかったり、筋疾患による炎症で筋が硬くなっていたりしていると、嚥下時に食道の入り口が広がらず、うまく飲みこむことができません。輪状咽頭筋の一部を切り取ることで、食道の入り口が常に緩んだ状態となり、食物がのどを通りやすくなります。
この手術には、頸部を切開して行う方法と、口から器具を入れて粘膜を切開して行う方法があり、患者さんの体の状態や希望に応じて選択します。
*延髄外側症候群(ワレンベルグ症候群):脳にある延髄の外側に梗塞が生じることにより神経障害などが生じる。
喉頭挙上術は喉頭の甲状軟骨(のどぼとけの軟骨)と下あごの骨を糸でつなぐ手術であり、嚥下障害が重度の患者さんに行います。嚥下の際には、自動運動(反射運動)で喉頭(のどぼとけ)が前上方へ動くことにより、食道の入り口が開きます(正確には同時に輪状咽頭筋が緩む必要があります)。そのため、喉頭を動かす力が弱かったりタイミングがずれたりすると、食べ物をうまく飲み込めなくなります。そのような喉頭挙上の問題を解決する手術法が喉頭挙上術です。
自分の意思で動かせる下あごの骨と、嚥下時に自らの意思で動かせない喉頭を糸でつなげ、双方が連動するようにします。そうすることで下あごを前に出せば自然と喉頭が前上方に動き、先述した輪状咽頭筋切断術と併せて実施すれば食道の入り口を常に開いた状態となるため、自らの意思で食べ物を食道へ流せるようになります。ただし、喉頭挙上術は術後にのどが浮腫むため、一時的に気管切開が必要になります。
甲状軟骨と直上にある舌骨*を糸でつなぐ喉頭挙上術(甲状軟骨舌骨固定術)もあり、リハビリを組み合わせることで嚥下しやすくなることもあります。術後にのどが腫れないので気管切開を行う必要がないことが特徴であり、比較的軽度の嚥下障害で実施することがあります。
*舌骨:喉頭と下あごの間にある小さな骨。下あごの筋肉や靱帯と繋がっており、嚥下時に接近する喉頭と一緒に前上方に移動する。
誤嚥防止手術は、呼吸の通路である“気道”と食物の通路である“食道”を完全に分けることにより誤嚥が起こらないようにする手術です。対象となるのはより重度の嚥下障害があり、肺炎リスクが高い方などです。
誤嚥防止手術では気道と食道を分離することで呼吸のルートがなくなるため、首に永久気管孔(呼吸のための穴)を空ける必要があるうえ、発声機能も失われます。その代わり、命に関わる窒息や誤嚥性肺炎は確実に回避できる治療です。
誤嚥防止手術にもさまざまな種類がありますが、一般的によく行われるのは喉頭気管分離術・気管食道吻合術、喉頭閉鎖術(声門閉鎖術など)、喉頭摘出術の3つです。誤嚥防止手術を実施するかどうか、実施するならどの術式にするかは、患者さんの現在の状態やご本人・ご家族の意思を踏まえて慎重に判断します。
気管を切断して、上方の端を閉鎖したり(喉頭気管分離術)、食道とつなげたりする(気管食道吻合術)手術法です。呼吸のルートは気管の下方の端を皮膚につなげて永久気管孔を作ります。嚥下機能の改善自体が難しい患者さんがほとんどではあるものの、喉頭を温存するため、構造上は再手術で元の状態に戻せる可能性を残せます。
喉頭内で気道を閉じることにより誤嚥を防ぐ手術法です。気道を閉じる方法はさまざまですが、もっとも多く行われているのは声門閉鎖術です。声門閉鎖術では声帯の部分で気道を縫い合わせて閉じ、呼吸ルートと食べ物のルートを分けます。喉頭気管分離術と違って元の状態に戻せないものの、喉頭は皮膚の近くにあるため傷が浅く済み、体への負担が抑えられるため、局所麻酔でも実施できます。そのため、全身麻酔のリスクが高いと判断された場合に実施されることが多い手術です。
なお、喉頭閉鎖術は気管カニューレを使わない選択ができるのも特徴です。通常、永久気管孔は縮みやすく、形状を維持するためには気管カニューレという管を入れなければなりません。気管カニューレは術後に定期的な交換が必要なうえ、まれではありますが、管の先端が近くを通る血管に接触して大出血が起こるリスクも伴います。一方、喉頭閉鎖術では輪状軟骨という硬い軟骨の部分に永久気管孔をつくれるため、穴が縮みにくく、管を入れなくても形状を維持することが可能です。
喉頭の構造物を全て摘出する手術法です。喉頭という前から咽頭を押さえつけている構造物を取り除くことで食べ物が通過しやすくなるため、術後の嚥下にとって有利とされています。しかし、喉頭摘出術はほかの手術法と比べて患者さんの体への負担が大きいため、近年では切除範囲をややコンパクトにしながら同等な効果が得られる喉頭中央部切除術を行うことが多いです。
国立国際医療研究センター病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 診療科長、耳鼻咽喉科・頭頸部外科 医長、音声・嚥下センター長
国立国際医療研究センター病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 診療科長、耳鼻咽喉科・頭頸部外科 医長、音声・嚥下センター長
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会 耳鼻咽喉科専門医・耳鼻咽喉科専門研修指導医・補聴器相談医日本気管食道科学会 気管食道科専門医・評議員日本喉頭科学会 評議員日本音声言語医学会 音声言語認定医・理事・編集委員会 委員長日本嚥下医学会 嚥下相談医・理事・編集委員会 委員日本小児耳鼻咽喉科学会 評議員・学術誌編集委員会 委員長日本頭頸部外科学会 評議員日本神経摂食嚥下・栄養学会 理事・編集委員会 編集委員日本摂食嚥下リハビリテーション学会 認定士・評議員日本抗加齢医学会 抗加齢専門医・評議員
現在、国立国際医療研究センター病院耳鼻咽喉科・頭頸部外科の診療科長および音声・嚥下センター長として臨床の現場に立っている。音声障害(反回神経麻痺など)、嚥下障害(脳梗塞や筋疾患など)、喉頭狭窄(声門下狭窄症など)の外科手術を専門としており、患者さんの希望や病気の状態に応じて治療法を提供できるように努めている。
二藤 隆春 先生の所属医療機関
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