インタビュー

糖尿病網膜症の検査と最新治療―抗VEGF薬からレーザー治療、硝子体手術まで

糖尿病網膜症の検査と最新治療―抗VEGF薬からレーザー治療、硝子体手術まで
小椋 祐一郎 先生

名古屋市立大学病院 前病院長、名古屋市立大学 前理事

小椋 祐一郎 先生

糖尿病網膜症の発症初期には自覚症状が現れないため、気がついたときには手術が必要なほど重症化していることも少なくないと記事1『失明のリスクが高い糖尿病網膜症を予防するには?糖尿病と診断されたら眼科を受診して』でご紹介しました。糖尿病網膜症の予防には、診断後の定期的な眼科受診が必要不可欠です。眼科では眼底検査やOCT(光干渉断層計)といった検査を行い、必要な場合は薬物やレーザー、手術による治療を行います。

近年、抗VEGF薬という注射薬が保険適用となったこともあり、糖尿病網膜症による失明のリスクは減少傾向にあるといいます。また、レーザー治療や手術においても年々進歩を遂げており、糖尿病網膜症の治療は急速に発展している最中です。引き続き、日本糖尿病眼学会の理事長としても活躍される、名古屋市立大学眼科教授の小椋祐一郎先生にお話しいただきます。

糖尿病網膜症の可能性を探るため、まずは眼底検査を行います。

眼底検査とは、通常の状態では見えない眼の中(眼底)の状態を調べる検査です。一般的には、より眼の中をしっかりと診るために、検査前に目薬を差して散瞳(さんどう:瞳孔を大きくすること)してから眼底検査を行います。散瞳のための目薬は効くまでに約20〜30分かかります。

最近の眼底検査では、0.2秒の撮影で200度(眼底の80%をカバーする)にわたった眼底写真を撮影できます。

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眼底写真による目の見え方 (画像提供:小椋祐一郎先生)

より広範囲の眼底写真が撮影できるようになったことで、これまでは見逃していたかもしれない中間周辺部や周辺部の新生血管*を発見できる可能性が高まっています。

*新生血管とは網膜の酸素不足を補うために生じる新しい血管で、新生血管壁が破れると硝子体出血や視力低下といった症状が現れます。

眼底検査の結果により糖尿病性網膜症の可能性が疑われた場合は、今後の治療方針を決定するために蛍光眼底造影検査を受けていただくことがあります。

蛍光眼底造影検査とは、特殊な色素を体内に注射して眼底の血流を観察する検査です。糖尿病網膜症の詳細な病状を知る上でとても大切な検査です。ただしこの検査では造影剤を注入するため、稀にアナフィラキシーショックなどの重篤な副作用が起こる危険性があります。

そのため最近、造影剤を使用せずに網膜の血管を撮影する技術「OCT Angiography(アンジオグラフィ)」が開発されてきています。近い将来、造影剤を用いないで糖尿病網膜症の病態を把握できるようになることが期待されています。

OCTとは光の干渉作用を利用して、網膜の断層画像を撮影する検査で、糖尿病での黄斑浮腫の診断・経過観察が容易にできます。

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画像提供:小椋祐一郎先生
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画像提供:小椋祐一郎先生

また、OCT AngiographyとはOCT検査で取得した網膜の断層画像から赤血球の動きを読み取って血流情報のみを抽出し、網膜の血管の状態を精密に映し出すことができる画像処理技術です。この検査では血管の様子がくっきりと見えるため、新生血管が起こっている場所を容易に発見することができます。わずか3秒で撮影が終了するのもメリットの一つです。

それでは、ここより糖尿病網膜症に対する具体的な治療法についてご紹介します。

糖尿病網膜症治療における近年一番のトピックは、抗VEGF(Vascular Endothelial Growth Factor:抗血管内皮増殖因子)薬が保険適用となり、患者さんに投与できるようになったことです(抗VEGF薬が登場する以前、糖尿病網膜症の治療はレーザー治療あるいは硝子体手術の二種類でした)。

抗VEGF薬は新生血管の産生や血管成分の漏出を防ぐ機能を持ち、病状の進行を抑制します。この抗VEGF薬が導入されて以降、患者さんの視力予後(経過に伴い視力がどう変化するか)は格段に改善しました。

もともと抗VEGF薬は加齢黄斑変性(加齢によって黄斑に変性が生じる疾患)の治療薬として導入された薬ですが、次いで網膜静脈閉塞症および糖尿病網膜症の治療薬としても保険が適用されるようになりました。

糖尿病網膜症に対する抗VEGF薬はラニビズマブ(遺伝子組換え)とアフリベルセプト(遺伝子組換え)、ブロルシズマブ(遺伝子組換え)、ファリシマブ(遺伝子組換え)が保険適用されています(2023年3月現在)。

また抗VEGF療法では、視力回復の効果も同時に見込めます。抗VEGF薬によって黄斑浮腫(「黄斑部」という対象物を見ることにおいて重要な役割を果たす部分が浮腫むこと)が改善され、視力の低下を防ぐことができるようになったためです。

研究の結果、抗VEGF療法を受けた患者さんの視力は2年程度の時間をかけて段階的に上昇していくことが判明しています。

抗VEGF薬は薬の値段が高く、患者さんは1か月あたり約5万円の医療費を負担しなければなりません(3割負担の場合)。

レーザー治療(網膜光凝固術)は以前より糖尿病網膜症の治療に用いられている方法ですが、これにおいても新しい技術が開発されています。

レーザー治療の目的は、主に網膜の酸素不足を解消し、新生血管の発生を予防したり、すでに出現してしまった新生血管を減らすことです。レーザー治療では正常な網膜の一部を犠牲にしますが、全ての網膜がダメージを受けるのを防ぐためにはやむを得ません。

レーザー治療は、これ以上糖尿病網膜症が悪化しないようにするための治療であって、決して網膜を元の状態に戻すための治療ではないことに注意が必要です。まれに視力が上がることもありますが、多くの場合、治療後の視力は不変かむしろ低下します。

治療は通常、通院で行い、網膜症の進行具合によってレーザーの照射数や照射範囲は異なります。早い時期にレーザー治療を行えばかなり有効であり、将来の失明予防のために大切です。

抗VEGF療法やレーザー治療を行っても病状が回復しない場合は硝子体手術をする場合があります。

硝子体手術とは、目の中の出血(眼底出血)や増殖した組織を取り除いたり、剥離した網膜を元に戻したりするものです。

手術では顕微鏡下での細かい操作を要するため、手術難易度が高く、かつては手術を受けても2~3割の方が失明していたといわれています。しかし小切開硝子体手術(糸を使わず、眼球に小さな穴を開けて穿孔部から器具を挿入し、眼球のなかにある硝子体を取り除く術式)という方法が主流になってからは手術成績も向上し、失明する方の数は減ってきています。

硝子体手術において、かつては20ゲージ(手術器具の太さ=切開創。径0.9㎜)の器具を用いて手術が行われていましたが、現在は27ゲージ(0.4㎜)という超極細の器具で手術ができるまでに進歩しています。なお、27ゲージは日本の医師が開発したものです。

硝子体手術の実際の画像(画像提供:小椋祐一郎先生)

20ゲージシステムでの手術が主流であったころは、切開創を糸で縫う必要がありましたが、これだけ切開創が小さければ縫う必要はありません。

また、手術による傷口が大きいと眼球虚脱(眼球に過度の圧力がかかり眼球が小さくつぶれる)などの合併症が起こるリスクが高まりますが、27ゲージを用いる手術では眼圧を維持したまま治療することが可能です。

記事1『失明のリスクが高い糖尿病網膜症を予防するには?糖尿病と診断されたら眼科を受診して』で詳しく述べていますが、糖尿病と診断された患者さんは、なるべく早く眼科を受診することを意識してください。

糖尿病網膜症は、治療が遅れるほど失明するリスクが高まる病気です。自覚症状が出ていない段階からきちんと眼科医で検査を受け、目の健康を保つように心がけることで、糖尿病網膜症の発症を予防することが何よりも大事になります。

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